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歯槽膿漏

 実のところ俺は占いには全く興味がなく、たまに朝のテレビでやってる星座占いを流し見する程度でしかない。今回はあくまで千夏に気を遣っただけで、千夏が一緒じゃなかったらこんな所には絶対に立ち寄らなかっただろう。



「では早速始めましょう。まずはどちらから?」

「秋人さん、お先にいいですよ」

「俺? と言ってもなあ……。どんなことを占ってもらえるんですか?」

「金運、健康運、恋愛運、何でもいいわよ」

「へえ……」



 ふと、俺はちょっと意地悪なことを思いついた。



「じゃあ、健康運で。できればあとどれくらい生きられるかも知りたいですね」



 ご存じの通り、転生杯参加者の身体は仮転生体であり、使用期限がある。正確な期間はまだ分かってないが、そんなに長くはないはずなので、これで長生きできるとか数十年生きられるとか言われたらインチキ占い師確定だ。



「分かったわ。では両手を見せて」



 エミリアさんは虫眼鏡のような物で俺の両手をじっくりと見る。どうやらこの人の分野は手相占いらしい。



「健康面は全く問題ないけど、そんなに長生きはできなさそう。どうやら貴方は何度も命の危機に直面する運命にあるみたい。長生きできないのはそのせいか、あるいは何か別の要因か……。貴方自身もそのことに気付いてるんじゃない?」



 凄い、大当たりだ。何度も命の危機に直面する、というのは転生杯のことを暗に示しているのだろう。エミリアさんを試したつもりが、見事に返り討ちにされてしまった。だがまだ偶然的中したという可能性も……。



「次は貴女ね。何を占ってほしい?」

「れ、恋愛運でお願いします。私その、気になってる人がいまして、その人と私の相性ってどうなのかな、なんて……」

「つまり隣りの彼との相性が知りたいわけね?」

「はい!? べべべ別に秋人さんのことでは……!!」

「ふふっ、そういうことにしておくわ」



 エミリアさんが千夏の両手をじっくり見る。



「その人と貴女の相性はかなり良いわね。最高値を100とするなら、95ってところかしら」

「ほ、本当ですか!?」

「ただし貴女の恋愛運は決して高くはない。気の毒だけど、悲恋で終わる可能性の方が高いと出てるわ」

「えっ……そんな……」



 喜びの表情が一転、悲観的な表情に変わる千夏。



「あと、その人には複数の女の影が見えるわね。しかもかなり親密な関係みたい。貴女もその子達に心当たりはあるんじゃない?」

「はい。凄くあります……」



 春香と真冬のことか。ここまで当てられると偶然で片付けられなくなってきた。



「それでもその人のことを想ってるなんて、一途なのね。それに引き替え……」



 エミリアさんは俺の方に顔を向けて、深く嘆息した。



「まったく。こんな可愛い子を差し置いて他の女とイチャついてるなんて、その男は一度地獄に堕ちた方がいいわね」



 イチャついてるというか一応こっちにも色々あってそういう状況になってるんだけど、なんだろう、凄く心が痛い。



「あの、私は一体どうすれば……!?」

「貴女自身も分かってると思うけど、とにかく貴女は積極性に欠けてる。その人との関係を深めたければ、もっと攻めないと駄目よ」

「積極性……他の人にも言われました……」

「さっき悲恋で終わる可能性が高いとは言ったけど、それは現時点での話よ。相性は良いんだから、最後まで諦めなければ、必ず報われる時が来るわ」

「本当ですか!?」

「ええ。だから自分を信じて」

「はい、頑張ります!」



 再度エミリアさんが俺の方に顔を向ける。



「貴方も、いいわね?」

「えっ……はい……」



 エミリアさんから尋常ではない圧を感じ、俺は身震いしたのであった。そして気付けば残り時間は一分を切っていた。



「ち、千夏。せっかくだし最後に何か占ってもらえよ」

「いいんですか? 順番的には秋人さんが……」

「いいっていいって! 遠慮すんな!」



 とても俺が占ってもらえるような雰囲気じゃないし。



「そうですね……。じゃあ、私も健康運でお願いします」

「分かったわ」



 例によってエリミアさんが虫眼鏡で千夏の両手を見る。が、途中でエミリアさんの手がピタリと止まった。



「これって……しそ……」

「……エミリアさん?」

「えっ!? あっ、えーっと、し、歯槽膿漏! そう! 貴女は将来、歯槽膿漏になるかもしれないって出たわ!」

「歯槽膿漏ですか!?」

「ええ! そうなりたくなければ毎日ちゃんと歯を磨くことね!」

「歯はしっかり磨いてるつもりだったのですが……分かりました」



 何だ? 急にエミリアさんが焦りだしたような……。



「さて! もう五分経ったから、次のお客様に替わってもらえるかしら!」

「はい。貴重なお話、ありがとうございました」

「ありがとうございました」



 俺と千夏は頭を下げ、料金の二千円を払って椅子から立ち上がる。



「……秋人さん、だったかしら?」



 千夏の後に屋台から出ようとしたところ、エミリアさんに呼び止められた。



「なんというか、その……。彼女さんのこと、大切にしてあげてね」

「? はい……」



 何か含みのある言い方に聞こえたが、次の客が今か今かと待っていたので、俺はそのまま屋台から出た。




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