望遠鏡を覗く人
驚く程に低く冷め切っていたブルックリンの好感度を自覚した俺は、逃げるように自分にあてがわれた個室に戻ってため息をつく。
悪巧みや見られたらマズイ事をするキャラだから相部屋だと暗躍しにくいのもあるからだろうが、コイツが相部屋だったらルームメイトを誤魔化すのに苦労しただろう、仮にバレたらもっと厄介な事になってたと思う。
本当にコイツがお嬢様を上手く騙して、他の使用人と違い屋敷で個室を手に入れている設定で助かったよ。
でも確か監禁ルートの時は、一度アリス嬢を自室に連れ込んで薬で意識を奪ってから、夜中に地下牢へ連れて行くなんて使い方してたな。
あのシーンを見た時、ブルックリンへの干物のヘイトは凄かったなぁ。
まぁコイツってゲームやってる人が普通に考えたら迷うこと無くゲスなんだけど、一歩離れた俺から見たら殆どアリス嬢に興味持ってないし、マジで仕事だから感情を棚上げしてやってる部分があると思うんだ。
だからって拉致監禁が仕事って乙女ゲーの世界はホンマに地獄やでぇ……、って気分になるだけなんですけどねー。
と言うかね、今の自分がその立場だと考えると、正直泣けて来ますわぁ……。
「はぁ……、どうするかねぇ……」
低すぎるブルックリンの好感度とその仕事内容のブラックさ、そして小学生並みなお嬢様の調教、そんな無駄に難易度の高い状況が肩の辺りに重たく伸し掛かり、口から自然と溜息が漏れた。
悲しみとどんよりとした気持ちと一緒に外出用の上着を脱ぎ捨てて、そこそこスプリングの効いたベッドに転がって今後の作戦を考える。
「とりあえず、あの駄目お嬢様と約束してしまった以上は仕方ない、アイツの矯正プランを考えないとなぁ……」
やりたくないし不本意だけど約束した、それにアイツは放置したら破滅の炎で自らを焼いてしまう、その時はブルックリンも巻き込まれるのはほぼ確定した未来だ。
「本当にブルックリンって、お嬢様のおまけ位の勢いで殺されていくからなぁ……」
まぁゲームの悪役のサブキャラに、そこまで細かい設定が無いのかも知れないが、コイツってお嬢様とセットで活躍してる割に、金にがめつい嫌味なキャラクター以外のデータが殆ど無いんだよな。
ずっとお嬢様の嫌がらせに付き合っている訳でもないだろうし、これからコイツの振りをしていく以上、それ以外の部分も知らないと色々ボロが出そうだ。
ただ金ばかり集めてる訳ではないだろうし、ブルックリンって嫌がらせ以外の時ってなにしてるんだろう?
こういった日常部分のキャラを理解して足元を掬われない様に知っておかないと、さっきみたいに悲しい事が起きると思い、少しでも彼を知る手掛かりを探して室内を見渡す。
すると、この広くない部屋の片隅に細長い筒がセットされた、三脚のようななにかに布が被されているのが見えた。
側に近寄り、埃避けであろう布に手をかけるとそこには、アンテークな雰囲気のある天体望遠鏡が隠されていた。
窓の直ぐ側には小さな机と椅子が置かれており、傍らに望遠鏡、机の上には星に関する資料や計算尺などと一緒にブルックリンの直筆であろう星に関する事が書かれたノートが置かれてあった。
「へぇ……、コイツ天文学とかやってるんだ、なんか意外な趣味だな」
確かこのゲームでプレゼントで渡せるアイテムで望遠鏡があったけど、かなりの高額で終盤の方でしか買えない位高価なアイテムだった。
コイツもしかして趣味のために生きる男なんじゃないか?そうだとしたら俺的に理解が出来る話だ、やっぱ設備系の趣味って金が掛るからなぁ……。
前に聞いた話だが、天文学てガチでやると高級外車が余裕で買える位カネがかかるらしい、そういう意味でお嬢様から金を集めてたのかもしれない。
ノートを開くと、自身が見つけた惑星や衛星なんかのスケッチと共に、星の軌道やその特徴などが几帳面な文字で纏められている。
どうやらコイツは結構本格的に天文学者を目指していたのかもしれない、だがこの世界は平民の学者って確か居なんだよな……、
良くは分からんが平民の学者に金を出すパトロンはこの世界にはあんま居ないみたいだし、学者キャラも貴族だったし、普通の平民なんて攻略キャラに居ない。
コイツの頑張りを評価する奴はこの世界には居ない、誰にも認めて貰えなかったこいつは、それでも夢を諦めきれず、自分で金を稼いで研究を続けようとしたのだろう、その仕事がお嬢様に加担する悪事だと知りながら……。
「はぁ……、やっぱ平民に厳しすぎるよなぁ、この世界……」
平民なんてのは使える奴以外は悉く価値がない、このゲームの内容を見れば分かるよ、だって殆どの平民に立ち絵ががないし、下手するとテキストすらない。
こうして立ち絵もテキストも有るブルックリンですら、彼の本質的な部分は語られずお嬢様の手足としての小悪党な部分しか語られていない。
このゲームのリソースの大半は貴族であるキラキラした生活をしている男共に充てられており、一般人はお呼びではないとばかりに適当に流される。
なんというかここまで来ると、男の価値ってやっぱり地位と金ですって言われてるような気になるが、乙女の夢が詰まった乙女ゲーだし世知辛くても仕方ないのかもしれないね……。
誰も一般人のおっさんの日常とか見たくないだろうし、綺麗なものだけ見たいという乙女ゲームの悲しい闇に触れ、少しだけ微妙な気分になっていると屋敷に引き渡る金切り声が聞こえてくる。
どうやら性懲りもなくお嬢様が切れてるらしい、しゃあない様子だけ見に行くか。
そう思って廊下に出ると、風呂にも入らず先ほどの汚れた衣装のままの金髪ドリル、予想ではメイドに八つ当たりでもしていると思われる姿が俺の目に映る。
「貴女は何やってるんです?子供じゃあるまいし、風呂くらい静かに入れないんですか?」
俺が嫌味たっぷりでこの喧しい生き物に言葉をかけると、目を見開いて髪の毛を振りかざしながら怨念たっぷりの姿でこちらを向く。
「いいところに来ましたわブルックリン!この無礼者を懲らしめて!」
「いやいや、事情も知らずにそんなことしませんよ、で、何があったんです?」
こういう時、迂闊にわかったと言ってはいけない、こういうタイプは自分が間違っているのに敢えて自分が被害者であると周りに公言して、その場の空気で自分が悪く無い事にする厄介な行動を取る。
コイツの場合は権力まであるからその威力は絶大で、相手は自分が悪くなくても謝るざるを得ない空気になり、1ミリも悪くないのに謝罪にする事になるから恐ろしい。
「で、何があったのか教えてくれないか?」
お嬢様を無視してメイドに話しかけると何故か見覚えがある顔だった。
どっかで見たと思ったら、この子スベンスじーさんの孫か、確か凄く真面目ないい子だけど、ちょっと手際が良くないから結構お嬢様に嫌われてたっけ?
そんな猛獣に襲われ、捕食されそうな小動物のように縮こまってる孫メイドに事情を聞いてみる。
「いえ、私が悪いんです……、お掃除に気を取られててお嬢様にぶつかってしまって……」
ああ、この子ってば不運と踊っちゃったのね。
このパツキンガール、ぶつかった位で切れるとか7~80年台のヤンキーなの?喧嘩上等とかぶっちぎりなんてのは、今時の若者には理解できない風潮よ?
昔の10代って本当によく切れたらしいね、少年たちはヤンキー漫画に憧れて喧嘩自慢は当たり前、校舎の窓ガラス割ったり、シンナー遊びでハッスルしたり、盗んだバイクで走りだすのは日常の風景だったらしいよ。
今の理性的な世界で育った俺には想像できないけどさ、きっとその頃の若者ってこういう感じだったんだろうね、その時代が青春のオッサン連中って、切れた中高年と言いたい位、無闇やたらと切れるからな。
そんなヤンキー格好良い世代のお父さん並みに短気なお嬢様を見つめる程、俺の頭と胃が痛みが増していく。
ねぇ、神様、そろそろ目が覚めても良いよね?というかそろそろ起きようよ?