悪役令嬢と主人公
「はぁ……、仕方ない、何とかするか……」
現状を把握した俺の口から、溜息と一緒に出てきたのは誰に聞かせるでもない、諦め混じりの言葉だった。
このままだと話が進まんしどうせ巻き込まれた面倒事だ、目の前の猛獣が暴れて収集がつかなるのは目に見えてるんだし、甚だしく不本意だがこれ以上厄介になる前に動くしか無いだろう。
こういう夢だ、せめて気分を盛り上げるのにいかにも格好つけた言い回しをするのも悪くはないだろう、なので少しゲームの雰囲気を意識して返事してみようかな。
「お嬢様、このような真似をしては公爵家の恥になりますよ?路端の石のような存在に喧嘩を売るなど、貴女の品位を疑われますよ?」
ブルックリンは馬鹿女を利用して、裏で金を稼ぐようなゲスなキャラクターだからこんな台詞は言わないだろうけど、俺はブルックリンじゃないし敢えて言わせてもらおう。
彼女は気位と見た目のレベルだけは高い、なのでこのような言い方をしてしまえば俺に対して怒りを向けて、闘牛の牛の様に真っ直ぐこちらに向かってくる。
こうなってしまえば、目の前のアリス嬢に目が向かなくなるだろうさ。
こんな変な夢を見るのは、干物が寝ると言ってる俺を無視して『幻想の国のアリス・誘惑の学園』の何十回目か分からない徹夜プレイを敢行したせいだろう。
俺が何度もヘッドホンを付けてやれと言っているのに、臨場感が足らないとかヘッドホンは耳が痛くなるなど文句を言って、がっつりボーナス一回分をつぎ込んで構築した環境を余すこと無く使ってゲームをしやがる。
お陰で好きなイタリア映画も洋楽も全く楽しめないから、アイツが居るだけで無駄にストレスが溜まる。
それでも俺も大人なので色々我慢してみたが、どんどん贅沢になるアイツに怒りを覚え、つい最近、問答無用でゲーム機の電源を引っこ抜いてやった。
セーブデータがどうとか騒いでいたが、流石に痛い目に遭えば干物も少しは学習した様で、それまで毎週だった迷惑行為が隔週になった。
そこは少しだけ遠慮という言葉を覚えたと、評価してやるべきなのかもしれないが、結局俺の部屋で音を出してゲームをするのは辞める気は無いらしく、せっかくの週末の夜に無駄にストレスは溜まるのは変わってない。
「ブルックリン!何を言っているの?いいからやりなさい!」
そんなウチの干物と性格そっくりな、我が儘で外面だけは良く、少し気に入らない事があると喚く、何とも傍迷惑なお嬢様がヒステリックな金切り声を上げている。
違う所は干物は可愛い女の子が好きで、目の前の馬鹿女は嫌いな位、アイツがこのお嬢様を嫌いと言ってるのは、ほぼ同族嫌悪でしか無いと思う。
「お嬢様、貴方にずっと言いたい事があったんですよ」
だとすれば、オレがやることは唯一つ。
「ブルックリン?貴女何を言っているの?早くやりなさい」
「貴女のような我が儘女にNOを突きつけてる事だよ、お断りだ、やりたきゃ自分の手を汚しなお嬢様」
そう言って、地面にへたり込んで居るアリスの手を取って起こし、自体が飲み込めない彼女を逃げるように促す。
「あ、貴方は、なにを言ってるの……?」
お嬢様は突然の出来事にどうやら思考停止をしているようで、アリス嬢を指さして口を開けたまま固まっている、よし、ササッとアリス嬢には逃げてもらおうか。
「さ、お行きなさい、この件は君の為にも忘れるんだ、後の事は私が何とかしますから」
「え……?」
うーむ、自分でやってアレだけど、今までお嬢様の腰巾着をしていた奴にいきなりそう言われても、アリス嬢は混乱しか無いだろうな……。
「いいからお行きなさい、今までの罪滅ぼしにもなりませんが、ここは私が何とかします。本当に済まなかったねアリス嬢」
今までの干物がやっていたゲームから、大体こんな感じの事を言えばヒロインは納得するだろうと、彼女が納得しそうな言葉を適当に言っておく。
こういった台詞を俺は悲しい程週末に学んでいる、その御蔭か彼女は予想通りに納得したようで、嬉しそうな笑顔を浮かべて口を開く。
「あ、ありがとうございます、私、貴方の事を誤解していました……」
う~ん確かに良い子だとは思うが、絶対ホストに騙されて酷い目に合うタイプだと思う、と失礼極まりない事を思いながら彼女を追い返す。
「いえ、お気になさらず、さあ!お行きなさい」
いい加減、あのお嬢様の思考も復帰しそうだし、とっとと行ってくれ。
そんな俺の願いが届いたのか、アリス嬢はフリルのついたフレアのロングスカートを摘んで駆けていく。
ああ、これで素直な方は片付いた、次は煩い方を片付けよう。
「さて、邪魔者はいなくなりましたし、そろそろ本気でお説教しましょうか?」
アリスが見えなくなった所で、今まで干物に我慢をしていた恨みを彼女に存分にぶつけることにした、八つ当たり?知らんがな。
「まずね、いい加減いい年なんだからそんな下らないことでいちいちキレんなよ、どうせ平民が―なんて言い出してあの子に喧嘩を売ったんだろう?」
勉強をロクにしない彼女は語彙力が少ない、なのでゲームの中でもいつも平民が―とばかり言っているし、アリス嬢を目の敵にしているから今回も多分そうだろうさ。
「そんな下らない事でキレる女がこの国の王妃になんてなれる訳ねーだろ!今の王妃様を見ろよ?あの人民のために相当頑張ってるぞ?」
このゲームの王妃様はこれでもかという位穏やかで人当たりのよい聖女のような人だ、この世界は王政で元老院が力を持つ形になっているので、半分王族はお飾りだが王妃は民衆の人気が高い設定になっている。
王妃様は孤児院や救護院の慰問に余念がない、そんな仕事を目の前のドリルが出来るとは到底思えんだよな。
「え?ブルックリン……、貴方一体何を……」
半ギレの俺がいきなり強い口調で繰り出した説教が効果を示し、困惑した表情を浮かべ理解できないとばかりに目を見開いて、こちらを見つめるお嬢様。
ゲームのシナリオが始まる前に、幼い時のヒロインのアリス嬢と出会う為の設定かもしれないが、少なくともその王妃様の後にコイツが王妃なったら暴動が起こる未来しか想像できない。
「それにあのバカ王子のどこがいいんだ?ブランドか?やっぱり女はブランドがいいのか?はっきり言ってアイツは王の才能がないぞ?」
そう、俺様系バカ王子ははっきり言って王の才能など無い。
人の助言を聞かないんだぞ?第一、元老院が王に助言して決めた婚約者を勝手に破棄するなんて、どこの国も条約なん結んでくれなくなるに決まってんだろ。
そりゃあ、順序を踏んできちんとやるなら別だろうさ、だがアイツはお嬢様との婚約解消を完全に力技でやってしまうんだよ、そんな相手と誰か交渉できるよ?
もし俺がアイツを交渉相手になら全く信用しないし、そもそも交渉のテーブルに付く気がしないね。
さらに言えばあいつの家臣も最低の馬鹿ばかりとしか言えない。
無口すぎてでクールを通り越したお寒い根暗なにーちゃんに、侯爵家の跡取りなのに勉強が苦手な元気系子犬ぼっちゃん、こいつらは王子と併せて三バカトリオというしか無い、根暗も子犬も王子を諌めようともしないんだぞ?
「そんなに婚約者に捨てられるのが嫌ならもっと女を磨け!男は癒やされたいんだよ!そんなきっつい性格の女はしんどいんだよ、そのエネルギーをもっといい方向に使え!」
「そんな事言われてもわからないわ……」
理解できないとばかりに首を降り、困惑の表情を浮かべるアルテミジア、大貴族の娘たれとしか言われなかった彼女には、多分本当に理解が出来ないのだろうな。
変な方向に拗れるくらいならもっと別の方にエネルギーを使って欲しい、彼女は貴族としての最低限しか努力をせずに、王子にヤキモチを焼くことに自分の持つ力を注いでいるんだから勿体ない。
「お嬢様は物凄いバイタリティに溢れている、そのエネルギーを良い方に向ければだいたいの事で大成するとは思いますよ」
アルテミジアに語りながら、俺は高校までずっと打ち込んでたバレーの試合で怪我をして、夢だった選手を諦めたうちの妹の事を思い出す。
青春を謳歌するような乙女ゲームにドハマりする前の妹、そんな人気者な彼女を見て、正直眩しくて羨ましいと感じた事もある、だから俺は乙女ゲームが嫌いなんだよ……。
もう随分と昔になった過去を思い出しながら、目の前のお嬢様が面倒な事を言い出す前に早く目が覚めねーかななんて、俺は思ったりするのであった。