幼き敵
鼓膜が破けそうになるほどの大声が響いた後、通話が切れた。何なんだ朝野の奴、こっちの気も知らないで……。
そりゃ俺だってしたかった。千夏ほどの美少女だ、そういう欲が湧かない男などいるものか。だがそういうことをする以上は責任が伴う。やるだけやってハイ終わり、なんて俺にはできない。それこそただのオタンコナスだ。
責任を取るのも単純な話ではない。いつこの世から消えるかも分からない俺と違って、千夏には未来がある。この先も何十年と人生が続いていく。だから責任を取るなんて、軽々しく口にできるはずもなかった。
「秋人いる? 開けていい?」
その時、ドアの向こうで真冬の声がした。俺が返事をすると、ドアが開いて真冬が顔を出した。
「何か用か? てか今日初めて顔を合わせた気がするな」
「ある調査に時間が掛かって、ずっと部屋に籠もってたから」
「ある調査?」
「ん。そのことで皆に大事な話がある。春香が学校から帰ってきたら、作戦会議室に集まって」
「……分かった」
大事な話、か。一体何だろう。もしかしたら転生杯に何か大きな動きでもあったのかもしれない。
春香が帰宅したので、言われた通り俺は作戦会議室に向かった。そこには千夏もいて一瞬目が合ったが、すぐに逸らされてしまう。やっぱりまだ気まずい……。
「二人とも、昨日から変よ。やっぱり何かあったでしょ?」
春香がジト目で睨んできた。こういう時だけ鋭い。
「ん!? 別に何もないぞ!? なあ千夏!」
「は、はい! 何もありません!」
「イエーイ!」
「い、イエーイ!」
意味もなくハイタッチをする俺と千夏。
「……ますます怪しいわね」
あ、逆効果だこれ。深堀りされる前に話題を逸らした方がよさそうだ。
「それで真冬、大事な話ってなんだ!?」
「……ん。皆これを見て」
俺達は真冬が指差したモニターの映像に注目する。
「これは昨晩の、とある路上の映像。二人の人物が映ってるの分かる?」
「ああ……」
一人は高校生くらいの男。全身傷だらけで地面に這いつくばっており、明らかに満身創痍である。ってあれ、こいつどっかで見たことあるような……。
「あっ! もしかしてこいつ炎丸か!?」
「知ってるの秋人?」
「俺が再テストを受けた日に朝野が闘った奴だ。決着はつかなかったらしいが……」
右腕に〝72〟の痣があるので間違いない。見るからに周囲が荒れているので、他の参加者と遭遇して戦闘になったのだろう。そう思ったが……。
「もう一人の方は……子供?」
春香が目を見開いて言った。そう、もう一人はどこからどう見ても十歳前後の男の子だったのだ。
「この子供も、転生杯の参加者ということですか?」
「それはないわ。転生杯の参加者は全員16歳時点での身体で仮転生してるはずだから。これはどう見ても子供よ」
春香の言う通りだ。何らかのスキルで子供の姿になっているとも考えたが、男の子の右腕には痣がない。よってほぼ間違いなく、この子はただの子供だ。
「何者かのスキルによって操られてる、とか?」
「その可能性はありそうだけど、それだけじゃないだろうな」
朝野と互角に渡り合えるほどの奴が、ただ操られてるだけの子供にここまで追い詰められるとは考えにくい。何かカラクリがあるはずだ。
「で、この後どうなった?」
「……ん」
真冬が映像を再生する。男の子が右手を空に掲げた。次の瞬間、虚空から一本の剣が出現し、無慈悲にも炎丸の身体を貫いた。
「まさかこれ、スキルか!?」
「そうとしか考えられないわね……」
そんな馬鹿な、ただの子供がスキルを使えるはずがない。他者にスキルを付与するスキルでもあるのか? そもそも本当にただの子供なのか? 実はスキルに見せかけたトリックか? 考え出したらキリがない。
その男の子は、地面に倒れた炎丸のもとへ歩み寄る。トドメを刺すのかと思いきや、男の子は炎丸の傍で屈み込んだ。
「何をしてるんだ……?」
「……分からない」
首を横に振る真冬。炎丸は既に絶命していたらしく、男の子が謎の行動をとった数秒後に、炎丸の身体は塵となって消滅した。
「炎丸が……死んだ……」
愕然とした俺は、その場で膝をついた。まさか千夏と出かけてる間にこんなことが起きていたとは。
「秋人、この炎丸って奴とそんなに仲良かったの?」
「いや全然」
「じゃあなんでそんなに落ち込んでるのよ」
「炎丸のスキルは【火炎】といって、炎を生み出す能力だった。だからあいつのスキルを奪えたら、俺は氷と炎の二つの属性を操るめっちゃカッコイイ奴になれる……そう思ってた。だけど炎丸が脱落した今、もはやスキルを奪うことは叶わない……」
「なんだ、そんなこと。別にカッコよさなんて必要ないでしょ。むしろライバルが減ったと喜ぶべきじゃない?」
ふん、6歳の女子に男の浪漫は分からんか。でも朝野は炎丸と決着をつけたかっただろうし、炎丸が脱落したことを知ったら俺以上にショックを受けそうだ。きっと炎丸はただの子供だと油断していた隙を突かれたのだろう。
「そんなどうでもいいことより、この子供が一体何者なのか考えた方がいい」
「酷いな真冬!」
ここから新展開に突入です。ブックマーク・評価をよろしくお願いします。






