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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

超能力社会

作者: S.ダーマ

SFにするかホラーにするか三秒くらい悩みました。

 二十年前、アメリカで初めて「超能力」を使用したとみられる事件が発生した。

 後に「ジェームス事件」と呼ばれるようになるその事件では、被害者であるジェームス一家の遺体が自宅の壁や床と癒着した状態で発見された。事態の調査に向かった市警も、数日後に同じような状態で見つかった。最終的に軍が出動する事態にまで発展したこの事件はアメリカのみならず、世界中の人々に衝撃を与えた。

 しかし話はこれだけに止まらない。数日後、今度は中国で同じような超常事件が発生。この二つの事件を皮切りに、世界中で、先進国や途上国の区別なく、立て続けに超常事件の数々が頻発した。

 もちろん日本だって例外ではない。「渋谷無差別吸血事件」や「神戸路上溺死事件」、「岡山カマイタチ事件」など、挙げていけばキリがない。

 当然、世界は大混乱に陥った。各地で暴動が起こり、政府機能は一時的に麻痺。根も葉もないデマが飛び交い、「異能狩り」と称して無辜の隣人を虐殺するといった、まるで中世の魔女狩りを彷彿とさせる事件が多数発生したせいで、余計に混乱が拡大してしまった。

 今でこそ一応の落ち着きを取り戻してはいるが、こんな仮初の平穏など長くは持つまい。まさに砂上の楼閣と同じだ。

 当時、大混乱に陥った箇所がもう一つある。学界だ。今まで自分達が作り上げてきた法則や論理の悉くを鼻で笑うかのような出来事が次から次へと起こったのだ。その心情は推して知るべし、だ。

 最初は、断固として超能力などという()()()()()モノは認めない、という姿勢を貫いていたようだが、ねずみ算式に増え続ける被害という名の現実を前に、早々に心が折れたようである。

 かくして、学界は「超能力」の存在を認めた。非科学的な空想の産物とされていた超能力は、科学の仲間入りを果たしたのである。

 その後、立ち直った政府は超常現象対策基本法をはじめとした幾つかの法案を成立させた。さらに、超能力を行使する者達を「能力保有者(ホルダー)」と呼称し、対ホルダー特別機動隊を設立した。簡単に言うと、能力保有者(ホルダー)が起こしたと予測される事件の現場に赴き、事態の収束に当たる特殊部隊だ。例外的に、超能力研究の成果を優先的に受け取ることが出来る権限を与えられている。

 ……尤も、折角出来た特殊部隊が活躍できたことは一度として無いのだが。最新鋭の装備で身を固めていても、人智を超えた力の前では無力。いたずらに被害者の数を増やすばかりか、下手に介入したせいで事態が悪化したケースも一度や二度ではない。よって、国民の彼らに対する評価はすこぶる悪い。


 自室の窓から外の景色を見下ろしてみる。マンションの最上階から見る風景はまるでミニチュアだ。

 眼下には、超能力なんて無かった頃と同じように見える平和が横たわっている。車は道を行き交い、主婦は買い物に出掛け、若者は友人と談笑する。まるで、ここだけ世界から切り離されたかのよう。

 だが、見かけ上はどんなに穏やかであろうとも、世界は人間が知るものではなくなってしまった。人々はかつてない程の不安に包まれた中で生きている。

 道を歩いていたら、突如体中の血液を一瞬にして抜き取られるかもしれない。あるいは陸の上で溺れ死ぬか、全身をズタズタに切り裂く風に襲われるか。

 いつ何時、どんな理不尽がやってくるか分からない。抗う術は無い。守ってくれる者も無い。安全な場所も無い。出来る事は、大いなる理不尽が自分を見逃してくれるように祈る事だけ。我々は平穏という名の恐怖の中で生かされている。世界は随分と変わってしまった。

 ……いや。そこまで考えて頭を振る。

 世界は何も変わっていないのかもしれない。そう見えるのは、我々人間の方が変わったからだ。変わったというより、思い出した、と言うべきか。我々にとって一番近しい隣人とは「死」である、という事を。

 コーヒーを淹れるためにキッチンへ行く。たいして美味くもない、安物のインスタントコーヒーを狭苦しいキッチンで淹れる。湯気を立てるマグカップを片手に、普段は目もくれない科学雑誌の最新号を本棚から抜き出し、一人用ソファーにどっかりと腰掛ける。何故そんな本を持っているかというと、最近話題になっているからだ。なんでも、とある研究所が、能力保有者(ホルダー)の体組織の一部を入手する事に成功したのだとか。これを解析すれば、超能力研究の大きな一歩となる、と息巻いているわけだ。それで、早速最新の解析結果の一部がこうして公開されているのである。

 生憎この手の知識はからっきしなので、殆ど何が書いてあるのかさっぱり分からないのだが、自分でも理解できる部分だけを斜め読みしているだけでも十分面白い。

 パラパラとページを捲りながら、ふと考える。

 先程自分は、世界は何も変わっていないのでは、と思い至ったわけなのだが、こうして科学雑誌の超能力特集を読むうちに、その考えがますます盤石なように思えてきた。考えてみたら当然の事ではないか。「超能力」などという、いかにも非現実的な響きのおかげで忘れてしまいがちだが、今の状況というのは例えば「新元素が発見されました!」というのと本質的には同じ事なのだ。ただ、発見された新元素が少々危険な代物だった、というだけの話である。そして似たような事は、歴史上たびたび起きている。

 さらに言えば、超能力やら新元素やらが無くたって人は死ぬ。人を一人殺すのに、大層なモノを持ち出す必要は無い。ただ時間があればいい。なぜなら、人は須らく死への存在だからだ。

 そこまで考えた途端、急に現状が滑稽に思えてくる。なんだ、結局何も変わっていないじゃないか。変わったのは人間だけ。否、それすらもただの思い込み、錯覚に過ぎないのかもしれない。

 もちろん、死が怖くなくなったのではない。死は恐ろしい。それに出来れば、体がどろどろに溶けて床の一部と成り果てるような、あんな死に方は御免被る。家族に看取られて天寿を全うするのが理想だ。

 ただ、気の持ちようが変化した。この結論に至って、悔いの残らぬ終わりを迎えられるような生き方をしてみようと、そう思った。なんとなく、ではあるが。

 チラリとカレンダーを見る。明日からまた仕事だ。以前の自分であれば、いつ理不尽に襲われるかと必要以上に怯えていたが、世界に対する「結論」を出した今の自分なら、無用な恐怖を覚えることは無いだろう。もうおっかなびっくり道を歩く必要は無いのだ。

 今までの人生で、これほど有意義な休日を過ごしたことがあっただろうか。もちろん客観的に見れば、ただ一日中ぼーっとしていただけなので時間の無駄遣いもいいところなのだが、たったそれだけで長年の間巣食っていた空虚な圧迫感が除かれたのだから、誰が何と言おうと今日は有意義な一日だったのだ。こんな小さな事で喜ぶ自分の貧乏人気質に苦笑するが、悪い気はしなかった。

 不意に、窓の方から何かが落ちるような音がした。何事かと振り返ると、小犬が一匹入り込んでいた。赤い斑点模様という、奇妙な柄の犬だ。

 ……犬?それも窓から?あり得ない。自分が住んでいるこのマンションは、ペットの飼育を全面的に禁止している筈だ。ましてやここは最上階。地上からは何十メートルもある。ただの犬ころ一匹が入り込めるような場所ではない。

 犬と目が合った。こちらを視認した犬は、嬉しそうに尻尾を振りながら駆け寄って来た。――まるで皿に盛られたドッグフードに駆け寄るように。

 ぞわり、と背中が粟立った。まるで蛇に睨まれた蛙。俎上の魚。本能がうるさいくらいに警鐘をかき鳴らしているが、体が金縛りにでも遭ったかのようにピクりとも動いてくれない。

 ふと、やけに間延びした時間の中で、今日読んだ雑誌の一記事が思い浮かんだ。その記事のは、おおよそ次のような事が書かれていた。

 ”能力保有者(ホルダー)は、人間以外の生物にしかなれない。”

 ……嗚呼、そうか。

 「わふっ」

 今日は、俺のところに来たのか。

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