※但しイケメンに限る
鬼達磨刑事はステージの裏手を一人で捜索していた。超人気アイドルグループ<SE7EN SINS>のライヴ会場を、かねてからマーク中の危険人物が爆破する、との情報を掴んだからだ。しかし警察が爆破テロの標的を特定したタイミングが遅すぎ、すでに来場してしまっている大勢の観客の混乱を避けるため、爆弾の捜索は秘密裏に進められた。
「見つけたぞ。ステージ裏のバッグの中だ」
「ただちに処理班を送ります」
「今から解除してたんじゃあ間に合わねぇ。俺ができるだけステージから引き離す」
観客の避難などが行われなかった理由はもうひとつあった。爆弾のきわめて特殊な性質ゆえだ。バッグの中の爆弾……入念な捜査の結果、それは“イケメンだけを爆破する爆弾”だということが判明していた。イケメン以外には(おそらく)効果がないので、警察は爆発物処理班の中でもとりわけイケメンとは程遠い隊員を選抜し、待機させていた。
♪そうさ 僕達 I・K・E・M・E・N カッコイイことが罪だから♪
鼓膜を打つ重低音のビートと同時に、ほとんど悲鳴に近い女達の歓声がステージの建材をビリビリと震わせる。鬼達磨刑事の頭上でライヴが始まった。
「無茶です!電波を追跡しますから、発見現場に端末を置いて、鬼達磨さんもすぐ避難して下さい」
「大丈夫だよぉ。家に帰りゃあキモイだのクサイだのと娘に罵られてる俺だ、巻き込まれてもかすり傷ひとつ付きゃあしねぇって」
よっこいしょ、とバッグを持ち上げる鬼達磨刑事だったが、ふと視線を移せば、スタッフの忘れ物を装った不審なバッグや紙袋が、あちらにもこちらにも置き去りにされているではないか!中身を確認すると、悪い予感が的中した。爆弾はひとつではなかったのだ。ステージを囲むように周到に配置された全ての袋の中で、時限式起爆装置のタイマーが00:00を表示した。
* * *
警察からの依頼で、X氏は“悪人だけを爆破する爆弾”を開発していた。ところがある日、掘り出し物の電子部品を漁りに電器街へ出掛けたとき、すれ違ったメイドが「あのおっさんキモくね?」「うわキっモ」と言っているのを聞いてしまい……いや、そのときは何とも思わなかったのだが、屋外広告の中から通行人へ流し目を送っているアニメか何かのイケメンキャラを見た瞬間に魔が差して“イケメンは皆爆発すればいい”という狂気に取り憑かれるようになった。
“悪人だけを爆破する爆弾”からの技術的応用は簡単だった。表面上は警察から依頼された仕事に取り組みながら“イケメンだけを爆破する爆弾”の開発を急ピッチで進めたX氏は、ある男を通じて、まず試作品を外国の犯罪組織に売り込んだ(こういう研究をしていると、社会の表からも裏からも、いろんな輩が寄ってくるのだ)。国際的に爆破テロをやっている連中の手で、ひとりでも多くのイケメンが爆発すればいい、と思ったのだが、しばらく経ってふたたび接触してきた仲介人の男は、爆弾の代金ではなく、一本の動画をX氏に見せた。男は片言のニホンゴで動画の音声を同時通訳した。
犯罪組織のリーダーらしい人物が大きく腕を振りかぶり、背景で整列している手下のど真ん中に、手投げ弾タイプの試作品を放り込んだ。端末のスピーカーが音割れを起こすほどの破裂音!……しかし、爆煙の向こうでは何名かが腰を抜かしているのみで、負傷した手下は一人もいない。
「見ろ。こんなもので本当に人を殺せるのか。これだけのハデな爆発力を持ちながら誰も傷つけないという点では、まぁ、たいした技術だ。その腕で普通の爆弾を作るなら使ってやらなくもないが、ただの爆弾であれば、お前などより安く大量に手に入る仕入れ先をいくらでも知っているぞ」
取引は打ち切られた。
そこで次にX氏の標的となったのが、たまたまニュースで見たイケメンアイドルグループのライヴというわけだった。今注目の、だの、話題騒然、だのと、主語のあいまいな宣伝文句でマスコミに煽られるがまま、日本じゅうの視線が集まる馬鹿騒ぎ……見せしめにはおあつらえ向きだ。
* * *
鬼達磨刑事が目覚めたのは病室のベッドの上だった。寝ていても画面が見える位置に取り付けられているテレビでは、<SE7EN SINS>ライヴ会場爆破事件の容疑者が逮捕された、というニュースが流れていた。専門家のコメント、ニュース映像。専門家のコメント、ニュース映像。<SE7EN SINS>についての解説から容疑者の生い立ちに至るまで根掘り葉掘り、話題に事欠いて延々と同じ話を繰り返している。世間を騒がせる事件が起こったときはいつもこうだ。X氏を逮捕したのは、あらかじめ彼の自宅周辺に張り込んでいた刑事達だった。
報道によれば、アイドルと会場スタッフ、観客を含め、現場に居合わせた全員が無事だった。<SE7EN SINS>のメンバーには軽い火傷が見つかったが、火薬を使った過激な演出だと思い込んでいたし、ステージでは多少の怪我など日常茶飯事だから気に留めなかったという。一方、鬼達磨刑事は重傷を負っていた……。
パトカーの後部座席でX氏は考えた。爆破テロが失敗に終わったのは何故か?たぶん、イケメンの本質を見誤ったせいだ、と。それからこうも考えた。そもそも、自分がイケメンを憎むようになったきっかけは何だったか?イケメンがイケメンであることに罪はない。真に作るべきは、やはり“悪人だけを爆破する爆弾”だったのだ、と。完成のあかつきには、あのとき自分を嫌な気持ちにさせた連中など、跡形もなく吹き飛ぶことだろう。……しかし、侮辱されたからといって逆恨みをするようなら、自分自身も同じ爆弾で吹き飛ぶ、ということに思い至り、X氏は苦笑した。
おわり