貴方は誰ですか?
相変わらず賑やかなお嬢様をなんとか宥めて、とりあえず風呂に突っ込み、彼女が出て着替えが済んだら貰うことにした。
お嬢様の置かれた現状は問題だらけだ、まずは彼女自身にそれを知ってもらう他ないだろう。
「そうは言ってもこれって夢なんだよね……」
そう、何時かは醒める夢だからこうやって何かすることは無駄かもしれない、だけど自分がやれることがあるのなら、出来るだけしてやりたいと思うの事実だ。
「ブルックリンやアルテミジア嬢にここまで思い入れなんて無かったけど、こうして本人と話すと、やっぱり何とかしてやりたいって思うんだよなぁ……」
干物の背中越しにゲームを見てた俺の目から見ると、ブルックリンやお嬢様は案外人間らしい欲や思いみたいなのがあるなーって事と、攻略キャラクター達の彼等は設定と属性とか言う服で装飾された人形に見えた、それはきっと人間性の感じられない設定のせいだと思う。
破綻しか無い王子との婚約にこだわっているお嬢様の姿は、まるで人形劇の中で彼女一人だけ人間であると叫んでいるように感じて、俺はこのゲームが嫌いだった。
いっちゃ悪いが、アリス嬢の恋のお相手ってのは演出なのかもしれないけど、台詞一つとっても誰かに台詞を言わされ微笑んでいるだけにしか感じられなかった。
どんなに彼等を知っても、綺麗なだけで軽薄なよく出来たお人形にしか俺には見えなかったんだよ。
そんなどこか薄ら寒い違和感の中で、彼女の面倒くさくて嫌な部分に少女らしさが溢れているような気がして、純粋な少女が恋に恋焦がれて身を滅ぼしそうな危うさに見えた。
そんな危なっかしい彼女を苦手だと思ったが、やっぱり俺はそんな少女の姿を心から嫌いになれなかった。
「まぁ多分作っている人達が女性だから、そういうお嬢様の生の部分をちゃんと描ける所為かもしれないな」
女が嫌いな女ってああいう感じだろうしな、ああいうのが不幸になるというのも一種の娯楽なんだろう、芸能人なんかを見ているとそう思う事がある。
地位も金も自らの全てを捨ててでも叶えたい恋、そんな身を焼くような恋をした事が俺には無い。
だからこそ理性的に愚かとしか言えない彼女の行為に、一種のあこがれに似た羨望を覚えているし、彼女自身の恋が上手く実った先の物語を知りたいと思う。
ブルックリンだって、お嬢様に怒られてながら小銭を貯めて、嫌な事でも我慢してしてひたすら働いている姿が妙に今の自分の姿と重なって、そこまで嫌いになれなかった。
嫌な上司や相手先に頭を下げて、毎日働いてるのは誰だって一緒だ、時にはやりたくない事だって仕事と割りきっている。
こうして彼の隠された秘密である趣味を知ってなおさらそう思う、俺も趣味人だから稼ぐのは趣味の為だ、そこにも彼の人間臭さを感じてしまった。
「まぁこの考え方って、はっきり言えば珍しいのかもしれないけどね、じゃなかったら日本でイタリア映画好きなんてやってないわな」
イタリア映画というのは陽気なイタリアのイメージと違って、陰鬱でドロドロとした人間票が多い物が結構ある、そういう繊細で弱らかくて脆い部分を描く作品が、日本では知られていない名作が意外とある。
悪役令嬢の彼女は、そういう映画の破滅的な恋をするヒロインと少し似ているのも、きっと俺が彼等を嫌いになれない理由の一つだ。
「でも俺が手伝ったらイタリア映画から、日本のB級コメディになるんだよねぇ……、誰かの作った作品を今から穢すのはあまり褒められたことじゃないけど、夢だから許してもらおうかね、このゲームって同人とかで結構好き勝手やられてるみたいだしなぁ」
誰かがやっているから許される訳ではない、だが誰かに公表するような事が出来ない自身の夢の中くらいなら、自由な発想で考える権利が受け取った側にもあるだろう、俺の場合、妹から叩きこまれたって感じだけど。
そんなことを考えていたらドアをノックする音が聞こえる、先ほど風呂に入ったばかりのお嬢様がもう出てきたとは思えない、一体誰だろう?
「どうぞ、開いていますので入ってください」
「失礼します、ブルックリンさん」
そうして入ってきたのは干物と同じ二十代後半の女性で、厳格そうな感じがする黒髪の女性だった。
押し付けの衣装をシワ1つ無く着こなす姿は、できる女と言う出で立ちでなんとも取っ付きにくい隙の無さを感じる、設定から推測するに多分メイド長だろうな。
執事だったか家令だったかはカントリーハウスの方に居るし、こっちはメイド長が管理してる設定だったはず、でもメイド長ってほぼ設定だけでお嬢様の会話文で出てくる程度で、立ち絵とか背景で描かれてすらいないのであんまり自信がない。
「どうしました?何か用ですか?」
良く分からないから、とりあえずとぼけて誤魔化すしか無いな、後で城の人間や知ってる設定との差を色々調べておくべきかもしれないな。
「お嬢様から、シャーリーを庇ってくださったらしいですね、一体どういう風の吹き回しですか?」
ああ、急に人が変わったような話だからやっぱり疑っているのか、それなら相手が納得する情報を与えるだけでいいか、上手く勝手に判断してくれればいいけど。
「お嬢様、いや貴族と言うべきかな、その有り様に少し思う事が色々あってね、旦那様の居ない今なら、お嬢様に本当の教育が可能なんじゃないかと思ってね」
「本当の教育?ですか、たしかに貴方はお目付け役ですから、お嬢様の教育も仕事の範疇ですが、やっぱり少し不気味ですね、星とお金にしか興味のない貴方の物言いとは思えませんね」
ああやっぱりそう思われたのねブルックリン、趣味って突き詰めると他の事が疎かになるのは分かるよ、でも職場の人間関係まで疎かにしているのは頂けないなぁ。
「そう思われても仕方がないな、だけど私はこれからお嬢様をプリンセスに相応しい女性に育てる気でいるよ、それが私の仕事だからね」
「そうですか、あくまでとぼける気なのですね、まぁいいです私達に被害を与えないなら、今は目をつぶりましょう」
この言い方は多分メイド長だろうな、まぁ違ったらただのキチガイか別人を疑われそうだし、今はとぼけていると思われる方がいいな。
「話はそれだけですか?もしそうなら、そういう事ですので礼も詮索も不要です、私が自分の仕事に漸く取り掛かった、その程度の認識で結構です」
この程度で良いだろう、こう言えば彼女も疑いながらも出て行ってくれるだろうさ。
「そうですか、では言いましょう、貴方は一体何者ですか?」
あっれ~?おっかしいなぁ、なんか詮索されてるしミスったか?いやここはこれで通すしか無いだろう?
「詮索は不要だと言ったはずですよ?話を聞いてなかったんですか?メイド長」
「それです、私はメイド長ではないです、お嬢様の部屋付きのメイドのメリッサですから」
はぁ?メリッサって名前のキャラクターなんて居たか?全く覚えがない、しまったなどうするべきだ?
何もいい案がない、とりあえず疲れている事にして、時間を稼ぐしか無いか。
「すいません、どうやら疲れているようで勘違いしたようです、少し休みたいので、話はまたという事にしてもらっていいですか?」
「構いませんが、その場合は憲兵に連絡します、それまでに逃げる事が出来るとお思いでしたらご自由に」
あ~、ゲームだと思って油断してたなぁ、やっぱりブルックリンとかお嬢様の設定外の事が起こっているんだから、こういう事だって起こったりするわなぁ。
なんつうか妙にリアルな話だ、こういう入れ替わりの話って、どんなに怪しい行動してもバレないってのが干物の呼んでるネット小説の定番って聞いてたのに、即効バレたじゃねーか!
「それで、貴方は何者ですか?ブルックリンさんのそっくりさん」
言いながらこちらを鋭く見つめる彼女、果たしてどう説明したものかね?
まぁ夢だとは思うから、このまま突っ込んでもいいとは思っているけどさ、でも出来るならちゃんと納得して欲しいとは思う、人を騙すのはそこまで好きじゃないからね。
「分かりました、じゃあ突拍子もない話をしますよ、内容をどう判断するかは解らないが俺は嘘を言う気はない、その上でメリッサ、貴女が判断して欲しい」
最悪ここで目が覚めるとは思うが、もし違ったら物狂いの類か何かに思われて追い出されそうな気がする、いやヘタすると殺されるかもなぁ、お嬢様に失礼な事をしたとかでさ。
まぁそれでも話してみるか、メリッサはどう見ても悪人には見えないし、嘘を付いた方がきっと面倒な事になりそうな気がする。
そう思い意を決して、緊張で少しだけ重くなった口を開く。
「貴方の思っている通り、私はブルックリンではない、そしてこの世界の人間でもない、気が付いたら彼の身体に入り込んだ別の世界の人間です、ですがお嬢様を害する気も無い、それをする理由がないからです」
俺は淡々とした声で事実を語る、それをただ黙って黙って灰色の瞳で彼女は見つめ、短い事実を話し終わると部屋の中には重苦しい緊張が漂って、二人の間にその存在感を主張していた。