なんで乙女ゲ―なんで?
今までの人生で学んだことなんだが、嫌な事というのはいつでも突然やってくる。
俺もいい加減いい年だから、そんなもんは当たり前だと何時も思ってるし、それが世の常だってのは、これまで痛い程に学ばせてもらったよ。
けどさ、神様……。コイツはちょっと無いんじゃない?
いい年したおっさん予備軍の俺がね、乙女ゲー世界の登場人物になるとかさ、いくら夢でも酷すぎやしませんかね?それも我が家の恥部である干物アラサー妹が、俺の部屋で乙女ゲー徹夜プレイで奇声を上げて煩い中、なんとか頑張って眠りについた後だよ?
ここまで来ると流石に酷いとしか言えないでしょ?しかもさ、干物が数年間ずっとドハマりしている乙女ゲー世界だというのは、いくらなんでもやり過ぎだと思います。
我が家の最大の恥部である乙女ゲー大好きな我が干物は、会社などの外部では自分がオタクであるという事実をひた隠しにしている。
そうして外面だけは良くしているから、自分の同好の士、つまりオタクの友達を作らず一般人の振りをしているせいで、昔からアイツを知っている数人以外に友人が居ないらしい。
だから休日はだいたい家に篭ってひたすら乙女ゲーム三昧。勿論、それが自分の部屋ならまだいい、あくまで個人の選択として俺は認めよう。
だがな、迷惑な事にAV機器にそれなりに金を掛けている俺の部屋で勝手にゲームをするなら話は別だ、ここまで来ると、はっきり言って迷惑以外の何物でもないだろう?
確かに自分がやっているゲームをさ、誰かと語りたい気持ちは一応理解は出来る、俺だって好きな映画は誰かに語りたくなるからな。
だけどさぁ、ガチガチのネオロマンス乙女ゲームの感想を語る相手に、兄貴である俺を選ぶのは納得は全く出来ないんだよ!
それに黙ってゲームするなら少しは我慢はできる、だがゲームの最中に出てくる選択肢なんぞ、どっちを選ぶかなんて相談されても「知らんわ!」としか言いたくないし、終わったら終ったで、あそこのシナリオが等と語りだすのは正直面倒だし、図々しさに怒りを覚えてしまう。
だが、俺の気持ちなど関係無いとばかりに語る相手の居ない干物は、週末になると乙女ゲーとゲーム機を引っさげて俺の部屋にやって来ては、そんな聞きたくもない乙女ゲームの話を熱心に語る。
干物が毎週繰り返す厚顔無恥な行動の所為で、俺は今まで一度も乙女ゲーなどプレイしていないのに、キャラの設定や各攻略対象のシナリオ攻略法、果ては裏設定的な部分まで無駄に覚えてしまった……。
アイツもいい年なんだから、部屋でゲーム三昧な週末を送るくらいなら、兄貴としては外で男でも作って欲しいと思うんだが、どうやら高一で既に、身長が百七十五センチもあるような大女に育ったせいか、中々男も寄ってこないらしい。
しかも典型的な日本人体型である胴長短足の俺と違い、手も足も長いモデルみたいなスタイルで、顔もキツ目のキャリアウーマン風だから尚更だろう。
キリッとした顔で中性的、可愛いなどとは口が裂けても言えない容姿のアイツは、女にもてるが、男にゃ完全に敬遠されるタイプだ。
そういったコンプレックスの反動なのか、干物は小さくて可愛いフワフワの服みたいな少女趣味を未だに忘れられないらしく、自分がふわふわした格好が似合わない分、如何にも女の子なヒロインに憧れてしまうそうだ。
だからこのゲームの主役であるアリス嬢って、アイツにとっての理想の女の子像なんだとさ。
ちなみに俺はアリス嬢みたいな甘々な如何にも女の子ですって感じや、干物みたいなキツ目な女とかよりも、優しくて物静かな知的な女性が好みなんだけどね。
今まで干物にやられた事や本人の事を思い出しながら現実逃避をしているが、この夢は未だに終わる気配がないし、なんだかあの無駄に吠える駄犬を放っておくと、明らかに状況が悪化しそうな気がしたので、仕方なく自らが置かれている状況を確認する事にした。
現状は件のアリス嬢が目の前にいる干物が蛇蝎の如く憎しみを抱いている公爵令嬢、アルテミジアという名前のお嬢さんにイジメられているように見えるな。
このお嬢様は、確かどのエンディングでも破滅する悪役令嬢とか言う役割の子だったなー、と目の前の状況を無視していると、とうとうヒステリックな声を掛けられた。
「ブルックリン!貴方は何をしていますの?この無礼者の泥棒猫を早く懲らしめて!」
両手を腰に当ていかにも怒っていますという表情を浮かべる悪役令嬢さん、うーんどう見ても俺を指さしているなぁ。
つうか、その重力を完全に無視したドリルヘッドは、彼女の怒りのボルテージに負けないらしく、激しい揺れにも負けずに形状を維持している。
やはり、こうして三次元で見ると、恐ろしいほど手間のかかる髪型だよな。
そして、どうやらこの夢の中で俺は、ドリル頭悪役令嬢アルテミジアの付き人兼お目付け役、ブルックリンなるキャラクターになっているようだ。
懲らしめろと言われた先にいるのは困惑の表情を浮かべる幼気な少女、この物語のヒロインであるアリサ嬢、まぁさっきも言った通りの少女漫画なんかのヒロインらしい見た目のお嬢さんだな。
あー、マジどーすっかな―、きっと夢だと思うけど本当に面倒に巻き込まれたとしか思えねーわ、こういう女の喧嘩に男が入っても面倒しかないだよなぁ。
以前も母親と干物の喧嘩に巻き込まれた事があるんだが、あの時は半日は面倒な事を互いに言いやがったし、どっちも俺に同意を求めてくるから間に挟まれて大変だったんだよ。
しかもどっちもスゲーくだらない事で怒ってるから全く共感出来なくて、何故か話を聞いてる途中で俺が怒られるという理不尽さ。
なんというか女の喧嘩に男が割って入っても碌な事がないんだよな、どっちの味方をしても下手すると最終的に男が悪い、なんて言われるなら放置安定だろう?
でも、このままじゃきっと俺が動かない事に腹を立てて、眼の前のお嬢様が暴れだすだけなんだろうね……。
目の前の爆弾から目をそらして空を見上げれば、俺の心とは裏腹に干物の背中越しに見ていた背景絵通りの王都の真っ青な空に、これまたいつもどおりの太陽がムカつく位に輝いていた。
そんな些細な事ですら厄介事で曇っていた心が益々荒んでしまうのを感じながら、俺は深い溜息を溢してしまうのであった。