004
「じゃあ……」
そう言って、僕は再び死の淵へ振り返る。
ただ…さっきまでとは少し心情が変わっていた。
なんだろう、この違和感は。
「もし戻って来たら、天国からのお土産よろしくね」
「片道切符だから戻って来れないかな」
「あら、上手いこと言うわね。辞世の句には丁度いいじゃない」
句なのかこれ?
「…………」
僕は決心を着けようとする。
片足を半歩だけ奈落へと近づける。
近づける……だが。
「…………………」
近づけない。
これ以上、踏み込めないのだ。
何故だ!何故これ以上前へ出れない!!
この世に、未練でもあるのか!
「……クソ……怖い」
急激に、心の底から大きな恐怖感が煽り出て来る。
吹き出して来る。
怖い。高い。死にたくない。
「……飛び降りないの?」
彼女の声が聞こえてくる。
僕は振り返らない。
「あぁ……何故か降りれない。さっきまで覚悟は出来てたのに、急に出来なくなった」
「そう、だったら…」
右腕に急激な力が働く。
強く引っ張られる、死の淵から遠ざかる強い力が。
そして……。
「……!!!!?」
気づいたら僕は、彼女に包まれていた。
「そんな覚悟じゃ落ちてもどうせ死ねないわ。死ねないのなら……」
彼女は僕に囁くように、さっきまでの尖った冷たい言葉ではなく、柔らかい羽毛のような暖かく優しい声色でこう続けた。
「わたしと恋をしなさい」