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良い事言ったのに誰にも伝わらねぇ

 やっぱりゲームと一緒で、俺は馬車に乗れなかった!


 馬車は町中だからゆっくり漕いだママチャリくらいの速度しか出ていないので、付いていくのそこまで辛く無いけど、かれこれ20分は走って郊外の貴族の屋敷が並ぶ一等地へ向かっている。


 このゲームって、確か時代考証とか設定が滅茶苦茶なんだよな。


 萌に主観を置いてるから仕方ないとは思うけどさ、中世風といいながら世界の文化レベルは19世紀位あるんだ、だって街にはガス灯があったり乗合馬車とかあるんだよ。


 まぁその変な設定のお陰で街は清潔だし、朝の一大イベントだったおまるの中身投げ大会してないから、足元を気にせず走れるんだけどね。


 第一、領地があるのにこっちに屋敷があるのが可怪しいんだよ、中世の領地持ちの貴族なら領地に引きこもるのが中世の普通なんだけど、このゲームじゃほぼ全ての貴族が王都に居るんだぞ?


 そういうのは中世からずっと後に生まれた生活様式だ、確かタウンハウスとカントリーハウスって奴だったかな?


 銃器の発達に従って、それまでの戦争が形を変えたことで中央集権が進み、近代になって社交が華やかになった頃の考え方だったと思うぞ。


 それにガラスで出来た水晶宮なんて、まるっきりロンドン万博じゃねーか!


 街の作画だって、石作りの町並みをロンドンをトレスして書いた感じで整然としているが、アレって確か17世紀のロンドン大火で消し炭になった後なんだぞ?


 適当な掘っ立て小屋を放置して大火事になった反省で再建法が出来て、家を建てる時に木組みの家を禁止した厳しいルールを課したから、ロンドンの町並みは今みたいなカタチになったんだよ。


 だから世界設定を中世って言うなら、もっと道はもっと汚物に塗れてて、陰鬱で汚い雑然とした木組みの粗末の家が立ち並んでる筈なんだよね。


 多分冒険者とか魔法とか、ファンタジー要素を入れたいから中世って言ったんだろうけど、細かい部分はキニスンナ的な力技過ぎで、とにかく突っ込み所満載だと思う。


 だが、このように埋まっても居ない目に見える地雷をファンの前で踏み抜くは物理で危ない、それは暴力的な意味でだ。


 ちなみにさっきのおまるの中身投げ大会の話を干物に言ったら、ノータイムで顔面めがけてクッションを投げられ、俺には物語に対する優しさが足らないってブチ切れてた。


こんなあからさまなツッコミ待ちにそこまで怒る必要があるのかわからないが、アイツとしては枝葉の問題だと言うことなんだろう、枝葉がないと木は立枯するけどな。


 ちなみにタウンハウスにはお嬢様の家族は誰も居ない。


 俺以外は使用人が数人残っているだけで、他の使用人は家族はカントリーハウスに戻っている。


 お嬢様は学園に通っているからこちらへ残っている、そういう設定らしい、ここは社交のシーズンじゃないし当然だ。


 このゲームでも8月から12月の初め位までは収穫や領地の経営についてまわる時期らしい、まぁ社交が仕事も言える彼等にとって、同時に避暑やバカンス的な意味もあるっぽいので、社交疲れを癒やす期間とも言えるだろう。


 一年の内で、貴族である彼らが本当にゆっくり出来るのは3ヶ月程度なので、逆に言えばシーズンじゃない時期の方が珍しいんだよ。


 庶民からは華やかに見える貴族は、年休90日程度で社交界を飛び回る作業をしなきゃいけないから大変だったそうだ。


 おっと、そんな事を考えて走ってる間に屋敷の門の前についたな。


 目の前に広がるのは都会の小学校の敷地位の庭付き屋敷、こんな馬鹿でかい屋敷を狭いと断言するアルテミジアお嬢様の感性は、8畳の自分の部屋で十分に満足している庶民である俺の感性では全く理解できない。


 背景絵とは違う現物をじっくりと観察してみたいが、ゆっくりしてるとせっかちなお嬢様が煩いので、とっとと扉を開けるため門番に開門の指示を出す。


「アルテミジアお嬢様のお帰りだ、開門しろ」


 なるべくブルックリンぽい発言を心がけて声を掛けると、門の前に立っていた屈強な見た目のおっさん二人が門を開ける。


 この世界でブルックリンの立ち位置は、大貴族の従僕というエリートなので下級の使用人からすれば偉ぶって見えるらしく、すこぶる評判が悪い。


 彼等はこちらを睨むように見ながら門を開けていくが、それを無視して馬車の御者に指示を出して屋敷の庭に馬車を入れる。


 こういった指示も声ではなく手振りでかなり偉そうだが、いきなり普段と違うことして混乱させても仕方ないのでテキスト通りにしておいた。

 

 ちなみにこいつらは全員立ち絵がない、設定や会話の中でしか出てこない所謂画面外の住人だ。


 お嬢様やブルックリンのテキストで少しだけ語られる事はあるが、立ち絵どころか背景にすら描かれない。


 まぁこいつら書いても花が無いのは分かるけど、そういう部分だってもう少し色々描くと世界観とか雰囲気が出るし良いと思うんだが、乙女ゲーでそこまで力を入れても見返りがないのかね。


 きっと干物に言ったら、細かい、煩い、じじ臭いと怒られそうな事を考えながら無駄に広い庭を進んでいく。


 その途中で庭師のスペンスって名前のじーさんとすれ違う、たしかアリス嬢への嫌がらせで毒花を育てる時に出てくるじーさんだ。


 いや嫌がらせというかむしろ暗殺みたいな話だったな……。


 この花は花粉に毒があるらしく、お嬢様はこの毒花をアリス嬢に贈って、香りをかがせる様に仕向けて毒を盛るって結構エグい話だ。


 このゲームって、こういう嫌がらせとか攻略ギミックは結構気合入ってるんだよなー。


でも気に入らないから毒殺って辺に、女の底知れぬ怖さを感じたのは内緒だ。


 毒殺の可能性に気がついたじーさんにブルックリンが、メイドやってる孫をクビにするって脅してやらせるんだよな、でもじーさんが機転を利かせて毒花そっくりの無害の花を育てて渡すんだっけ。


 後でお嬢様にその事実がバレて、孫と二人は屋敷を追い出されて、その事実を攻略対象の三馬鹿のうちの一人のクール気取りの根暗メガネ君に伝えて、その計画を王様にバラされてお嬢様は破滅の道を歩むのがメガネ君ルートだったはず。


 雇用側が労働者に脅しを掛けるとかどんなブラックな環境だよと思うが、他にも沢山お嬢様のご機嫌を損ねて首になった奴が居るんだよ、この世界の庶民てそんな扱いらしい。


 乙女ゲーの嫌がらせへの深すぎる闇と、庶民への酷い扱いを思い出していると建物の前にたどり着いていた。


 タウンハウスの屋敷の前に辿り着く、このいかにも悪役らしいドぎつい紫で塗られた豪華な箱馬車から、さっさと煩い中身(おじょうさま)を取り出すとしよう。


 降車用の踏み台を地面に置いて、馬車の横についてる扉を開くとさっきあんだけ走って暴れたばかりなのに、やっぱり園児並の無駄な元気な声でお嬢様が吠え出した。


「ブルックリン!私は身体を清めて着替えてきますから、貴方はあの平民をギャフンと言わせる方法を考えておきなさい!」


「泥だらけの身体を清めるのは賛成です、とっとと行ってきてください、ですが私は貴方の平民いじめに関わる気は今後一切ありませんよ?アホらしいですから」


 俺の当たり前の発言に周囲からどよめきが起こる、まぁそうだろうな、面と向かってこのお嬢様(ヒステリー)に反抗しているんだから。  


「貴方さっきから反抗的ね!私がお父様に言ったら、貴方なんてすぐにクビよ!それでもいいの?!」


「へ~、お嬢様は自分から『お願いします』と言っておいて、私をクビになさると、貴族の誇りは何処へ言ってしまったんですかねぇ?まぁそんな素晴らしい物がお嬢様にあるとは期待してませんけどね」


 皆に聞こえるように言ってやる、こうすれば彼女も少しは自重するかもしれない、いや、しないから悪役令嬢なんて役割出来るんだろうけどね。


「きぃ!さっきから生意気ね!いいわ!私が着替えるまでは待ってあげる!覚悟しておきなさい!」


 騒音源(おじょうさま)は、公爵家令嬢という自らの肩書に唯一釣り合っている金髪ドリルを揺らしながら、まさに捨て台詞といえる様な言葉を吐き出して、如何にも私は怒っていますという風に足音を響かせて屋敷に入っていく。


 う~ん、何処から見ても小学生並みの感情だね、アレを大人にするのには正直骨が折れそうだなぁ……、まぁしゃーないからできるだけ頑張ろう。


「じゃスマンが、馬車の車内も汚れていると思うから丁寧に掃除を頼む」


 あの猛獣(おじょうさま)調教(きょういく)の難しさをとりあえず棚上げし、気を取り直して金髪の顎鬚が渋いダンディ中年な御者に清掃を頼むと、なんだか少し気味が悪そうにしている。


「ええ……、分かりましたが……、ブルックリンさん、どうしてんです?普段の貴方らしくないというか……、いえ、なんでもありません」


 あー、そうだよな、普段の威張り散らしていた彼のイメージと今の態度が違うから気持ち悪いのか。


「いや、少しだけ思う所があってね、もう少し真面目に仕事をしようと思っているだけだよ、気まぐれだと思って、諦めて付き合ってくれないか?」


「ええ、そりゃあ構いませんが……、後で何かする気じゃないですよね?」


 うっは、ブルックリンさん信用なさすぎぃ!って、そりゃそうだわな。


 自分の欲望に素直なコイツは小悪党という感じで嫌いじゃないけど、信用出来るかと言われた別問題だしな。


「信用出来無いのは解ってるさ、だけど、これからの行動を見て、少しでも信用を勝ち取るからそういう眼で見てくれると嬉しいな」


 ブルックリンは多少陰気で冷たそうだが、一応それなりの見た目になっている。


 流石にこの無茶苦茶なゲームの開発も、貴族のお付でお目付け役をブサイクを貴族の付き人にはしない、少し陰鬱な感じで目が鋭いだけで、ギリイケメンって言えるような感じだ。


 まぁそんな悪役っぽい奴が、急に心を入れ替えました的な台詞を言って通じるかは謎だけど、言わないよりはマシだ。


「はぁ分かりました……、まぁ実害がある訳でも無さそうなんで、そっとしておきますね

……」


 あれ~?疑われるまでは許容したけど、なんか頭が可怪しい人を見るような、少し可愛そうな眼で見られるのはなんでなんだぜ?


 おかしいでしょ~! 今、めっちゃ良い事言ったよねぇ?ねぇ皆!そう思うでしょ?


 彼のちょっと胸が痛くなるリアクションに、俺が周りに居た他の使用人達の顔を見回すと、皆素早く視線を反らし、蜘蛛の子を散らすように逃げて言った。


 これがブルックリン氏って予想以上に好感度低すぎぃ!問題に、俺が初めて気が付いた瞬間であった……。

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