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メモリーバンク

作者: 新成 成之

 「忘れてしまいたい記憶」


 貴方にもあるんじゃないですか?

 液晶の画面に、赤い文字で番号が映し出される。


「56番ノ方、窓口マデオ越シ下サイ」


 自動音声に呼ばれた僕は窓口に向かう。


「本日はどの様な用件で?」


 ワイシャツにグレーのチェック柄のベストと、落ち着いた服装のお姉さんが対応をしてくれる。


「預け入れをしたいのですが」


 そう言って僕がブリーフケースから取り出したのは、シルバーの指輪。内側には小さく文字が刻まれている。


「こちらに関する全てで宜しいですか?」


 手袋をはめたお姉さんは、指輪を受け取ると僕の目を見詰めてそう言った。


「全部、お願いします」


 僕がそう言うと、お姉さんは机の下から書類を取り出すと、僕の前にボールペンと共に置き、いつもの様に注意事項の確認を始めた。


「それでは、この指輪に関する“記憶”を全てお預かりします。一時的にお客様の記憶が曖昧になる場合が御座いますが、一時的なものなので、暫く経つと自然な“記憶”が再構成されます。また、再びこの“記憶”が必要になった場合は当窓口までお越し下さい。尚、お客様の“記憶”は他のお客様がご利用になられる場合が御座いますのでご了承下さい」


 それが終わると書類に必要事項を記入する。書類の最後の欄。一際大きなその欄に、僕は力強くこう書いた。


山広やまひろ 真由まゆとの記憶』


「ありがとうございます。では、バンクへの接続を行いますので、こちらのデバイスに触れて下さい」


 左手をデバイスに伸ばす。しかし、何を躊躇したのか、触れる直前で手が止まった。


「お客様の大事な記憶です。一時であったとしても、手放すという事は大変辛い事です。今なら中断できますが、どうなさいますか?」


 ここに来るまでに覚悟を決めたじゃないか。何を今更躊躇などしているんだ。あの日、僕が家に帰ったあの時、あの人が知らない誰かと抱き合っているのを目にした時から、僕は決別を決断したではないか。こんな“記憶”、無くなってしまった方が楽なんだ。何をしようも、あの人はもう僕と一緒ではないのだから。


「いえ、続けます。続けさせて下さい」


 そう言うと、僕の視界は何故かぼんやりと滲み出した。そして、僕の左手がデバイスに触れた瞬間、大粒の雫が僕のスーツを濡らした。


「接続完了です。もう手を離してを大丈夫ですよ」


 ゆっくりと手を離す。その手で雫を拭き取る。


 僕は何故泣いていたのだろう。


「本日はご利用ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」


 僕はブリーフケースを手にすると、自動ドアをくぐり、外に出た。


「59番ノ方、窓口マデオ越シ下サイ」


 自動音声は休むこと無く、次の人を呼び続けている。


 


 一人でも多くの方に読んでもらえれば幸いです。感想・レビューお待ちしております。

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