表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

荒ぶる鷹の逃走

「だったら、私はなにをすればいいのです……」


 俺の渾身の説教が効いているらしく、流石のお嬢様も元気が無い。


 今までこんな風に叱られた事すら無いから彼女の今の状況は当然だと思うし、高校生くらいの子に権力を持たして放置なんてしたら、やっぱりどっか心が歪むんだろうね。


 ブルックリンはお目付け役としての職務を放棄して彼女を教育する気も無いし、彼女の親族も血縁を高める道具としてしか見ておらず、ただ生きて王子の婚約者として居れば良いとばかりにろくな教育をしていない。


 目の前の少女がこんな風になってしまったのは、彼女自身のせいだけでは決して無いと俺は思う。


「解らないのであれば探しませんか?今までお目付役のサボっていた私が言うのもあれですが、貴方を立派な王妃に育てるのも一興かもしれないですね」


 落ち込む彼女の姿が怪我のせいで夢を絶たれた時の干物と重なって、俺はそう言って彼女に手を差し伸べてしまった。


「良く分からないけど、今の貴方はこれまでとは違うみたい、だから貴方を信じますわ……」


 あ~俺、夢の中だから適当な事言ってるわ……、何だか分からんが情に絆されてしまった気がするな。


 いい加減、目が冷めてもいいのにな―と思いながらも、たった今手を差し伸べた彼女の育成プランを考え始める。


 まず、彼女に足らないものは教養と品位だと思う、どう考えても我儘過ぎて誰もついていけてない。


 これはきっと彼女が最低限しか勉強もしないという設定のせいだ、だから幼い万能感を捨てきれず、何か問題や上手くいかない事があると直ぐに癇癪を起こしてしまうのだろう。


「では、まずは歴史と道徳の勉強でしょうね、その上で法という物を学び、後は貴族としての教養である文学や詩の勉強、後は礼儀作法でしょうね」


「私はそれくらいの事、知っているわ!」


 ほら、こうやってすぐ怒って顔真っ赤になるだろ?


 でもこのモンスターお嬢様を作ったのは周りの大人と設定だ、彼女は皆にザマァと言われるために作られた哀れな被害者、いや、生贄とすら言えるのかもしれない。


「いいえ、貴女は全くダメですね、他の上級貴族の方は今も勉強していますよ?」


 彼女がこうした事を知らないのは当然だ、教師は皆彼女を褒め称えるし、ブルックリンや他の使用人は面倒なので教えないからだ。


「貴女がこうして平民をいじめて、無駄に時間を消費している間にも、他の方は自分磨きに時間を使っているのですよ?」


 彼女は自分が出来ると思っているが、あの学校は上級の貴族にはテストなるものが無いから自主的に勉強をしなければ、結果として箔付けと交流の場でしか無い。


 だからこのゲームの攻略対象共はそれこそルート別の専用チャートが必要な程、好き勝手にいろんな場所に出没するんだよな。


 で、ルート選択を何個か間違えると友情エンドにしかいけないマゾ仕様らしい。


 無論、平民であるヒロインのアリス嬢や下級貴族には厳しい昇級試験があるが、上級貴族は家庭教師に習った事を復習する簡単な確認程度、だから各自の好きな事を勝手に勉強するって設定だ。


 そんなアホみたいな設定だから、ワイルド系を標榜する俺様バカ王子は将来はこの国王になるのに、政治や帝王学をそっちのけで日々冒険者まがいの戦闘ばかりやっている。


 こんな設定だから後ろから見てた時、干物に奴らもアルテミジアと比べても気が狂ってるとしか言えない設定だ、って言ったんだが、返事の代わりに枕で思い切り叩かれた。


 でもさ、やっぱり可怪しいだろ?奴の取り巻きの三馬鹿は俺様を止もしないし、あいつら全員気が狂ってるとしか言えんだろ。


 こうして実際にアルテミジアに関わってるとさ、やっぱりこの国の未来は本当に暗いとしか思えねーよ。

 

「卒業までの貴重な時間をヤキモチに使っている貴方と、他と貴族の方々の差が開くのは当然でしょう?」


「え……、ウソよ!そんなの私に誰も言ってくれなかったわ……」


 驚愕の事実を知ったかのように驚く姿が哀れとすら思う、そんな事にも気付けない程、彼女は何も知らないのだろうな。


「そりゃあ当然でしょうよ、人を見下してばかりのヒステリーな高位貴族なんて、恐ろしくて誰も近寄りたくないですよ」


 そう、いつ爆発するかもしれない危険物の側に誰が居たいと思うだろう、ブルックリンも金の為に仕方なく彼女の世話を請け負ったのだ。


「みんな影で、私の事をそんな風に思っていたのね!許せないわ!」


「許すも許さないもお嬢様の自業自得です、諦めて下さい」


 怒りと悲しみで感情が爆発しそうなお嬢様に冷水をぶっかけておく、それと同時にとどめを刺す、これはヒステリーに対して一定の効果が認められてる攻撃だ。


「貴女かここで癇癪を起こすのなら、私はここでお暇させてらいますよ、慰めるとか本当に馬鹿らしいですからね」


 そして素早く撤退宣言、こうしておけば相手に絡まれれば即会話を中断し逃げる、干物にはコレが一番効いた、同種の生き物であるお嬢様にも効果があるだろう。


「なんですって!そんな勝手はゆるさないわ!貴方は私の従者なんだから!」


 思っていた通り、堪えるという言葉を辞書登録されていない彼女は案の定キレてしまう、やっぱり無理か―、まぁ夢だし勝手すればいいよね?そう思い俺は背を向ける。


「交渉は決裂ですね、それではさようなら、お元気で!」


 いや~馬鹿な女に言いたい事を言って立ち去るのは最高だ!やはり煩い女はこうやって逃げるに限るよ、まぁ頭のいい理性的な女性がたまに見せる我が儘は可愛いとは思うよ?


 でもさ、ウチの干物や目の前のお嬢様のような人種は関わらないのが一番の対策だ、そうしないと火傷どころか焼死体になる未来しか無いからな!


 そんなナパーム弾を経験済みである俺は、クールに逃げるぜ!


「待って……、おねがい、ブルックリン……」


 アルテミジアの絞りだすような声が、俺達だけしか居ない路地に響く。


 女性に優しくしなさいと洗脳の如く母親に言われてきたせいか、俺はアルテミジアが囁くお願いという言葉に、つい立ち止まってしまった。


 流石に、お願いと言われて無視して立ち去るのは性に合わない、少しだけ彼女に時間を与えようかな、まぁ多分無駄だとは思うけど。


「何でしょうか?私はもう貴女と話す事は無い、そう思ってるのですが?」


「そんなことを言わないで!貴方しか私にそうやって教えてくれる人が居ないのよ!私を可哀想だと思わないの?」


 うっわ!めんどくせ~!うちの妹がゲーム機の電源引っこ抜きを実行される前に言う言葉と同じだ、半泣きで私可哀想理論かよ!でもまぁ、ここまで話したんだし、続きを聞くだけ聞いておくか。


「お願い、私を助けなさい!」


 泣きそうな表情で、言う台詞がそれかい!


 ああ、やっぱり聞くんじゃなかった、さあ逃げよう、逃亡を決意した俺はさっさと走って逃げることにする、どうせ夢なら逃げても追っては来られまい!


「い・や・で・す~、オサラバですお嬢様!精々あのバカ王子のケツでも追い続けて、楽しく破滅して下さいね~!」


 最低の捨て台詞をを残して俺は走り出す。


 おお?!ブルックリンってば結構足が速い!そういやゲームの中で、くそったれなお嬢様の乗る馬車をフットマン宜しく走って随伴してたっけ?


 馬鹿な女から開放された俺は、風になる快感に酔いしれながら、さっさとこの国を抜け出す算段を考える事にした、まぁどうせ夢だからもうすぐ目覚めるとは思うんだけどね。


 そう思いながらダッシュをする、おお!なんか滅茶苦茶早くて楽しいぞ!これならきっとゲームのキャラみたいに無双ができるんじゃないか?


 試しに壁を蹴って三角飛びをするとかなり飛距離が出る、狭い路地なら隣のベランダまで余裕で手が届きそうな程だ。


 コイツってただのお嬢様の腰巾着の小悪党だと思ってのに、こんなハリウッドの特撮みたいな動きをすようなキャラっだったのか!


 こんだけ凄い跳躍能力なら、干物が見てた某巨人が襲ってくるアニメみたいに荒ぶる鷹のポーズで飛び上がり、家の屋根に登れるかもしれないと考えて、バカらしくて笑いがこみ上げる。


 だけど、しっかりとした戦闘能力があるのなら、バカ王子みたいに冒険者ギルドに入ってモンスター討伐したりするのもいいかもしれないな。


 冒険者なら最悪のパターン、あの俺様バカが王様で恋愛脳アリス嬢がその相手になった時でも、さくっと隣国に逃げりゃいい。


 よ~し、とりあえず屋敷に戻って取るもの取って逃走決めるかな、確かコイツって屋敷の自室に結構な金を貯めて込んでる筈。


 なんかのイベントで三馬鹿のどれだったかに賠償金として奪われて、アリス嬢のドレスだったかにされるはずだ。


 色々思い出して考えると実はコイツって、色んなルートで結構可哀想な目に合ってるんだけど、それを言うと干物はいつもアリス様への愛が足らないとか言ってったなぁ。


 あのヒステリーお嬢様の相手に頑張って仕事して、その生活から抜け出すのを夢見て、辛い労働環境にこらえてコツコツ貯めたんだぞ?


 確かに仕事内容が平民をイジメるようなブラックだけど、企み自体ほぼ成功してないみたいだし、貴族絶対最強の世の中で、お嬢様に逆らったら即無職なんて世知辛いルールの中でなら、ある程度は仕方ねーと思うんだけどなぁ。


 そんな下らない事を考えていると、後ろでお嬢様が俺を必死に追いかけている姿が見えた。


「あらら運動不足の割に意外と頑張るな、でもお嬢様は普段馬車移動の設定だし、すぐに引きはなせ……」


 俺がそこまで口にした時、今にも倒れそうに走っていた彼女が、とうとう路地の凹凸に足を取られて躓いて倒れてしまった。


 その姿は幼い頃、いっつも俺の後ろを付いてきていた妹の姿を一瞬だけ幻視させた。


 だが俺は、あの時と同じように俺は彼女を置いて走りだした、その行為に何故か奇妙な罪悪感を感じながら彼女を放置して屋敷に向かった。


 まるで魚の小骨が喉に刺さるような、なんとも言えない違和感を胸に覚えながら……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ