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空っぽなお嬢様

 俺の苦痛の元であるお嬢様は、俺に無視された事が我慢出来ないのであろう、 目線だけで確認すると綺麗に整えられた眉をこれでもかと吊り上げ、眉間にしわを寄せるお嬢様が視界の端に映った。

 

「ブルックリンの分際で私を無視するなんて生意気です!こちらを見なさい!」


 こちらをナチュラルにディスって不満を叫ぶ姿は、いかにも私は怒っていますという感じだが、やっぱり語彙が少ないから毎度同じような台詞で騒いでる。


 そんな小学生並みの怒りを発露するお嬢様に無視を決め込み、俺は当然のように孫メイドに事情聴取を続けていく、だってこっちに聞いたほうが早いからね。


「ふむ、君はぶつかった件については謝罪したんだろう?」


「もちろんです!ですが、謝って済む事ではないので、お嬢様からお叱りを受けていた所でして……」


 なんつうかワンマン社長とブラック企業の典型例みたいな話になってきたな、このお嬢様って本当に面倒だわぁ……、とりあえずお嬢様が悪いという事も分かったし、この子には仕事に戻ってもらおう。


「その程度のミスなら次から気をつければいい、あんまり萎縮して仕事に悪い影響が出る方が良くない、さぁ仕事に戻りなさい、この件は私が片付けておくから」


 この駄目お嬢様、いや駄嬢様は全くさっきの言葉を理解していないようだ、俺がこの29年の人生で磨き続けた108の対干物用お仕置き術を披露しないといけないらしいな……。


「だからこっちを向きなさい!このお馬鹿!でくのぼう!」


 俺の背中を駄々っ子の様に叩きながら妙な罵倒をするお嬢様、体力が無い彼女は歯を食いしばって頑張って叩いてる気なんだろうなぁ。

 

 そんなに必死になって振り向いて欲しいのであれば向いてやろう、だが同時に干物用の牙も剥いてやろう、己の愚かさにひれ伏すがいい。


「お嬢様……、お前はアホか?いやアホだな、アホとしか言えない、この愚か者が!」


 なるべく汚物を見るような眼で、彼女の顔を見てそしてアホだと言い切る、これで奴は思考が停止する、自分が攻められる側に慣れていないお嬢様は、想定外の攻撃に口を開けたままの状態で固まっている。


「まず最初に私は貴方が王子を振り向かせるための必要な事を話しましたね、その時に現王妃の話をしましたね、なのにそこから一ミリの理解もせずに彼女がぶつかった程度で折檻を求めた」


「だって!その子が私に」


 再起動したお嬢様が困惑した表情で何かを言おうとするが、その言葉を遮るように強い口調で遮っておく。


「黙らっしゃい!誰が話して良いと言いました?良いですか、この国の王妃と言うのは偉そうにしているから王妃ではないのです、民に好かれているから王妃なのです、そうじゃなかったら何が起こるか分かりますか?」


「そんなの今は関係ないわ!貴方は無礼なメイドの話をしていないわ!ちゃんと私の話を聞きなさい!」


 俺が何を言っているのかよく分かって居ないので、関係ない事をいきなり話したと思っているアルテミジアはその怒りのボルテージを取り戻すのかの様に叫び、眉毛もその勢いに便乗して鋭角に上がってく。


「質問に答えないのであれば、私は今すぐでにも出ていきますよ、私一人も理解させれなくて王子の寵愛を得られると?まさにおめでたいとしか言いようがありませんね」


 こうして第一段階として俺の方へ話をシフトして、お嬢様の怒りをこちらでコントロールする、このタイプは怒りの矛先が複数になると一番近い方へ攻撃するので、マタドールのようにコントロールしてやればいい。


 だが時々予想外の攻撃を受けるので、怒らせなだめるタイミングは間違ってはいけない。


「どうして今日はそんな意地の悪い事ばかりを言うの!貴方今日は可怪しいですわ!」


 どうやら上手く思考の誘導が出来たようだ、さっきまで怒っていたのを忘れて再び困惑の表情を浮かべるお嬢様、感情を何度も揺さぶられ半泣きになりながら食いついてくる。


 ここまでくればなんとかなるだろう、こっから丸め込もう。


「可怪しい?これは妙な事を、私はもうお嬢様にはほとほと愛想が尽きました、ですが貴方がお願いしますというから仕方なくここに居るんです、気に入らなければすぐに出ていきますよ?いいんですか?誰も貴方に何も教えてくれはしませんよ?裏で馬鹿にされますよ?」


「酷い!さっきは教えてくれるって言ったばかりですわ!あれはうそでしたの!?」


 自分が騙されたと思い、アルテミジアは悲痛な叫びを上げて涙目で怒る、面白いようにこっちの都合に乗ってくれるなぁ、本当に昔の干物みたいだ、だとすればこう言えばこの子はきっと納得すると思う。


「ウソではないです、ですが貴方が私の言う事を聞かない、聞けないと仰るなら私が何を言っても意味が無い、そういう無駄な事をお互いする必要が無い、そう言っているんですよ」


「良く解りませんが、私が貴方の意見を聞かないから出て行くと言ってますの?」


 自分が今まで怒っていた事をすっかり忘れ、彼女は親にやってはいけない事を諭された子供のように、不思議そうな表情で俺に問いかけてくる。


 やっぱりね、お嬢様ってある意味純粋なんだよ、親からこう生きろ言われて、それを疑わず、周りが悪役令嬢だと言ったり、周りからそういう眼で見られ、それに応えるために彼女はこうなったんだと思う。


「はい、ですがお嬢様が私の意見にちゃんと耳を傾けて、御自身できちんと考えてくださるなら、私は貴方の力になりましょう」


「なる程、それなら私は貴方の言葉を聞いてあげますわ!感謝なさい!」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべて尊大な態度で語りかける姿を、俺は少しだけ哀れに思う。


 高貴な位を持って生まれ、真に対等な相手が居らず、彼女を諌めるめるものが居なかったゆえに浮かべる表情だからだ。


 彼家族である父から王子の婚約者だと言われ、それしか無いからそうしていた、彼女にはそれしか与えられていないのだ、純粋で無知で愚かな可哀想な少女。


 あの乙女ゲーを後ろから見ててずっと思っていたことだ、周りの思いに応えようと必死な道化のお嬢様、だから俺はこのゲームが嫌いだったんだ。

 

「では、まず、些細な事で一々怒らないでください、そうじゃないと誰とも話せませんよ?さっきのメイドだって、お嬢様には申し訳ございませんしか口にしていなかったでしょう?」


「ええ、あの子が悪いんですから当然でしょ!平民が間違ったら罰を与えろとお父様もおっしゃっていましたわ」


 当然の事を聞かれ、自信満々の表情で俺に語り返す、ちゃんと会話が出来る事を喜んでいるようにとても嬉しそうだ。


「なる程、ですがお嬢様の話は敢えて無視をした上で私はお嬢様を叱責しました、その態度に思う所があったのでしょう?」


 多分この子は道徳というか、人として当然のことすらちゃんと両親から教わっていないのだろう、彼女の両親は互いに愛人に現を抜かして、彼女自身を見ていないからな。


「ええ、だから話を聞きなさいと怒っていました、ぶつかったのはメイド、悪い者には罰を与えるべきでしょう?」


「では、それが高位の貴族ならどうします?」


「もちろん理由を聞いて、下らないことなら叱りつけて、謝らせますわ!」


 胸を張って人差し指を立てながら、とんでも無い解決案をきっぱりと言い切る彼女、ああ、やっぱりこの子は本当に自分より下しか居ない世界で生きてるなぁ、そりゃあ純粋だからこそに歪むわ。


「では、もしもですが、自分がさしたる落ち度もなく、叱られる立場が逆だったらお嬢様は相手に対してどう思われますか?」


「そんな事考えた事すらありませんが……。ん~そうですわねー、屈辱的なのでなにか仕返しを考えますわ!」


 少しだけ考える素振りを見せ、自らが思いついた名案を俺に自信満々に話す、そんな随分と物騒な答を導き出すアルテミジアに少し頭が痛くなり、思わず苦笑いを浮かべそうになる。


 考えた答がこれかよ……、仕返しという言葉が出る辺りは流石だが、考えられない訳じゃないだけマシか、だとすれば言いようがある。


「はい、理不尽な事を言えば人は恨みを持ちますし、相手を悪く思います、人がいる中で叱責されれば恥もかくでしょう?それを裏で文句として吐き出すのです、それが人間です」


「平民ってそういう物なの?私にはそういう事がありませんでしたから、あまり理解出来ませんわ」


 変わった動物の話を聞いて居るように、小首を傾げて不思議そうにしているが、君の眼の前に居るブルックリンも平民なんだぞと言ってやりたくなる。


「理解しろ、とまでは申しませんが。そういう者であるという事を知っていれば、好かれるのも容易ですよ」


 これでやっと本題に入れるな、長かった、本当に長かった、アタマが悪い訳ではないが常識が違いすぎるので中々大変だったなぁ。


「理解をすると何か良い事でも有りますの?平民程度を理解して何かあると言うんです?」


 彼女は政治の意味を解っていないから、平民が自身の人生に関わっている事を本当に理解出来ていないのだろう、


「甘いですね、王妃様が慰問や地方の視察を欠かさないのは平民の心を知り理解するためです、つまりは未来の貴方に求められている事なのです!」


 ここで力強く言い切れば、彼女はなんとなく理解してそうなんだと思うだろう、実際王妃様のやっている慰問と言うのは平民の感情を王家へ良い方向へ向けるためでもある。


 その点でもお嬢様が平民にも人気があれば、国も迂闊に婚約破棄が出来ないのは事実だしね。


「そ、そうでしたのね!そんな事今まで誰も教えてくれなかったわ!ブルックリンが教えてくれると言っていたのはこういう事でしたのね!」


 まるで驚愕の事実を知ったかのような表情を浮かべるお嬢様に少しだけ同情し、俺はこの誰にも相手をされずただ一人で彷徨っていた可哀想な迷子の面倒を、もう少しだけ見てやろうかなんて甘い事を考えていたのであった。

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