化学反応
「うへー。やっぱり旨いもんじゃないわね」
「……で、どうだ? 俺のスキルを得た感覚はあるか?」
春香の仮説が正しければ、これで春香は俺のスキルを使えるようになったはず。もし立証されたら大発見だが、俺には絵空事としか思えない。
「んー、よく分かんないわね。とりあえず、あの氷を生成するスキル……」
「【氷結】か?」
「そう【氷結】! それが使えるかどうかやってみるわ! はあっ!!」
勢いよく右手を振る春香。しかし氷の一粒も出てこなかった。
「おかしいわねー。そうだ、秋人の真似をすればイケるかも! 必殺〝氷葬乱舞〟!!」
「いつ俺がそんな必殺技を叫んだよ!?」
案の定、何も起きず。その後も春香は色々と試したが、結果は同じだった。
「ほらな。やっぱりそんな単純な話じゃないんだよ」
「じゃあなんでこの子はスキルを使えたのよ!」
「俺に聞かれても困る。何か特別な方法があるんだろうけど……。真冬はどう思う?」
「血……酸素……スキル……」
さっきからやけに静かだと思ったら、真冬は今まで見たことないほど真剣な顔つきでブツブツと呟いていた。
「真冬? 一体どうし――」
「しっ。こういう時の真冬は凄く思考に集中してるから、邪魔しちゃ駄目よ」
「そ、そうか……」
待つこと数分。真冬は知恵の輪が解けたような顔を浮かべた。
「……分かった、かも」
「えっ? もしかしてこの子がスキルを使ってた謎が解けたのか?」
「ん。二人とも、ついてきて」
俺達は部屋を出て、作戦会議室に場所を移した。
「春香の仮説は半分当たってた。足りなかったのは条件」
真冬はキーボードを叩き、モニター画面に次のような文字を表示させた。
2H2O2→2H2O+O2
「……何だこれ? 化学式?」
「過酸化水素、別名オキシドールの分解式ね」
「へえ、そうなのか。よく分かったな春香」
「高校生ならその程度の知識はあって当然でしょ。秋人がお馬鹿なだけよ」
「くっ……」
何も言い返せない。中間テストで全教科赤点だった俺にそんな知識などあるはずもなかった。
「で、この化学式が何と関係してるんだ?」
「過酸化水素は、ある物質と反応することでH2OとO2、つまり水と酸素に分解する。その物質というのが、カタラーゼ」
「カタラーゼ……。なるほど、そういうことだったのね!」
いやどういうこと? サッパリ分からないんだけど。
「カタラーゼというのは血液中に含まれる物質。秋人は子供の頃に怪我をして保健室で消毒してもらったことはある?」
「そりゃあ、あるけど。あの泡が出てめっちゃ痛いやつだろ?」
「その消毒に使われてるのがオキシドール、つまり過酸化水素水。その時に泡が出るのは過酸化水素が血液中のカタラーゼと反応して水と酸素に分解されるから」
あれも化学反応ってやつだったのか。勉強になるな。
「ただしこれは普通の血液と反応させた場合の分解式。転生杯参加者の血液と反応させた場合、おそらく酸素の中に何らかの特殊な物質が発生する。それを〝スキル因子〟と名付けるなら、スキル因子を体内に取り込むことで、擬似的にスキルを使えるようになるんだと思う」
「里菜ちゃんの身体の酸素濃度が異常だったのは、そのスキル因子が含まれた酸素を大量に吸飲したからだったのね」
「そういうこと。おそらく吸飲量とスキル残存時間は比例するから、長時間スキルを持続させる為に大量に吸飲させられたんだと思う。本当に酷い話」
なるほど、なんとなくだけど理解した。要するに過酸化水素と転生杯参加者の血が鍵というわけか。これで全てが繋がった。
「でも本当にそれでスキルが使えるようになるかは試してみないと分からないわね」
「と言っても過酸化水素なんてここにないだろうし、買いに行くしかないな。ドラッグストアに行けば多分――」
「その必要はない」
真冬は奥のクローゼットを開け、その中を漁り始める。
「……あった。過酸化水素水」
「あんの!?」
真冬が取り出したボトルには確かに「過酸化水素水」とラベルが貼ってあった。なんでそんなもん常備してんだよ。
「それじゃ早速やってみましょ!」
「……ん。秋人、ちょっと血をちょうだい」
「ああ」
真冬はフラスコとビニール袋を用意し、フラスコに俺の血を数滴垂らす。それを過酸化水素水と混ぜ、発生した酸素をビニール袋に詰めた。
「完成。私の理論が正しければ、このビニール袋に詰め込んだ酸素を吸飲すると秋人のスキルを使えることになる」
「なんかヤバイ薬物を吸ってるように見えないか!? ビニール袋はやめてくれ!」
「……ん」
真冬はクローゼットから空のスプレー缶を取り出し、その中に酸素を入れ直した。これなら市販の携帯酸素っぽく見えるし、ギリ問題ないか。ていうかそのクローゼット何でもあるな。ド○えもんのポケットのようだ。
「あとはこれを吸うだけか……」
「はいはい、アタシにやらせて! それでアタシが秋人のスキルを使えたら成功ってことで――」
「待って」
わくわく顔でスプレー缶を手に持った春香を、真冬が止めた。
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