4-12. 天狗とキャンプの約束
世界をぐるりと囲んで、混沌から切り離している壁がある。
その壁の頂きに住まう者たちが天狗族だ。
彼らの多くは、天を狗の如くに駆け巡る異能持ちである。
光を放ち轟音と共に宙を走り抜ける様は、流星や彗星とも見間違えられる。
天狗族の最上位種は天魔である。
波旬、天子魔、他化自在天、等と呼ばれることもある。
そして天魔は、第六天魔王とも称される。
つまり、天狗族の頂点に在るのは魔王である。
その存在は神格にまで至る埒外の存在で、モンスターランクでの評価には収まらない。
天狗族という括りにおいて、一段下の種族とされる魔縁からして、モンスターの最高位たる古代竜に匹敵するS+ランクになり得る存在だ。天魔とはその更なる上位種なのだ。
堂々たるExランク種。このランクの存在は、他には神が手ずから生み出したという完璧な獣と最強の生物が、世に知られているだけである。
天魔、魔縁、大天狗、天狗、小天狗、木葉天狗。
天狗族として知られているこの六種族の内、テンテンは小天狗として生まれた。
小天狗として、生まれてしまった。それは、許されないことだった。
天狗同士の間から生まれるのが、必ず天狗であるとは限らない。
これはほとんどのモンスターに共通することだが、長く生きてその種族の中で高ランクとなった個体からは、時に上位の種族が生まれることがある。
小天狗の番から天狗が生まれることがあり、天狗の番から大天狗が生まれることがある。
その関係性において、天魔から木葉天狗までの六種族は広義に同族、つまり天狗族だとして括られる。
そして上位個体が生まれることがあるのと同様に、その逆も有り得る。
上位種の番から、下位種の個体が生まれてしまうこともあるのだ。
知られている限り、ひとつ上よりも上位の個体が生まれることはない。
しかし逆、下位の個体が生まれる場合は、数段下になることもある。
例え両親ともに長く生きた、高ランクの個体であったとしても、確率の問題でその事象は発生し得る。
やはり天狗族に限った話ではない。例えば赤鬼の番から餓鬼が生み落とされる事だってある。そうそうあることでは無いのだけれども、起こり得ることではある。
そして下位から上位が生まれるよりは、上位から下位が生まれることの方が多いだろう。
上位種はその種族の内で、いわばエリートである個体からしか生まれない。
しかし下位種はどの個体からでも生まれ得るものだからだ。
テンテンの母は魔縁、そして父は天魔である。
だから彼女は、血筋だけでいうなら次期魔王となってもおかしくはなかった。
けれど彼女は、生まれてすぐに出来損ないとして捨てられた。
彼女が天魔ではなく、魔縁でさえなく、遥かな格下、ただの小天狗だったからである。
誰の子と、名乗ることも許されなかった彼女の居場所は、天狗族の社会には終ぞなかった。
除け者として扱われるばかりの日々に耐えかねて、その社会から逃げ出した彼女が逃げた先で出会ったのが、幼き日のナタリアである。
「ねえ、ナタリア。ナタリアはどうして、わたしに優しくしてくれるの?」
テンテンが初めて出会った、自分を出来損ない扱いしない意思の疎通が可能な相手。
それがナタリアだった。
ナタリアはまさに<<直感>>のギフト持ちである。
そのギフトの導きによって、強行軍に力尽き、地上に不時着したテンテンを見つけたのだ。
(ちょろい犬ッコロが、すこーし優しくされて、コロリとやられた、という話でありますね?)
(そういうことなの。振られたての女くらいオトシ易いものはないんだってね、なの)
王都に向かう船の中で、ナタリアとテンテンの馴れ初めについて聞いたギークの心中では、ミイとフレデリカが好き勝手なことを言い合っていた。
どうあれナタリアとテンテンはもうだいぶ長い付き合いだ。
ナタリアが子供だった時分には、テンテンを変装させて、一緒に街で遊び歩いたことだって一度ならずである。
城門を潜り抜けるたびに、うまくいったね! と互いに手を打ち鳴らし合ったものだった。
テンテンのランクが上がったことを契機として、以降その危険なお忍びは遊びはお終いになった。ナタリアと同じような<<直感>>系統のギフト持ちがいると、そろそろ「危険」な存在が潜んでいると察知される可能性が高くなってきたからである。
ギークと違って、よく注目されてしまえば人ではない特徴を有している彼女の場合、誤魔化すのにも限度があるのだ。
仕方なく、街の中に入るのは控えているテンテンなのだが、ナタリアが野宿をするときには、寄っていって一緒に寝るというのが、彼女の当然であった。
そしてまたナタリアも、特に街中に用事がなければ、基本的には夜は野宿で過ごした。暑さ寒さに強い耐性をもつギフト持ちだからとも言えるが、もちろんテンテンを慮ってのことである。
なのにあの女! いや、ギークとかいう名の妖鬼!
テンテンは燃え上がる嫉妬の心を隠すことなく、如何にすればギークを打倒できるかと、とにかく悩んだ。
このままではもしかしたら、ナタリアが奪われてしまうかも知れない。いや、まさかもう既に! 今この瞬間にも! 毒牙に掛かっていはしないだろうか!?
ギークが同行することになって、ナタリアが野宿をしてくれる回数は極端に減ってしまった。
そしてずっとあのギークとかいうのと一緒にいる。
テンテンとしては気が気でなく、そして寂しい気持ちで一杯だ。
殺意を放ってみたり、呪いの言葉を放射してみたり。
藁人形に五寸釘ってみたり、護摩を調伏法で焚いたりもしてみた。
しかし、目立った効果は見られていない。
やはりもう、こうなれば直接決闘を申し込むしかないだろうか。
そんなことをつまりテンテンは悩んでいたのである。
仕掛けるなら、ナタリアが側にいないタイミングにしないといけない。
きっと優しいナタリアは、ギークを痛めつけるわたしのことを制止してしまう。
そんな中途半端なことじゃ、逆にあの妖鬼がナタリアに依存するようになってしまうかもしれないじゃないか。
やるなら徹底的に、キッチリと、そしてナタリアに迷惑をかけないように、確実に仕留めなければ。
船の上でギークが川岸の方を気にしていた原因が、つまり彼女である。
ミイの<<地図>>の検知外からであったテンテンの殺気を、ギークは正しく察知した。
ギークには自分が泳げないという自覚があったので、テンテンの襲撃で船が転覆でもさせられては事だと、それを警戒していたのである。
少なくともナタリアが側にいる限り、仕掛けて来ることはなさそうだと見極めたので、途中からは無視に転じたが。
今日も悶々とギークのことを考えていたテンテンの耳に、ナタリアが彼女を呼び出す際に吹く、犬笛の高々と響く音が届いた。
犬笛の吹き方次第の幾つかの合図を、ナタリアとテンテンは取り決めていた。
今回はおいでおいでと呼ばれた。だからテンテンは全力でナタリアの元へと飛び向かった。
「なによ、ナタリア。急に呼んだりして。どうかしたの?」
ズザザザザッ と砂煙を巻き上げつつ、馳せ参じたテンテンの第一声がそれである。その丸い尻尾は千切れんばかりに振られていた。
「ああ、済まなかったなテンテン。ここのところご無沙汰だったが、なにか問題は起きていないか?」
テンテンが差し出してきた彼女の頭を撫でくりしつつ、ナタリアが尋ねる。
「別に何もないわ。冬だからちょっと食べるものが少ないけれど、ないわけじゃないし。ナタリアが前に買ってくれた木の実とお酒も、まだ残っているしね。この辺りだと北の平原まで出なければ、強い相手もいないもの。ねえ、今夜は一緒にいてくれるの?」
とっても寂しいの! もっと構って! と、テンテンの表情は語っていた。
「済まないな、ギークの奴を放り出して野宿、というわけにはいかん。大丈夫だろうとは思うが、逃げられてしまっては困るからな。奴と一緒でよければ、また前の様に外でキャンプの生活に戻ってもいいんだが、それは嫌なんだろう?」
撫でくり撫でくりとしつつナタリアが、テンテンの請願にそう応える。
「な?! そ、そうよ、あんなのと一緒なんて、絶対イヤ。うぅ、でもあいつを置いては、ナタリアは外には来れないっていうのね? あいつが悪い事をするかもしれないからなのね?」
どうしよう。テンテンは懊悩する。
「まあ、目を離すのは、やはり危険な相手だな。どうもチグハグなところがあって読み辛いのだが、間違いなくあれは何らかの目的を持って行動しているはずだ。誰に向けてのものなのか、強い敵意を宿してもいるようだ。何を企んでいるのかまでは、さっぱりだが」
ナタリアがこれまで通り一緒にいてくれることの方が、それ以外の雑事より大切だ。
あんなのは、タヌキの置物だと思って無視しちゃえばいいんじゃないか。
テンテンの悩みに、また別のテーマが付け加わった。
自分のいないところで、ふたりがずっと一緒にいることの方がよっぽど問題じゃないか。
そして既存の悩みの方は、押し出されて消えてゆく。
「い、いいわよ、分かったわよ。じゃあ、あいつと一緒でもいいから、たまにはキャンプしに外に来なさい。その時には、事前に行くよって笛を吹いておいてよね」
そうしてテンテンは、あっさりと陥落した。
ナタリアの魂胆は傍目には見え透いていたと思うが、テンテンは素直に踊らされた。
とっくの昔に還暦を迎えた年齢であるわけなのだが、テンテンはそれでも素直な良い子なのであった。




