酸素濃度
「うっ……ううっ……!!」
突然、里菜ちゃんが頭を抱えて呻き声を上げ始めた。
「ああっ!! あああああっ!! また兵藤さんに怒られる!! 叩かれる!! ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
尋常ではないほど怯えている。それに兵藤という名前……そいつが黒幕か? すると春香が里菜ちゃんの身体を強く抱きしめた。
「ごめん!! もう何も聞かないから!! だから落ち着いて!!」
「……っ」
しばらくして里菜ちゃんは平静を取り戻し、再び眠りについた。まだ精神状態が不安定みたいだし、この子から情報を聞き出すのは控えた方がよさそうだ。
「そうだ、こういう時こそ真冬のスキルの出番じゃないか?」
真冬のスキルには他者の記憶を読み取る力がある。それを使えば直接聞かずとも情報を引き出せるはずだ。しかし真冬は首を横に振った。
「とっくに試したけど、記憶が混濁していてとても読み取れる状態じゃなかった。多分、何らかのスキルの干渉を受けたせいだと思う」
「スキルの干渉……。ってことは、やっぱりこの子は何かのスキルで操られてたってことか?」
「ん。間違いない」
ま、そうだよな。むしろ操られていなかったら、どうして普通の子供が俺に襲い掛かってきたのかという話になる。
「あとは、どうして一般人のこの子がスキルを使えたか……」
「秋人の【略奪】で奪えないのも変よね。今は炎も出せなくなってるみたいだし。実はスキルなんて最初から持ってなかったりして」
「それはないだろ。俺との戦闘中は確かにスキルを使ってた。あれはトリックとかで説明できるレベルじゃない」
「そうよね……。やっぱりこれも、何か別のスキルの仕業なのかしら。真冬はどう思う?」
数秒間、真冬は考え込む様子を見せる。
「パッと思いつくのは、対象のスキルを他者に移すスキルとか、複数人での共有を可能にするスキルとか。死んだはずの炎丸という人のスキルを使っていたのなら、死者のスキルを付与するスキル、とかも考えられる」
ま、そんなところか。今この子に何の力もないのは、そのスキルの効果が一時的なものだとするなら辻褄が合う。
「ただ、私はその可能性は低いと思う」
「なんでだ?」
「……知っての通り転生杯の参加者は仮転生の際に支配人からスキルを与えられるけど、例えば秋人が〝他者にスキルを移すスキル〟を与えられたとしたら、どう思う?」
俺は腕を組んでその状況を想像してみる。
「まあ、もっとちゃんとしたスキルを寄越せよって抗議するだろうな」
「そう。支配人は転生杯で闘うための力として私達にスキルを与えた。だからそういう使い所が限られるようなスキルを与えたりはしないと思う」
いや真冬のスキルも大概じゃないか? と思ったけど口には出さなかった。そもそも真冬のスキル名すらまだ教えてもらってないから何とも言えない。
「でもスキルの仕業じゃないとしたら何なの? 普通の子供がスキルを使える方法が他にあるとは思えないけど」
「……それを今考えてる」
流石の真冬も行き詰まってるようだ。何か他にヒントでもあればいいんだが。すると真冬が思い出したように口を開いた。
「そういえば、この子の身体を調べていて一つ気になったことがあって……。体内の酸素濃度が異常だった」
「酸素濃度?」
「ん。多分、秋人と闘う前に大量の酸素を吸飲したんだと思う。どうしてそんなことをしたのか分からないけど」
酸素……。今回の出来事と何か関係があるのだろうか。
「秋人は戦闘中に何か気付いたことはあった?」
「んー、そうだな。二つのスキルを使えたり、身体能力が半端なかったり……。まあ、真冬も監視カメラを通じて見てたんなら知ってるよな。あと俺の血も欲しがってた」
「炎丸って人も血を採取されてたわね。参加者の血を集めてるってこと?」
「かもな。なんで血が欲しいのかサッパリだけど」
スキルを使えていた謎といい、体内の異常な酸素濃度といい、分からないことが増える一方だな。
「もしかしたら参加者の血を摂取することで、一時的にその人のスキルを使えるようになるんじゃない? だからこの子はスキルを使えたのかも。それなら血を集めてるのも納得がいくでしょ?」
「いやいや、いくらなんでもお手軽すぎるだろ。そんな簡単に他人のスキルが使えるようになるなら、もっと前に誰かが発見して実戦で活用してると思うぞ」
「たまたま発見されてなかっただけかもしれないじゃない。試してみる価値は大いにあるわ。というわけで秋人、ちょっと血を出してよ」
「はあ? 急にそんなこと言われても……あっ」
俺は自分の指を見る。そういやさっき包丁で思いっきり指を切ったんだった。春香に戻してもらうつもりが、すっかり忘れてた。絆創膏を外してみると、まだ血は止まっていなかった。
「あら、指を怪我してたのね。ちょうどいいじゃない。えいっ!」
「ちょっ!?」
春香は何の躊躇いもなく俺の指を舐め始めた。
「んっ……んっ……」
「…………」
くすぐったくて変な声が出そうになる。なんだかいかがわしいことをさせている気分だ。
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