戦友の犠牲
「いってえ……」
くそっ、完全に油断した。思えば地中で闘った時の雪風も攻撃手段の一つとして氷塊を放ったりしてたし、雪風と一体化したあいつが同じような攻撃をしても何らおかしくなかった。
顔を上げると、再び巨大氷人形の口が開きつつあった。やばい、二撃目がくる。早く起き上がらなければ――そう思ったが、どういうわけか足が動かない。
下半身に目をやると、左足がおかしな方向に曲がっていた。くそっ、さっきの爆発のせいか。間もなく巨大氷人形の口から氷塊が放たれた。
俺は悟った。これは死んだ、と。
その刹那、遠くから春香が何か叫びながら走ってくるのが見えた。駄目だ、この距離では間に合わない。
死の間際に走馬灯を見るというのはよく聞く話だが、俺の脳裏に過ぎったのは生前の記憶でも春香や真冬達との思い出でもなく、車を壊してしまってごめんなさいという誰かも分からない車の持ち主への謝罪の気持ちだった。
結局、俺を陥れた真犯人への復讐は果たせず終いかよ。他にもやり残したことが山ほどあるというのに、こんなところで死ぬのか――
「っ!?」
氷塊が直撃する寸前、俺は何者かによって突き飛ばされた。
「……石神!?」
そう、俺を突き飛ばしたのは石神だった。それにより俺は死を免れたが、代わりに石神が氷塊の餌食となってしまった。まさか石神が俺を助けたというのか。
「石神!!」
俺は左足を引きずり、なんとか石神のもとに這い寄る。首から下が氷塊に押し潰されており、出血が止まらない。もうすぐ息絶えてしまうと一目で分かった。
「なんで、どうして俺を助けた!?」
石神は明らかに俺のことを憎んでいた。助ける理由など何一つなかったはずだ。石神は最期の力を振り絞るように口を開ける。
「っせーな……お前なんぞに借りを作っちまったことが……許せなかっただけだ……」
「借り……!?」
俺が氷人形から石神を守った時のことを言っているのか。そんなことの為に俺を庇って……!!
「まっ……これでチャラ……だな……」
「……石神!? おい!! 石神!!」
俺は必死に呼びかけるが、それ以上石神が言葉を発することはなかった。間もなく春香が俺のもとに駆けつけてきた。
「春香、石神にスキルを!!」
分かっている、春香のスキルでは死者を生き返らせることはできないと。だがもし石神が辛うじて生きていたら、まだ間に合う。
「……駄目よ、次の攻撃が来るわ!」
既に巨大氷人形は三撃目の準備に入っていた。石神を助けていたら俺達まで巻き添えを喰らってしまう。選択しろ。もう生きている可能性が限りなく低い石神を助けようとするよりも、今は……!!
「春香、俺の足を治してくれ!!」
「もうやってるわ!」
春香が俺の左足に触れて【逆行】を発動する。そして左足が元に戻った瞬間、俺は春香と共にすぐさまこの場から離脱し、巨大氷人形が放った三撃目の氷塊を回避することができた。
「石神……!!」
俺は振り返り、唇を噛みしめる。苦渋の決断だった。やむを得なかったとはいえ、俺は石神を見捨ててしまった。
「秋人。こんなこと言いたくないけど……今は悲しんでる場合じゃないわ」
「……ああ。分かってる」
そうだ、余計なことは考えるな。目の前の作戦に集中しろ。
「秋人くーん!! 春香ちゃーん!! 準備オッケーにゃー!!」
朝野の叫び声が聞こえた。どうやら最大出力まで力が溜まったらしい。俺は両手で頬を叩き、大きく息を吸い込んだ。
「春香!! 朝野!! 決めるぞ!!」
「ええ!!」
「にゃー!!」
チャンスは一度きり。石神や大勢の生徒達の犠牲を無駄にしない為にも、絶対に成功させる。
「やれ、朝野!!」
「了解にゃ!! 必殺〝綺羅星弾・天〟!!」
巨大氷人形の頭上に浮かぶ星から、凄烈な光が降り注く。力を溜めただけあって一回目に比べると威力が桁違いだ。
「オオッ……オオオオオッ……!!」
巨大氷人形も藻掻き苦しむ声を上げている。やがて光が収まり、雪風の姿が露わになるほど巨大氷人形を構成する氷の大部分が破壊された。が、やはり雪風は無事だ。そして早くも氷の再生が始まり、再び雪風の身体が氷に覆われていく。
ここまでは想定通り。俺は【怪力】を発動し、春香の背中に右手を添える。
「頼んだぞ春香!!」
「任せて!!」
ここで春香の【逆行】を使い、巨大氷人形の時間を戻す。【逆行】の発動には直接にしろ間接にしろ春香が対象に触れる必要があるため、俺が春香を投げ飛ばして巨大氷人形に触れさせる。戻す時間の感覚は春香にしか分からないので、全ては春香のタイミングに懸かっている。ほんの少しでもズレが生じたら作戦は失敗に終わる。
それだけじゃない、俺の力加減も重要だ。力が強すぎたら春香を巨大氷人形に激突させてしまい、弱すぎたら巨大氷人形まで届かない。体力測定では力の調整が上手くいかずに散々な結果だったから正直不安だが――
いや、余計なことは考えるな。集中しろ……!!
「今よ!!」
「おりゃあっ!!」
春香の合図と共に、俺は春香を投げ飛ばした。狙い通り、春香の身体は無事に巨大氷人形の心臓部に届いた。よし、今回は力の調整が上手くいった。どうやら俺は本番に強いタイプのようだ――なんて喜ぶのはまだ早い。俺の役目はまだ終わっていない。
最近あまり良いことがないのでブックマーク・評価をいただけると元気が出ます。






