散髪(下)
散髪(上)の続きになりますので
まずそちらを読んでからコチラを読んでください
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父さんが喜んでいる間に僕は切った髪をちりとりで集めていく
「意外と毛が多いんだな…」
父さんが僕が髪を集めているのを面白そうに見つめて
「扇風機かけていい?」
「父さんが代わりに集めてくれるなら」
「…わかった扇風機直してくる…」
父さんは少し寂しそうに扇風機を担いで倉庫へと運んでいった
「父さんは心が子供だからなぁ…目が離せない」
ちりとりで集め終わり新聞紙を片付けていると
僕の頬にひんやりとした物が当たる
「ゆうくん…疲れてるみたいだからお茶用意して
おいたよ」
まゆ姉さんが気を利かせて僕のためにお茶をわざわざおぼんに乗せてくれていた
「ありがとうまゆ姉さん、後で一気飲みするね」
「ゆっくり飲んでね?喉詰まると大変だから…」
冗談が伝わらなかったようだった…
なんでも信じるのはまゆ姉さんのいい所でもあり悪いところでもあると最近感じている
「ゆうくんゆうくん、私もお願いがあるの」
「なに?」
少し心配?のような顔をしている
例をあげるなら子供が初めて自転車に乗って遊びに出かけるのを心配する親の顔だった
「滋さんだけじゃなくて…私も髪を切ってほしい
肩まででいいから…ダメかな?」
正直、無理なお願いだった
第一に女性の髪を母さん以外触ったことがないはずだ…
更に髪を切る!?無理だ…そんな体ないよ…
「切るのって今?僕は女性の髪を切ったことがな
いから急ぐなら美容院とか…」
「滋さんだけズルい…」
なんなんだ!今日のまゆ姉さんはどこかおかしい
そして…僕は今日だけまゆ姉さんのお願いを聞けない気がしてきた…
「し、失敗してもいい?」
「うん、できれば是非失敗してほしい」
「え!?」
「冗談だよ…、できれば失敗して欲しくない…
髪は女の命って言うでしょ?
だから、それを切ってって言ってるということは?」
「ことは?」
「信頼しています 宮田悠馬くん 私の髪を切ってく
ださい」
「なっ!?」
僕の思考は停止し…
端っこでずっと見ていた父さんは世界が終わったかのような目で手に持っているビデオカメラを落としそうになっている
「わ、わかりました…お、お座り下さい、お客様」
つい、口から出てしまった…
僕はまた母さんの遺品に目を閉じて
(母さん…また借りるね)
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父さんと違って新聞紙をできるだけ多く配置し
椅子のところに少しついていた父さんの髪を落としていく
「準備OKですお、お客様」
可憐な女性は椅子にふわりと座ると
目を閉じ手、霧吹きを催促する
それに応じ霧吹きを満遍なくかけていく
その度に彼女の髪は水を含み綺麗な束のようになっていく
「っ…」
「ごめんなさい、かけすぎました!」
姉弟なのに気を使い
敬語になり
準備だけで何度もミスをする
それでもまゆ姉さんは目を閉じたまま
僕に髪を切られるのを待ち望んでいるかのように
静かに座っている
「髪は肩まででお願いします」
まゆ姉さんが口を開いたのはコレだけだった
悪戦苦闘の末
何とか肩まで切り、まゆ姉さんがこんな髪型だったら可愛いかな?などを考えながら切り
ついに初の女性の散髪は終わった
「で…出来ました、目を開けて大丈夫です」
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ゆっくりと目を開ける
鏡に映っていたのは綺麗に肩までの長さの髪型をしている私だった
綺麗なショートヘアー
家族が亡くなり外に出かけるのが怖くなってから伸ばしに伸ばした髪は昔の私の髪型になっていた
「もう、信頼できる人がいるんだから怖がること
なんてないよ」
鏡の向こうの私が私に語りかけている気がした
「うん…私…」
言葉を返そうとすると私《鏡の中の私》は笑顔で
【頑張って】そう言っている気がした…
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「髪型…気に入らなかった?」
「え…?」
「だって、まゆ姉さん、目から涙が出てるよ?
やっぱり切りすぎたかな?」
心配する僕をよそに花が咲いたようなそんな綺麗な笑顔で振り向く
「この涙は嬉し涙だよ!この髪型最高だよ、ゆう
くん!髪切るの上手だからビックリして涙が出
てるんだよ!」
その言葉に嘘はないように思えた
だって、こんなに明るいまゆ姉さんの笑顔は見たことがないからだ
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『ゆう?髪を切る時はね上手に髪を切ろうなんて思わなくていいのよ…考えるのはね…【自分が切った髪を見て笑顔になる】それだけでいいのよ
だって、家族の髪を切るのに免許なんていらないじゃない』
「分かったよ母さん…だから早く髪切ってよ〜」
『ゆうは、本当に…せっかちね〜』
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僕は母さんとの思い出をまゆ姉さんの笑顔を見て掘り起こせた…
何故か…僕も涙が出ていた、、