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天国のお土産  作者: トニー
第五章:王都と怪盗
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5-01. 侍女の日記の断片

■ ■ ■

 本日は、アンディーラの奪還成功を祝う、凱旋式典の日だった。

 貴賓席のバルコニーから、大通りの空が喝采の歓声で満たされているのを見た。


 戦士達の誰しもが、誇らしげに行進をしていた。

 それはそうだろう。


 奪還となれば、何年振りかの快挙。

 式典はとてもとても盛大なものであった。



■ ■ ■

 侍従長に叱られてしまった。


 昨日の式典。

 着飾った貴婦人たちの列にあって、お嬢様は盛んに手を振っていた。


 欄干から身を乗り出さんばかりに、精一杯に腕を伸ばしていた。

 とても可愛らしい姿だったと思う。


 転落なんてことになったら大変だ。

 だから私は、その兆候が見られれば、即座にお嬢様の襟首をひっ捕まえようと構えていた。


 更にはいざ転落となってしまっても、お嬢様が地面に叩きつけられる前までには地上に先回りして受け止める、或いは空中でお嬢様の小さな体を抱き寄せて無難に着陸する、そのいずれでもが可能であるように移動ルートの想定も怠らなかった。


 私としては、それで安全対策は万全だったと思っていたのだ。


「そんなに身を乗り出しては危ないですと、お嬢様を窘めるのが貴女の仕事です!」


 対処療法より予防が大事。なるほど尤もな指摘だ。


 主君の意向は最大限尊重すべき。

 どうも未だに、そんな思いが先に立ってしまう。



■ ■ ■

 日記をつけ始めてから今日で半月。

 つまり勘当された身を御領主様に拾っていただいてから、半月が過ぎた。


 これまでも書いてきた通り、普段のお嬢様は明るくて、素直で、そして年相応に少し生意気な、ごく普通の女の子だと思う。


 前任の侍女たちが、このお嬢様の事を気味悪がって、それで辞めていったというのは、やはり信じ難いことだ。


 確かに時折、やや驚かされることはある。

 けれどもだからといって、お嬢様のような少女を悪し様に言うなど、仕える身にあるまじき不逞ではないか。


 そのような輩には斬首が相応しいと思う。

 然るに、単に実家に帰らせるだけで済ませたものらしい。


 温すぎる措置だと思う。

 それとも「実家に帰らせる」とは、追放刑あたりの隠語なのであろうか?



■ ■ ■

 今日の夕日は綺麗だった。

 景色が綺麗と思ったのは、いつ以来だっただろうか。


 お嬢様に請われるままに、二人で展望台に上った。

 景色を楽しんだ。


 とても楽しい時間だった。



■ ■ ■

 侍従長が血相を変えて駆け寄ってきた。

 何事かと思えば説教だった。


 しかも、お嬢様と二人揃って叱られてしまった。


「お嬢様を肩車したままあんな高いところに登るなんて、何を考えているの!」


 だそうだ。いったい何を懸念されたのだろうか。


「クラナスはわるくないの」


 泣き出しそうな表情のお嬢様に庇っていただけた。

 騎士達に守られる、騎士達が護りたいと望む、そんな姫君だと思う。



■ ■ ■

 お嬢様の観察力、そして洞察力には本当に驚かされる。

 お嬢様は、普通なら気のせいかなと済ませてしまうようなことに、実によく気が付くのだ。


「クラナスは、騎士様だったのですね。驚いた顔をなさっていた騎士の方々は、お友達ですか?」


 尋ねられて、驚きの余りお嬢様のドレスを破いてしまった。

 着替えていただいている最中のことだったから。


 これで何着目だろうか。

 自分で繕えればよいのだが、できないので、また誰かに頼まなければ。


 質問に後半だけを否定するような答えを返してしまったのも失敗だった。


 それでは前半の問い掛けを首肯したも同然だ。

 質問攻めにあってしまった。


 私には騎士を代表するような問答はできないので、できれば伏せておきたかったのだが。



■ ■ ■

 お嬢様は<<直感>>系統のギフト持ちなのだろうと思う。


 <<天啓>>のことしか私には分からない。

 でも、唐突に脳裏に浮かぶ閃き、着想、予感というものは、確かに自分では無い誰かが助言者として、自らの傍らに居ると錯覚しても、不思議ではないだろう。


 お嬢様は、自分のそれに「ミイ」という名前まで付けてしまっているようだ。

 昨日も「こらっ、ミイ! 鎌掛けに引っかかったのなんて失礼でしょ!」等と小声で呟かれていた。


 成程、これがお嬢様が気味が悪いとか陰口を叩かれた原因だったのだろう。

 人目があるところではお控えくださいねとお願いをした。

 お願いというか約束だ。


 お嬢様はシュンとなってしまわれて、お気の毒だった。

 でもここは心を鬼にしなければいけないところだと、そう思った。



■ ■ ■

 今日は、王立学校の入学式があった日でしたという話をした。


 騎士学校と俗称される場所。王都から少し離れた小高い場所にあって、全寮制。

 人によっては、十年以上を過ごすこともある場所だ。


「あのね、私が騎士になろうと思ったら、どうしたらいいかしら?」


 お嬢様にそんな事を尋ねられた。

 それは無理ですと、即答してしまった。


 クラナスの意地悪! こうしてやるーっ

 ふくれっ面のお嬢様に押し倒されて胸を揉まれた。

 たいして大きくはないのに、お嬢様はこれがお気に入りらしい。



■ ■ ■

 学校について、今日もまたお嬢様に尋ねられた。


「学校に入学すれば騎士になれるのでしょう? どうして無理だなんて言うの?」


 どうしてと言われれば、当主様が望まれていないからだ、と答えるしかない。

 お嬢様は悲しそうな顔をして、考え込んでしまった。

 しかし嘘の慰めを言っても仕方がない。


 貴族に男子として生まれれば、騎士になるのが当然である。

 長男であれば、後継ぎ教育の傍らに、次男以降であれば学校に送られて、必要な訓練を受ける。


 一方で、女子に生まれたものが騎士に叙される例は余りない。

 王立学校にはもちろん娘らも沢山いたが、彼女らは主に淑女教育と人脈作りのために通わされていた。


 そして彼女らの多くは、伯爵家以下の出身者だった。

 女子の場合、実家で十分な淑女教育が可能だという家の出身者が入学させられることは、あまりない。

 若い婦女子を遠隔地に送り出し、寮暮らしをさせること自体、家長にとってかなり大きなリスクとなり得るからだ。


 数少ない、騎士を目指す女子たちの動機は何だっただろうか。


「家に結納金を払う余裕が乏しいからね。結婚はせずに、裕福な貴族の姫君を護衛する仕事に就くことを期待されているのよ」


 そのようなことを言っていたかもしれない。

 丁度今の私のような立ち位置が、あの娘らの目指していたもの、ということになるのだろう。そう思えば、何やら申し訳ないような気持ちになってしまう。


 どちらにしても、学校に入学するかどうかや、入学した後にどの進路を目指すのかも、決めるのは本人ではない。


 その家の家長が決めることだ。

 家長が望まないのであれば、実現しないことである。



■ ■ ■

 カリーラ子爵の御令嬢が、ペットを逃がしてしまったというので、捜索に駆り出された。


 逃げたペットはパロだという。

 残念ながら<<天啓>>は、そういう些細な探し物ではまず発動しない。


 案の定で、勘働きだけを頼りに探し回ることになった。


 結局は、番犬に仕留められた哀れな姿を見つけることになってしまった。

 見つかりませんでした、敷地の外に逃げてしまったのでしょうと、嘘をついた。



■ ■ ■

 お嬢様と演劇を観に行った。


 大魔道士マーリン役の小男が、本物の青魔法:電撃操作スパーキング・マジックを扱っていた。

 派手なのは認めるが、もう少し演技自体の技量を磨くべきだ。

 あれではただの道化である。


 一方で妖精騎士役の殺陣はなかなかに素晴らしかった。

 お嬢様も大変に満足されたようだった。


 ところであの演劇の主題は何だったのだろう。

 狂気だろうか?


 よく上演許可が出たものだ。

 普通、演劇といえば、因果応報であるとか、順法精神だとか、そういったものを題材にすべきだろうに。



■ ■ ■

 お嬢様が食べたいというので、街の屋台で近頃評判だというクレープをこっそり買って戻ってきた。

 そうしたら、お嬢様の部屋で侍従長が待ち構えていた。


 小一時間にも渡って説教をされる破目になった。

 何故バレたのだろう。



■ ■ ■

 お嬢様は、何故か私をあられもない恰好にさせたがる。

 私のような無作法者を揶揄からかっても、さして面白くもないだろうと思うのだが。


「私じゃなくてミイの趣味なの! ミイがいけないのよ!」


 それも結局はお嬢様ですよね?



■ ■ ■

 お嬢様にどうしてもと頼まれて、模擬戦をすることになってしまった。

 相手は騎士学校を卒業して、騎士と叙されたばかりの青年だった。

 外出するときに同行してくれた護衛の騎士だ。


 お嬢様の巧みな挑発に乗せられて


「騎士が侍女に負けるはずなどないでしょう!?」


 と応えてしまっていた辺り、私のことは知らなかったようだ。


 華を持たせて敗けてあげるべきか、不自然でない敗け方をするにはどうしたらいいか、と考えながら適当に木剣で打ち合っていたら、不機嫌そうなお嬢様が「もういいわ!」と言ったので終わりになった。


 なにかがお気に召さなかったらしい。



■ ■ ■

 クラナスはどうして騎士を辞めたのと尋ねられた。

 何と答えるべきか迷ったが、お嬢様が<<直感>>持ちなら嘘は拙い。

 向いていなかったのですよと、そのままを応えた。



■ ■ ■

 お嬢様は、騎士になるという希望のを諦めてくれてはいなかったようだ。


 ハンターなって、功績を立てて、騎士に叙勲される。

 そんなプランを真剣に検討していた。


 諦めてくださいと言ったら、泣かれてしまった。

 胸が痛む。


 庶民である狩人ハンターが、末席であるとはいえ貴族位を得る騎士へと栄進するためには、故事に習った建前でいえば、王と教会がそれぞれ神に推薦を行うという形式が必要になる。

 お嬢様は今は貴族の身だが、他家に嫁ぐわけでもなく当主の庇護を離れれば、身分は庶民と変わらない。


 形式であるとはいえ、神に推薦した相手が不祥事を起こせば、王と教会の面子に傷がつく。

 そこを押して、それが実現するというのは余程のことだ。


 貴族年鑑には何人ものハンター上がりの騎士の名が記されている。

 けれど、その多くは死後に叙勲された者達の名である。


 単なる冥土の土産に過ぎない。

 死者は失態を侵さないだろうという卑小な思惑が透ける。


 生前に騎士と叙勲されるハンターなんて、本当にごく僅かの存在なのだ。



■ ■ ■

 お嬢様はどうして、騎士になりたいと仰るのですか、と尋ねた。


 仕える主の真意を尋ねるなど、不忠にあたるまいか。

 そんな葛藤がなくもなかった。


 でも、侍女としてはごく当然の問のはずと、そう思い直してのことである。


「だって、騎士として活躍できれば、お父様をガッカリさせずに済むかもしれないもの」


 それがお嬢様の答えだった。

 何ということだろうか。


「私が問題児で、お父様が期待はずれだって言っていたって聞いたの。だから、これまでのようじゃいけないと思うのよ? お父様が大好きなのは騎士だから、目指すならやっぱりそれがいいのかなって」


 私には、お嬢様のこの悩みに応える資格はない。

 しかしお嬢様は誰からそんな事を聞いたというのか。



■ ■ ■

 口さがない罪人たちには、実家に帰ってもらった。

 罪人たちは、<<天啓>>の導きで、すぐに見つかった。


 天に居られる我等の父よ、我等の罪をお赦しください。


 私たちも人を赦します。


 我等を誘惑に陥らせず、悪からお救いください。


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