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これくらいで、このままで。

作者: 真白まろ

 思い出せば、ぼんやりとした私の中のあなたが、じわりと頭に流れ込む。すぐに映像化されていく、はっきりとした輪郭をもつものたちとは別物で、水分を多く含んだ筆がさらさらと描いた何か。それが、私の中であなたとして形を成していた。

 出会ったばかりのあの時は、あなたがどんな心を持つのか、見当もつかなかった。ひどく大人びた心を見つけたような気もしたが、それも確信したというものでは無かった。

 必然的な偶然、そんな言葉が相応しく思えるほど、私の気が付かぬ間に、私はあなたの心を見て、あなたも私の心を見た。無意識のうちにあなたは、私にとって失いたくないものになっていたのだ。

 それに気が付いたその時から、私はあなたをカミサマと呼ぶようになった。

 時には怒って、黒煙のような雰囲気を身に纏う、真っ赤な『鬼』にもなった。『神様』の怒った顔は『鬼』であるという話を聞いたことがある。全くその通りだと私は思った。

 私は『神様』のようなあなたも『鬼』のようなあなたも、どちらも大好きだった。理不尽な言葉を吐き、相手を傷付けているだけのように見えても、本当はそうでないことを私は知っていたつもりだ。あなたの心を埋め尽くす黒の中から、ぽつんとうずくまる白を見つけるのは、私の唯一の特技なのかもしれない。長い間ずっとあなたを好きでいられたのは、そんな変わった特技のお陰なのだろう。

 とある時、あなたのことを悪く言うものが私の前に現れれた。あなたを深く知ろうともしないで、主観的な解釈によってあなたとはまた別の『あなた』を作り上げ、それをあなただと言い張りながら醜い感情を吐き散らした。カミサマは誤解をされやすい。

 何よりも美しいあなたを悪く言うものは許せなかった。だから私は、あなたの乱暴な言葉に隠された本当の気持ちや本当の意図を考えて、それをそのものたちに伝えた。

 私の言葉の力は微力ではあったけれど、それでもそこで誤解が溶けたことも何度かあった。だから私はたまに、少しだけあなたの力になれたのかもしれない、と勝手に自分に満足した。

 あなたに望まれてしたことではないからあなたは迷惑に思っていたかもしれない。でも私はたくさんのものにあなたの『本当』を知ってもらいたかった。

 私の尊敬するあなたが本当に素晴らしいものであること。私の大好きなあなたが、優しすぎるくらい優しいのだということ。それを、どうしても知ってもらいたかった。


 あなたは穏やかな風の吹く、深い森のように優しい顔をした。

「ねえねえカミサマ、カミサマは私の大事なもの」

 あなたは変わることなくその微笑みを私に向ける。

「そう」

 肯定とも取れるけれど、それはただの空っぽの相槌のようでもあった。

「ねえねえカミサマ、カミサマは私が嫌いになっちゃった?」

 あなたは眉を下げて、困ったように笑った。

「君の事を嫌いになるなんて有り得ないよ」

 その言葉が嬉しくて、私は最大級の笑顔を見せた。私は大好き。そんな意味を込めて。伝わったらいいな。そう思って。

「でも僕はもう君とはいられない。僕は別の世界に行かないと。君も別の世界に行くんだよ」

 カミサマはそう言った。私は悲しくて、自慢の桃色の瞳が溶けて頬を伝ったような気がした。心の中が白いようで青くて、全てが無くなってしまうような、深い悲しみで溺れてしまうような感覚もした。けれど、あなたは悲しそうな表情さえしてくれなかった。

「これは変えられないことだから」

 変えられないこと。その言葉を聞いた時、私の心は水色になったようだった。苦しみが溶けてなくなったようだった。嫌われたってわけじゃない。私はきっとあなたに嫌われることを何よりも拒んでいる。恐れている。だから嫌われていないと知った時、白と青が溶け合ってくれたのだろう。

「あの空へ向かって手紙を投げればきっと僕の元に届くよ」

 空色という響きに頬をほころばせてしまいそうになるくらい鮮やかな空を指差して、すぐあなたは飛び去った。それと同時に私も自分の体が自然と向く方へ、ひたすらに足を動かした。

 あれから私とあなたは一日だけ手紙のやり取りをした。けれど、それはその一日だけの出来事で、私たちはこまめに手紙を送り合うことをしなかった。

 それでも私の心の中にはあなたがずっといた。消えずに私の支えとなった。

 一つ一つの言葉。一つ一つの仕草。あなたの全てが私の中にいた。

 あなたの中にきっと私はいない。それでも良かった。最初こそ自分だけが悲しくなっているんだ、なんて思ってしまって、それはこの町の静けさを感じるよりもずっと寂しいことだったけれど、あなたは『神様』だから、私があなたの心の中にいないのは仕方の無いことだ、なんて無理矢理納得してしまえば楽だった。


「やあ、まだいたの」

 そんな懐かしい声に、私は満面の笑みで振り向いた。喜びの黄色と感激の白色がボールのようになって心の中を飛び跳ねていたけれど、それは顔に出ないようにして。

「まだいたら駄目だった?」

「駄目だなんて言ってないよ」

 からかうように私も言う。あなたは笑った。変わることのないあの穏やかな笑顔で。

 大好きなその顔で私と向き合ってくれた時間が、今日久しぶりに一つ増えた。

 あなたの気持ちが全てわかるなんてことは無いけれど。きっと。これだけ空白の時間を過ごしても変わらずあなたが笑うということは、あなたも少しは私を大切に思ってくれている、ということなのかもしれない。

 たまには自惚れたって罰は当たらないだろう。そんな私の笑みは風に乗った。


 気が付けばそこにはあなたの空気だけが残っていて、あなたの姿は無かった。だけどそれすら私を幸せにしたのだから、本当にあなたは素敵だ。

 いつかあなたが知ったら笑うだろうか。私が常に、あなたの存在に感動しながら生きているのだ、ということを。

ご愛読ありがとうございました。

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