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死刑となった男

書籍第1巻は8/10発売!コミカライズはコロナEXにて8/8連載開始です!

 俺の名は月坂秋人。21歳、彼女なし。現在ドラッグストアに勤めている。


 子供の頃から特にやりたいこともなかったので、なんとなく就職してなんとなく生きている。何の面白味もない生活だが、別に不満があるわけでもない。きっとこのまま歳を重ねて死んでいくのが俺の人生なのだろう――そう思っていた。


 ある日の夜のこと。日課のランニングを終えてアパートに帰宅し、ドアを開けようとポケットから鍵を取り出した時、俺は異変に気付いた。


 何やらドアの向こうから異臭がする。今まで嗅いだこともないような臭いだ。俺にはその臭いに心当たりはなかった。


 ドアを開け、恐る恐る中に入る。更に強さを増す異臭。もう夜も遅いので、まだ中の様子はハッキリと見えない。そして靴を脱いで廊下に足をつけた瞬間、思わず俺は飛び退いた。何故か廊下が濡れていたのだ。


 いや、まさか。そんなことあるはずがない。そう心の中で何度も唱えながら、俺は震える手で電気をつけた。



「う……うわあああああーーーーー!!」



 俺は絶叫し、腰を抜かした。俺の目の前には、三人の死体が横たわっていた。三人とも年齢は十代後半あたり。どの顔にも見覚えはない。廊下一面に血が広がっており、まさしく血の海と化していた。


 一体何が、どうなっているのか。当然ながら俺には何の覚えもない。完全に錯乱状態に陥った俺が最初に思い至ったのは、三人の生死の確認だった。そうだ、まだ死体と決まったわけではない。もしかしたら生きているかもしれない。俺はなんとか力を振り絞り、三人のもとに這い寄った。



「だ……大丈夫ですか……!?」



 明らかに大丈夫ではなかったが、もはやそんな言葉しか出てこなかった。俺は三人の身体を順番に揺らしたが、返事どころか息もない。やはり三人とも死んでいる。


 ふと壁に目をやると、血で荒々しく〝42〟と描かれていた。何だこの数字は? 殺人犯からの何らかのメッセージか……!?



「どうしました!? 大丈夫ですか!?」



 その時、女性の声と共に玄関のドアを叩く音がした。おそらく隣りの住民が俺の悲鳴を聞きつけて様子を見に来たのだろう。まだ鍵は閉めていない。この状況を見られたらまずい気がする――



「開けますよ!?」



 しかし俺が返事をする前に、ドアは開いてしまった。



「キャアアアアアアアアアアーーーーー!!」



 三人の死体と俺の姿を目の当たりにし、女性は悲鳴を上げる。彼女は悪魔を見るような目で俺を見ていた。



「ひ……人殺し……!!」

「違う!! 俺は何もしていない!!」



 俺は咄嗟に否定する。だがこの状況、俺がやったと思われても不思議ではない。間もなく彼女の通報によって警察官が駆けつけてきた。


 この時から、何の面白味もない生活は終わりを告げ、地獄のような日々が始まったのであった。





 パトカーで警察署に搬送された俺は、そこで二日間取り調べを受けた後、検察庁に送検された。狭い部屋で固い椅子に座らされ、黒田検事と名乗る強面の男と向かい合う。ここでも引き続き取り調べが行われた。



「あのなあ、いい加減認めたらどうだ? お前が殺したんだろ?」

「殺してません!! 信じてください!!」



 夜も遅かったため俺のランニング姿を見た者は誰もいなかったらしく、俺にはアリバイがなかった。ど田舎なので道路にもアパート周辺にも監視カメラはなく、怪しい人物の目撃情報もなし。つまり俺の無実を証明するものは何もなかった。



「死体にはお前の指紋がべったりと付着していた。それだけでも十分な証拠だろうが」

「それは……!!」



 失敗だったのは、安否を確認しようと死体に触れてしまったこと。当時はパニックに陥っていたので、そこまで頭が回らなかった。



「往生際が悪いんだよ!! いいからさっさと認めろ!!」



 激しく机を叩く黒田。何もやっていないのに、一体何を認めろというんだ。



「黒田検事長、少しやりすぎでは……」



 取り調べに立ち会っていた黒田の部下らしき検察官が宥めようとするが、黒田はその検察官を鋭く睨みつけた。



「テメーは黙ってろ。このヤマには俺の出世が懸かってるんだよ。何が何でも吐かせてやる」



 無意識に拳に力が入る。こいつは自分の出世の為に俺を利用しているだけか……!!



「しかし間もなく勾留から二十四時間が経過しますが……」

「んなもん延長に決まってんだろ馬鹿。裁判所に勾留請求しとけ」

「わ、分かりました……」





 そして検察庁に勾留されて十日が経過した。睡眠も食事もロクに与えられず、黒田による取り調べは続く。



「ちっ、本当にしぶといなお前は。早く罪を認めて楽になれよ」

「私は……何もしていません……」



 もはや声を張り上げる力はなく、俺は弱々しく呟いた。



「あのなあ……!!」



 黒田は苛立った顔で、俺の前髪を乱暴に掴んだ。



「いいか。極端な話、お前がやったかやってないかなんてどうでもいいんだよ。『私が殺しました』って言ってくれるだけでいいんだ」

「なっ……」



 なんて奴だ。こんな屑が検察官を務めているなんて世も末だ。



「っと、今の発言はまずかったな。後で録音消しとけよ」

「は、はい……」



 黒田の部下が恐る恐る頷く。俺の味方をしてくれる者などいるはずもなく、どうすることもできなかった。





 勾留から十八日が経過。体力も気力もすっかり枯渇してしまい、いよいよ意識が朦朧としてくる。どうしてこんな所にいるのか、今がどのような状況か、それさえも分からなくなってきた。ただ、何かまともな物を食べたいという感情だけが強く渦巻いていた。



「まさかここまで粘るとはなあ……。おい、アレ持ってこい」



 黒田が部下に命じ、ある物を持ってこさせた。それを目の当たりにした瞬間、俺の口の中にどっと涎が溢れ出てきた。それはカツ丼だった。


 見た目はごく普通のカツ丼だが、十八日間水と冷や飯しか与えられなかった俺にとって、この世で最も価値のあるものに見えた。黒田はそのカツ丼を、俺の目の前でこれ見よがしに食べ始める。



「んん? 一体どうした、そんな物欲しそうな顔して。ああ、お前もカツ丼が食いたいのか。だったら『私が殺しました』って言え。そうすりゃお前にも食わせてやる」

「……!!」



 視界が回る。思考が錯綜する。何を犠牲にしてでも食べたいという欲求が止めどなく湧き上がってくる。だがここで屈するわけには……。あれ、どうして俺はこんなに意地になってるんだっけ……。いっそこいつの言う通りにした方が楽になるのでは……。



「では改めて聞こうか。お前が殺したんだろ?」

「……はい」

「ん?」

「私が……殺しました……」



 その瞬間、黒田の顔が狂笑に歪んだ。俺は我に返り、自分が取り返しのない言葉を口にしてしまったことに気付いた。



「ったく、やっと自白したか。散々手こずらせやがって。おい、今のちゃんと録音されてるよな?」

「えっと、はい。大丈夫です」

「よし。聞かれたらマズい部分は編集で消しとけよ」



 黒田は椅子から立ち上がり、一仕事終えたとばかりに大きく伸びをする。



「んー、さすがに疲れたな。温泉にでも行くか」

「待ってください!! 今のは違うんです!!」



 俺は叫び、部屋を出ようとした黒田の腕を掴んだ。



「触るな殺人鬼が!!」



 黒田に突き飛ばされ、俺は倒れた。もう起き上がる力もなく、俺は床に這いつくばるしかなかった。



「お前は終わったんだよ。三人も殺したとなったら死刑、良くて終身刑だろうなあ」

「私は……殺してない……」

「もう遅せーよバーカ。ああそうだ、カツ丼を食わせる約束だったな」



 黒田は食べかけのカツ丼を手に取ると、その中身をベチャリと床に落とした。



「おっとすまん、手が滑っちまった。せいぜい冷めないうちに食うんだな。あっはっはっはっはっは!!」



 下品な笑い声を上げながら、黒田は部屋を出た。



「う……ううう……!!」



 悔しさのあまり、俺の目からは大量の涙が溢れ出ていた。





 その後、裁判が行われた。弁護士はついたが、もはや「いかに俺の無実を証明するか」ではなく「いかに俺の罪を軽くするか」という方向で話を進めていた。いくら殺していないと言ってもまともに取り合ってもらえず、最初から俺は殺人犯という扱いだった。



「私は殺していません!! 何者かに嵌められたんです!! 信じてください!!」



 裁判で必死に主張したが、ただ呆れたような溜息が聞こえるばかりで、誰も信じてくれなかった。裁判員達も、傍聴人達も、悪魔を見るような目で俺を睨みつけていた。



「判決を言い渡す。被告人は三人の人間を殺害するという残虐な犯行に及びながら、理解不能な供述を繰り返すばかりで、反省の色が全く見受けられない。情状酌量の余地もなしと判断し、被告人を死刑とする」

「は……!?」



 俺は絶望に打ち拉がれた。そんな、馬鹿な。何もしていないのに、死刑? こんなことがあっていいのか?



「ふざけるな!! 俺は無実だ!! こんなの絶対間違っている!!」



 思わず裁判長に飛び掛かろうとするが、周囲の者達によって抑え込まれてしまった。何故だ、どうして俺がこんな目に……!?


 当然俺は上訴するつもりだったが、不服申し立てに理由がないとして控訴も上告も棄却されてしまい、死刑判決が覆ることはなかった。





 死刑判決から5年後――ふと顔を上げると、天井から輪っか状の縄が垂れ下がっている部屋が見えた。ああ、そうか。俺はこれから死ぬのか。もうどうにもならないと悟っていた俺は、ただ言われるがまま、この場所にやってきた。



「最期に何か言い残すことはあるか?」



 刑務官の問いに、俺は無言で首を横に振る。そして読経が流れる中、俺はアイマスクと手錠を装着され、執行室へと入れられた。


 首に縄の感触が伝わってくる。死を目前にした瞬間、26年間の記憶が走馬灯のように蘇ってきた。だが最期に浮かんだのは両親でも妹でもなく、あの黒田という憎き検察官の顔だった。



「う……ぐ……っ」



 首が強く締めつけられる。ちくしょう呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる!! 覚えていろ黒田、そして俺を陥れた真犯人!! たとえ地獄に堕ちようと、お前らだけは必ず道連れにしてやる!!


 2015年3月。強い憎悪を抱きながら、俺は息絶えたのであった。

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