4-15. コロシアム二回戦の日、なの
巨躯を覆う体毛は濁った血の色。鋭い爪は鮮血の赤。
目は紅色に光り輝く。渇望の狂気に揺れて相対する者を睨め付ける。
その口吻は艶やかに黒く、牙は紅玉と見紛う。
何処かで見たような相手です。あの時は本当にどうしようのない相手でした。
懐かしいといえば懐かしい。もちろん別個体ですけれども。
ギークが、金棒の柄を強く握ったり弱く握ったりしながら、断りを入れてきた。
「ミイ、繰り返すようだが」
王都のコロシアムで開催されているモンスタートーナメント。
(分かっているの。一回戦のあれは不幸な事故なの。コロシアムでの戦いはギークに任せるの。僕に何かしてほしいことがあれば声を掛けるの)
一回戦を勝ち進んだ翌週の開催日、二回戦目。
「さぁ! 続いては初戦では貫録勝ちで相手を捻り潰した鮮血の王、平和な辺境の農村を一夜にして阿鼻叫喚の地獄に変貌させることさえあるという恐怖の具現! 血染熊の登場だ!」
その紹介、ダメじゃない? 待ってましたとばかりに歓声を上げる観客たちは何かが狂っている。
モンスターを見世物にすることに慣れきってしまって、主催者も観客たちも、感覚がマヒしているのだとしか思えない。いつかその内、手痛いしっぺ返しを食らうことになると思う。
「さあでは、今回はどのような結果となるのか!? 両者睨み合う。睨み合っている。おおっと、血染熊が仕掛けたぞ!」
血染熊が四本足で突進してきた。先の鎧犀と比べれば一回り小さく見える。けれど十分な巨躯だ。
大きい。質量でいえばギークの四倍はあるだろう。にもかかわらず、早い!
ザカッ ザカッ と駆け寄って来たかと思えば、もう目の前にいた。
避けなければ潰されてしまう。
巨躯にもかかわらず俊敏、そんな矛盾を組み合わせて粉砕の力に変えている。
単純な攻撃だが、しかしだから威力に劣るということはない。
むしろ単純であるがゆえに豪快で、強烈だ。
生半可に防ごうなどとした日には、軽々と吹き飛ばされて、地に這いつくばったところをぐずぐずに轢き潰されてしまうだろう。
だから、避けなければならない。なんとしても。
ギークの力が多少、本来の鬼よりも強くなっていたとしても、たとえモンスターランクでいうならば相手が格下であるにしても、そんなことは関係ない。
体当たりは質量攻撃だ。勢いがついてしまった後では、多少の筋力の優劣など問題にはならない。
大体その筋力にしたところで、少なくとも腕力でいえばギークは血染熊に劣るだろう。
何故避けないのか。僕は焦った。後ろに下がっても仕方がない。左右どちらに避けるべきだ。
だがもう遅い。今から避けようとしても、踏み切った方の足が轢かれてしまう。
油断? 油断したのか?
なんてことだ。
確かに、腕試しがしたいから余計な手を出すなというのは、増長以外の何でもない。
ちょっとランクが上がって、少し強くなったからと言って、なんて様だ。
「お、おぉぉッとぉ? これは意外! 鬼が何やら見事に回避を決めたぞ?!」
ギークは跳んだ。跳ね飛ばされたのではなくて、自分から。
襲い掛かってくる熊の背中に片手をついて、そして空中で倒立、半回転して熊を飛び越し着地する。
血染熊はそのまま少し駆けて、戸惑うように立ち止まった。
スピーカーが煩い。だが確かに見事ではあった。
なぜそんな芝居がかった真似をしたかは疑問だけれど。
余りひやひやとさせないでほしい。
グオルルルァアアアアアッ!!!
振り返った血染熊が、咆哮を上げて再度突撃を仕掛けてくる。
再度の体当たり。今度は足裏を引き摺るような妙な足運びで、ギークが回避行動を試みた。
体当たりは辛くも躱したものの、即座に血染熊が鉤爪のついた前足で一撃を放ってきた。
後方に退く送り足でギークが避ける。避けようとした。
しかし熊が少し上体を屈めて腕を伸ばしてきて、射程が変わる。
ズバッ
ギークの胸板が裂けて血が噴き出した。
「チィッ」
ギークが舌打ちをする。掠めただけだ。しかし一撃必殺で相手を潰し切らんとする熊爪の強烈さよ。
掠めただけであるにもかかわらず、ギークは思わず体制を崩した。熱い! 痛い!
変に格好をつけるからだ! 僕は声には出さずギークを罵った。
二足で立って伸び上がり、血染熊が押し潰しを仕掛けてくる。ギークは転がって避ける。
ズズンッ、と小さな地震でも起きたかのように、コロシアムの地面が揺れた。
トーナメントに参加の申し込みをした後、張り出されたトーナメント表を見て、僕もナタリアも少なからず驚いた。参加する三十体のモンスター、その三分の一が、一般にはBランクだとされる強力強大なモンスター達だったからだ。
「回を重ねるごとに、参加するモンスターのランクが上がっているとは聞いていたが、これは相当だな」
一般にはと敢えて断わるのは、それが「成長すればBランクにも至る」モンスター達であり、「生まれながらにBランク」のモンスター達ではないからだ。だから正真正銘のBランクではなく、恐らくほとんどはC+ランクのモンスターであろうけれども、そうだとしてもこの数は異常といってよかった。
(相当というか、明らかに異常なの。そのクラスのモンスターは、見付けたら即始末するのが当然なの。騎士達にとっても危険な相手なの。捕獲を目論む時点でクレイジーなのに、見世物として戦わせようだなんて正気の沙汰じゃないの)
Bランククラスのモンスタが十匹、一堂に会しているわけだ。しかも城内に!
本来、当然に重度警戒の警報が出されて、住民に避難を指示するレベルの脅威と言える。
どれだけリスクに不感症であれば、そんなことをしようと思いつくのか。
僕の感想を受けてだろうか、ギークが言う。
「港町モーソンでは、幾人ものCランク狩人がBランクモンスターである赤鬼に全く歯が立たず駆逐されたものだったがな。王都ともなると、この数が仮に城内で暴れ出すようなことがあっても制圧が可能だと、人間たちにその自信があるということなのか」
あまり公然と人以外の立場からものを言わないでほしい。
ナタリアに正体が露見してから、そのあたりが少し緩くなっている気がする。注意しておかないと。
「ここにはAランクやBランクのハンターがそれなりの数、所属しているからな。我が掲示板を見た時にも、警護役募集の張り紙が出ていたぞ。請けるなら、コロシアムの中に限って金属武器の携行を許す、との但し書き付きでだ。教会の主催だからな、色々と無理も通したのだろう」
(なんで教会がそんなことをするのかが謎なの。ギーク、ナタリアにちょっと聞いてみて欲しいの)
「ふむ、教会は何が目的で、そもそもコロシアムでモンスター同士を戦わせて見世物にしているのか。ナタリアは知っているか?」
僕のリクエストに応じて、ギークがナタリアに尋ねる。
けれどその回答はノーだった。
「もちろん、知らない。我は今の教会が嫌いだからな、きっとロクでもないことを企んでいるに違いないと、そういう邪推はするがね。特に根拠も証拠もありはしないな」
気にはなるが、その答えを得るのは難しそうだ。
グガアァァァァアアアアッ!!!
血染熊の狂猛な爪撃を、ギークは手の金棒で打ち返した。器用なことをするものだ。
鋭利な鉤爪が折れ砕け、宙を舞う。腕が跳ね飛ばされたのでバランスを崩した熊の背後に回り込み、金棒を放り捨ててバックチョークを仕掛けた。
血染熊は暴れに暴れるが、ギークを振りほどけない。
熊は腕が背中まで回らない生き物なので、背後を取られると弱いらしい。
だがさすがはモンスターというべきなのか。血染熊は一瞬暴れるのを止めると、身体を揺さぶって勢いをつけてから、力任せの前転をして自分の背中に張り付いていたギークを轢き潰しにかかった。
「ふん、やるじゃないか。やはり強いが、しかし、ちょっと攻撃が単調にすぎるかな」
ギークが慌てて拘束を解き、地面に転がってペシャンコになる運命から逃れた。
そこからさらに横転移動して、金棒を拾い上げる。
「とりあえず、こんなところでいいか。やはりもう少し、研鑽が必要だな」
ギークと血染熊の戦いは、そこから先、一方的な展開となる。
手負いとなったことで血染熊の攻撃は激しさを増したが、ギークは一切の攻撃をくらわなかった。
軽やかなステップで相手の攻撃を全てかわし、掠らせもせず、一方的に打ち据える。
危なげなく、かつては遥かに高かった壁を叩きのめした。
「なんとー! 皆さん、ご覧になりましたでしょうか。鬼が血染熊を下しました! これは大番狂わせ、大番狂わせです!!」
スピーカーが喚いている。
戦いが終わったので、僕はギークに尋ねた。
(変な戦い方をしていたの。ギークは何を色々と試していたの?)
「ほう、分かったのか。お前も大概妙な奴だな、ミイ」
何を失礼な。僕はいつでもプリチーな心の妖精です。
(後半は、師匠に習っていた足捌きの戦い方だったの。安定なの。前半は何かよく分からないことを色々やっていたの)
「フラッゲンの記憶にあった、体術やら、武器破壊やら、暗殺術やらを試していた。フラッゲン自身、年を取ってからはあまり自分で使うこともなくなっていたようだからな、どうも色々と曖昧だ。実戦で使うにはもう少し練習が必要だなということがよくわかったよ」
あの悪徳爺、一体どんな経歴の人物だったんだ?
僕は心中にて首を傾げた。
[WARN] ギークは、外敵からの攻撃を受けています!
[INFO] 現在の状態を表示します。
ギーク
妖鬼 Bランク Lv2 変身
【ギフト】
不死の蛇 Lv3
唆すもの Lv--
地図 Lv4
引戻し Lv3
制圧の邪眼 Lv1
<---ロック--->
<---ロック--->
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【種族特性】
永劫の飢餓(継承元:餓鬼)
暗視(継承元:小鬼)
忍耐の限界(継承元:鬼)
手弱女の化粧




