立ち絵の定位置
お嬢様を無視して屋敷に向かう中、見捨てたことに対しての罪悪感はどんどん大きくなっていく。
「どうせ夢だからヘーキヘーキ、気にすること無いって……」
思っている事の反対の言葉を口にして、気持ちを切り替えようとするが全く効果はなく、さっきまで感じていた自由と万能感は鳴りを潜め、代わりに胸を締め付けるような痛みが増すだけで足はどんどん重くなっていく。
「あ~~~~、もうっ!わかったよ戻りゃいいんだろ、戻りゃあさっ!」
あの日見捨てた干物の泣き顔とお嬢様の顔が重なって、あの日と同じ様に俺はきた道を戻る。
あの頃は自分の後ろに付いてくるアイツが嫌いだった、ある日突然妹になったアイツを家族だって認めるのが嫌だったんだ。
いや、可哀想と思われる事が嫌だったんだと思う、アイツの真っ直ぐで、突き刺さるような視線が嫌だったんだ。
「はぁ……、なんつーか俺って疲れるのかね……、こんな変な夢見るくらいだからなぁ……」
俺とアイツは兄妹なんかじゃない、俺の家族は迎えに来る。
幼い頃の俺はそう思っていた、だけどアイツは俺を兄として認めて受け入れてくれた。
それはきっと、俺が自棄にならずマトモに育つことが出来た切っ掛けを与えてくれたと今でも思っている、アイツに言ったら調子に乗りそうだから絶対に言わないけどな。
「まぁ……、あの我儘お嬢様が泣いて謝るなら、もう少し付き合ってやってもいいか……」
気の強い彼女の事だ、いくらなんでもそれはないとは思うが、もし泣いてたら俺はあの日と同じ様に彼女を慰めるんだろう、そんなことを考える。
そうして屋根伝いに現場に戻ると、目の前にはどう見てもチンピラとしか言えない汚いおっさんに腕を捕まれて絡まれる、金髪ドリルお嬢様の姿があった。
「放しなさい!私を誰だと思っているのですっ!」
「ゲヘヘ、うるせー!痛い目に会いたくなかったら大人しくするんだな!」
あれれ~?あれって確かアリス嬢のイベントの時の台詞じゃ?
確か、アリス嬢が冒険者ギルドの帰りのバカ王子と偶然出会うイベントにそっくりな展開だぞ?というか、絡んでる奴もあの特徴的な汚いおっさんじゃねーか!
なぜか解らないが、本来アリス嬢のためのイベントがお嬢様で発生する不思議な現象が起こってる。
と言うことは放っといてもいいんじゃね?そろそろ王子が来て止める筈だろ。
「やめなさいっ!いや!やめて~!」
「騒いだって誰も来ねえよ!諦めな!なあに大人しくてりゃ痛い目合わずに済むぜ?」
そうそう、こんな感じの如何にもザ・ゲス!って台詞のあとに王子が来て、汚いおっさんを殴り飛ばして助けるんだよな~、と言うか容量か立ち絵の削減の為なのかもしれないが、アリス嬢ってば色んなルートでこの汚いおっさんに襲われてたな。
奴は全ルートで出てくるから、実は凄い働き者なんじゃないかと時々ファンの中でもネタにされる位、ある意味でこのゲームの名物のおっさんだ。
「嫌よ!放しなさい、この汚い平民が!」
しかし王子遅いな、まだ出てこないのか?そんな事を思いながら、お嬢様が頑張る姿を隠れてのんびり見ていたが、一向に王子の影が見えてこない。
お嬢様が頑張って抵抗しているけど、おっさんの腕力には叶わないらしく、そのまま路地裏の闇に引きずり込まれていく。
「誰か!お母様!お父様!」
お嬢様の悲鳴がいよいよ切羽詰まってきた、どうやら彼女には、これ以上の抵抗は無理っぽいね。
あ~、もう駄目だな、どうやらアリス嬢じゃないからイベント条件が満たされないんだろう、王子も来ないしそろそろ助けに入るか……。
俺がそう思って重い腰を上げた時、お嬢様の口から意外な言葉出てきた。
「お願い!ブルックリン!私を助けて……」
『お願い、兄さん……、私を助けて……』
その言葉を聞いた時俺は飛び出した、なぜだか解らないしとても不本意だが、俺は今飛び出して彼女を助けなければならないと思ったのだ。
「だらっしゃあああ!!」
おっさんの側頭部に、全力疾走の加速度と全体重を乗せた飛び蹴りをお見舞いする。
両足を揃えた飛び蹴りの美しさは、ガキの頃、友達と良くやったゲームに出てきた、上半身裸にベルトというイカれた姿で犯罪組織に攫われた娘を助けに行く、どっかの市長並の華麗さで決まった。
「ウボワァアアア!!!」
汚いおっさんは奇妙な声を出しながら吹っ飛んだ後、頭から着地を決め、そっから三回転半して壁に突っ込んでいった。
「悪は滅びた、虚しい勝利だ……」
奴の最後を見送っていると、目の前のお嬢様が俺の方へ寄ってくるのが見えた、これだけ危ない目にあったんだ、少しは反省してこうして助けた事を感謝してお礼でも言ってくるのだろうか?
そんな俺の甘い幻想は、次の瞬間打ち砕かれる。
「遅い!私は何度も呼びましたのに、どうしてこんなに遅いのです!」
ああ、この生き物が反省なんて高等な機能、脳味噌に持ち合わせてないのは分かって居たよ?だけどさ、少し位期待したっていいじゃない?にんげんだもの。
「はぁー、萎えるわ―、助けても怒られるとか本当に萎えるわ―」
たっぷりの呆れとある意味の尊敬が心を支配する。
怖い目にあっても人に高圧的に出来るって一つの才能だよね、絶対素晴らしいものではないけれどな、まぁ泣かれるよりはマシだからイイけどさ。
あの日のアイツは泣いてたから本当に辛かった、きっと俺は駄目な兄貴だったろうな。
「でもまぁ、ちゃんと戻ってきてたの褒めてあげます、今回の無礼は不問してあげますわ!」
「あ、そっちは要りません、俺この国出て行く気だし」
俺が昔を懐かしんでいると、お嬢様が寛大なお心ってやつを見せようとしたのできっちりお断りをする、ここでこのタイプに玉虫色な答を言うと、脳内で言質を取られた事になって即積むから諸兄も気を付けるようにね?
「何を言っていますの?私が決めたんだから、早くしなさい、服が汚れたから屋敷に戻ります」
「どうぞどうぞ、お一人でお帰りください」
これ以上彼女に付き合っていると俺はきっとお付のブルックリンとしてコイツの破滅に付き合わされる、それだけはなんとしても絶対に避けたい、乙女ゲーのエンドって結構エグいのな、ブルックリンの死亡率ってエンディングまで辿りつけずに八割超えてるからね?
なんでブルックリン直ぐ死んでしまうんや?って聞きたいわ、ちなみにあの汚いおじさんは大抵でオチ要員です、5クリックくらいで殴られます。
俺がそんな末端の悪役が生きるには厳しい世界について考えていると、お嬢様がキレてくる。
「いい加減にしなさい!私それでいいと言っているのです、貴方は黙って従いなさい!」
「いやだ。お前がお願いしますと言うまで俺はお前を許さない―、絶対にだー」
ふふふ、ここまで言えばこのプライドが高いお嬢様なら諦めてブチ切れるだろう、我ながら完璧な作戦だ、さあ切れろ、今切れろ!すぐ切れろ!切れてるチーズ並みの勢いで!
「す……」
はあん?なんか言ったな、怒りで口が回らなくなったんだろうか?とりあえず一回確認しておこう。
「聞こえませんが何か?」
「お願いします!これでいいのでしょう?さあ帰りますよブルックリン!」
可怪しい、これは可怪しい、俺の完璧な作戦がどうしてこうなった?だが、自分でそう言ってしまったしなぁ……、仕方ない、このお嬢様ともう少しだけ付き合ってやるか、どうせ夢だしなだからこんな風に彼女も素直にお願いと口にしたのだろう。
「はいはい、お嬢様にお願いされたし、仕方ないからお付き合いしますよ」
俺はそう言って、ブルックリンの立ち絵の定位置、彼女の左側の少し後ろに立って、金髪ドリルを眺める作業を始めることにした。
なんでキツい性格のお嬢様キャラってこういう金髪ドリルなんだろうな~と、素朴な疑問を考えていると、再起動した悪役令嬢が、また懲りずに、その役割をこなしだす。
「さあ、ブルックリン!屋敷に戻ったら、あの生意気な平民をギャフンと言わせる作戦を考えますわよ!」
そして裏路地中に響き渡る彼女の元気な声に、自分が選んだ選択がやっぱり間違いじゃなかったのかなーと後悔しながら、大通りに止めた馬車までの道ずっと考えるのであった。