4-10. 元気でね、風邪ひくな、なの
王都へと向かう事になった。港町モーソンから王都へは船旅だ。
ガウェン侯爵領と王都とを、河川を介して繋ぐ物流の玄関口であるからこその港町である。
河川を行き来するのは喫水の浅い帆船で、風任せに遡上することになる。
吹く風のご機嫌次第では立ち往生になる事もあるそうだが、それでも陸路を行くよりは間違いなく早く着くし、それにおおよそは安全なルートだということだった。
陸路で王都に向かおうとすると、途中で山越えが必要となる難所にぶち当たるのだということだ。
ナタリアのペアを組んで行動することになり、そしてウェナンやフィーとはお別れということになった。
僕らはBランクハンターへの昇格を目指し王都へと向かう。
フィー達はここに残ってCランクへの昇格試験を受ける。
なんだか急な話だ。
多少、振り回されてしまっている気がしないでもない。
誰かの目論見通りで、何だか操られてしまってはいないだろうか。
何処かで一拍、敢えて外しておきたいところだ。
今はまだ、ひとまずは様子見をするとしても。
出航の日、出迎えに来てくれたふたりをそれぞれハグする。
元気でいろよ、そして頑張れよ、とギークが告げた。
ついでに、ふたりには金属武器の引換証となる木片を渡す。
木片と、そしてナタリアに一筆書いてもらった紙片もだ。
今後は城内に入る時は気を付けるんだぞ。手間賃を払って組合職員に同行してもらうとか、指導役のハンターの名義で預けるとかした方がいいだろう。そんな忠告も言い添えておく。
「ま、ま、まってカニ姉! 受け取れないよ!」
ギークは首を傾げる。僕もはてな? だ。
金属武器はナタリアの名で城門の兵士に預けた。
貧民窟の一匹狼だった師匠名義では、城門の兵士たちが悪だくみをしないとも限らない。
Bランクハンターであるナタリアの名を使っておいた方が安全と判断した次第である。
金属武器をふたりに返すにあたって、どうするのがベストか、昨日けっこう悩んだのだ。
船着き場自体は城外にあるから、ここで武器を直接渡すこともできる。
でもそうすると彼らが城内に戻ろうとするときに少し困るかもしれない。
だからナタリアに頼んで、城門の兵士に支部長の名前なんかも出して、預けてきて貰ったのだ。
さすがにそれで受け取れないということはないはずである。
こんな高価なものは受け取れない? 何の話?
「あの武器はもう、お前たちのものだ。不要というのでなければ、持っていてくれ」
プルプルとふたり揃って泣きそうな顔で首を振っている。あ、ちょっと面白い。
餞別だと思ってくれていいのですよ? 思えない?
「わかった。じゃあ次に会った時に返して貰う、ということにしようか。それまでは預かっておいてくれ。どれくらいの期間になるかは分からんが、それまでにCランクにあがって、自分の武器を自分で買えるくらいになって、その上でなら返却を受け付けるぞ。だから、また会おうってことだ」
再会の約束。断らせないよ。
ふたりが戸惑っている。なんだろう、なんでそんなに遠慮するのか。
ギークはフィーの小さな顎に指を添えて、少し上を向かせる。
そしてギークはフィーの唇に師匠のそれを重ねる。
ほんの軽く、触れる程度のものだ。挨拶だからね。
お次はウェナンと思ったら、ウェナンが顔を真っ赤にしたフィーに突き飛ばされた。
川に落ち、、、てはいないな。うん、ギリギリで。
おいおい危ないぞ。今の時期に川に飛び込むなんて自殺行為だ。若いからって油断は禁物だ。
……というか、あれ? なんでこんな過剰反応?
ここ暫くの間は、家族も同然の付き合いをしていたわけだし、最後別離の挨拶なら当然キスでしょ?
僕の常識では普通にそうだよ?
ギークがちょっとその常識を弁えていなかったから、昨晩は河童を相手に練習までさせたのに。
「お前はどこの貴族だ。庶民でそんな挨拶をする奴なんて、少なくとも我は見たことがないぞ」
ナタリアがそのドタバタ劇を見て、呆れた口調でそんなことを言った。
(はふぅ、昨晩は夢のような時間だったのであります)
河童のコメントは昨晩の練習についてだな? わざとらしいぞ河童!
お前のそれが、今即席に思い付いた僕への嫌がらせだということは分かっている!
気を取り直そうか。じゃあ、またね! また会おう! だ。
船員たちがもやい綱を解き始めた。もうすぐ船出の時間のようだ。
船上から手を振って、名残を惜しみつつ別れる。うん、良い子たちだった。
風邪ひくなよ、元気でいろよ。それから最後に、死ぬんじゃないぞ。
さあ船である。お約束の船酔いだ。何故かお尻を掘らされちゃう聖騎士アデスの大冒険が回想される。
女を船に乗せているから河の神様がお怒りだ。このままでは転覆してしまう。どうか皆の為に人身御供となって、その身を水神様に捧げてくれ!
「お前はどうして、あの孤児たちの面倒をみていたんだ?」
しかしそんな定番のイベントもなく、ただひたすらに風が冷たい船旅となった。
その最中、ナタリアに尋ねられる。
「遺志だ。カニーファのな」
ギークが簡潔に応える。
何を考えているものか、その目線は川面をじっと眺めたままである。
「遺志? 遺言でもあったのか? だがお前が喰らった相手なのだろう?」
「記憶を継いでいるからな」
ギークの返答が短い。
なにか気に掛かるものでも見えているのかな? 食い物かな? でも、なにもないよ?
「記憶を継ぐ? 姿形だけでは無いのか。それはお前が長く生きて、それで可能になったことか?」
「知らん」
バシャバシャと白波が立ち、川面を切り裂くように波が広がっていく。
あまり綺麗な色ではない河川だが、一応は魚も居るようだ。波間の影に魚影が見えた。
「どんな遺志だ?」
ナタリア、めげないね。
「恩を返す。孤児院に。昔世話になった院長に、というのが正しいが」
川面にくるりと背を向けて、ギークがナタリアと向かい合った。
結局何を見ていたのかは分からずじまいだ。なんなんだよ。
「ああ、それで最後、寄附に行ったりしていたのか。律儀なことだ。ふむ、察するに、その娘はお前が殺したわけではないのだな? まさか恋人だったのか?」
まさかとは何だ、失礼な。
師匠は僕の師匠だぞ。
「さてね、解釈次第だ」
そういえばギークは師匠の記憶を取り込んているから、師匠がギークをどう思っていたとかも、実は知っているのだよね。どう思っていたのだろう? 聞きたいような、聞いちゃダメなような。
師匠の遺志、恩を返す、ね。まあ端的に言うならそういう事になるのか。
師匠が子供だった頃に命を救ってくれた先代の院長。
死にかけていた所を拾ってくれて、介抱してくれて、戦う術を教えてくれて、金属武器の細剣まで譲ってくれた。既に鬼籍の相手だ。というか師匠の金属武器は形見分けでもらったものだ。
師匠はその先代の院長が何時も言っていたことを、いつか実現したいと、そう思っていたそうである。
子供たちが犠牲になることがない世界、全ての子供たちが笑顔で暮らせる世界の実現。
先代の院長が何時も言っていたこととは、そんな標語らしい。
とてもとても遠大で、理想的で、そして宗教的だ。
それが師匠の遺志、思い残したこと、そしてギークが叶えてやりたいと言ったこと。
聞かされてとりあえず唖然としたけれども、うん、まあ、努力目標としてはいいと思う。
近似を目指しましょうという意味でなら。
もちろん一人の力でどうにかなることじゃない。
どうすれば叶うと思うかをギークに問われたので、僕はピラミッド・スキームを提案した。
一人が二人、二人が四人、四人が八人で、何時しか世界は救われる。
というわけでウェナンとフィーには頑張ってもらいたい。
具体的には二人で四人の子供たちに救いの手を、まあ一生の内のどこかでお願いできればと思う。
「孤児たちの窮状は、領主の罪業だし、教会の怠慢だ」
ナタリアが、ギークに向けてそう言った。
藪から棒で唐突だ。何が言いたいですか。
「本来なら、教会は理念を今代より次代へと継承する連鎖の柱であり、良い社会、より良い世界に向けて、人類を導くものであるべきだ。教会が理想を語り、領主は施政でそれを実現すべく努める。本来、そうあるべきものだと我は思う」
先日にもちょっと思ったんだけど、もしかしてナタリアって没落した元貴族かなにかなのか? どうも発想というか、着眼点が庶民的ではないような気がするのだが。
「話が見えないな。何が言いたい」
ギークが訝し気に尋ねる。そうだよね。そんな話はしていなかった。
僕が心の中で、師匠の遺志というキーワードから勝手に話を広げていただけだ。
「今の教会は、本来果たすべき役目を放棄しているということさ。義務を果たしていない。うん? そんな事を話してどうするのか? いや、どうもしないな。ただ、話しておいたほうが良いような、そんな気がしたものでね。宛が外れたかな?」
<<直感>>のギフトか。今の語り、ギーク向けじゃなくよもや僕向けか?
見透かされているようで嫌な感じ。
(ご主人様、ちょっと伺いたいのでありますが、今よろしいでありますか?)
はい、何でしょうか河童さん。
(教会というのは、どれくらいの規模の組織なのでありますか?)
……え? いや、どれくらい言われてもね。
(ナタリアの口振りからは、領主に匹敵するか上回る権力組織と推察したのであります。今はそのようなものがあるのでありますか?)
(今はっていうか、ずっとそうだったと思うの……。むしろこれまでフレデリカが教会を何だと思っていたのかに興味があるの)




