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天国のお土産  作者: トニー
第四章:潜み隠れて名を顕す
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4-07. 霊鉄に謝し人に憤慨す

 俺は鍛冶屋として、一応は成功している部類になるはずだ。

 師事した親方から独立し、生家からの支援もあり、幸運にも恵まれて、店を構えることができた。

 最初は苦労の連続だった。それがようやく、幾人もの弟子を抱えるような規模にまで、店を広げることができた。

 武器鍛冶として、騎士様達からだって何度も仕事を貰っている。


 鍛冶職にも色々と種類がある。農具鍛冶、包丁鍛冶、工具鍛冶、色々だ。小さな村の鍛冶屋なら一人で色々なものを作るが、港町モーソン程の規模の街だと、何かに特化して得意な製品だけを打つというのが、普通になってくる。

 製品についての考え方についても、例えば頑丈さや切れ味や使い勝手といった製品自体の品質を高めるのか、それとも生産性重視でコストの低減を目指すのか、その方向性は鍛冶屋によって様々で、どの選択が正解だと軽々に断じる事はできない。客がついて生計が立つのであれば、少なくとも選択ミスだとは言えないはずだ。

 一方で不正解の定義は簡単だ。客がつかずに廃業する事だと、自分はそう思っていた。しかし他にも不正解はあったようだ。望まない種類の客に憑かれてしまうこと、望まない仕事をする破目に陥ること。下らない仏心を出したばっかりに、弱みを握られて脅迫されてしまう隙を作ってしまった。脇が甘かったとしか言いようがない。


「鍛冶屋に嫌々の仕事をさせたって、ロクな結果にゃならねぇぞ」

「プロなのだろう? 私情は差し挟まずに、良い仕事をしてくれ。金は間違いなく払う。そう悪い話ではないはずだ」


 バカなことを言う。そんな理屈があるものか。

 やはり塩でも撒いて追い払ってやるべきだったのだ。何故そうできなかったのか。


 良い仕事? プロとしての良い仕事ってのはなんだ? 満足のいく仕事ってことか?

 例えば百本釘を打って、最後に一本会心の一釘が打てたとしよう。満足の行かない製品は売り物にしないと豪語する為には、それまでの九十九本はどうすれば良いのだ? 捨てるのか? そしてその会心の一本に百本分の値段を付けるのだな? 誰が買うんだそんな釘。


 自分にできる限りで、良いものを提供する。

 予算含め、提示された条件になるべく沿う形で。なるほどそれは良心的な鍛冶屋だろう。

 ただし自分にできる限りというところが怪しい。そんなもの、どうしたって建前に過ぎない。本心としては相手の都合など知ったことか、好きな物を好きなように作りたいのだ製作者ってものだ。

 そこを堪えて相手の需要に合わせる以上、最善とは言っても妥協の産物ということになる。


 そしてまた、この前の客にはこの金額でこの程度の品質の製品を納品して納得してもらった。ならば同じ程度の額を提示してきた相手には、仮にそれが可能であったとしてもそれを上回る品質の製品を納品してしまっては義理を欠くことにならないだろうか? そういうことで悩む鍛冶屋もいる。


 それぞれの製品はやはり一品物で、その日の体調、手元にある材料、道具の状態、炉の機嫌、そういった諸々が作用して、全く同じものは二つとして作れない。

 全てを常に最高の状態に維持して、常に至高を量産し続けてこその専門職プロだろう、そうでなければそもそも仕事なんて請けてはダメだとか、自分で満足できない出来の製品を売りつける奴はクズだとか、つまり今回の様な難癖の能書きを垂れる若造が時折いる。

 自戒としては結構なことだ。だが他人に向けて要求できる事じゃない。一度できたからと言って同じことができるとは限らんのだし、どうしてできたのかが分からないようなことだって山とあるのだ。


 仕入れた霊鉄の程度を確かめるために、重さを測ったり金槌で打って音を聴いたりしつつ、愚にも付かないことを考える。なぜこんな仕事を請けなければならないのか。誰の責任なのか。

 決まっている、あのクソガキのせいだ。拾ってやった恩を仇で返しやがって。


 武具の素材とする金属には、大きく四つのランクがある、とされている。

 実際には基本となる霊鉄を鍛造する、四種類のレシピがあると言うのが正しい。


 俗にはコモン鋼だとか、レーア鋼だとか言われているわけだが、どれも霊鉄ベースの鍛造鋼だ。金属武器とは全て、霊鉄を鍛えて刃金としたものである。

 霊鉄にも、あの山からとれたものは質が良い、こっちの山からとれたものは今一だという違いがあって、質の悪い霊鉄からはどんなに頑張っても最高ランクとされるレジェ鋼は鍛造できないらしい。まあレジェ鋼鍛造のレシピは教会専属鍛冶の門外不出だというから、それは自体は自分にはあまり関係のない話だが。


 通常はレシピ通り忠実にやれば、最低限の鍛造は成功する。だがほとんどの場合、それでは低級品しか出来ない。名前としてはレーア鋼の武器とあっても、コモン鋼の武器にも劣る品が世に数多出回っているのはその為だ。

 いわゆる習作で、どこの叩き売りで買ったのだか知らないが、貧乏なハンター達が誇らしげに腰に履いているそれらは、真っ当な鍛冶屋の目から見ればゴミみたいな恥ずべき品ばかりである。売る恥知らずも恥知らずだし、買う間抜けも間抜けだ。安いものには安いなりの理由があるのだと知るべきだ。

 

 霊鉄の鍛造では、その過程で様々な素材を添加したり触媒と反応させたりする必要がある。しかしその分量やタイミングは、最適値がその時々の状況で一様ではない。

 炉の温度、霊鉄の質、その時の太陽の位置、月の位置、外の天気、頭上に冠する雲の厚み、昼なのか夜なのか、付近で鳴っている音、色んなものの機嫌が良いか悪いか、いちいち理屈は分からないが、そういうものの影響を受けて揺れ動く。

 名匠というのは、そうした諸々が鉄に及ぼす影響をどうやってか最大漏らさず感じ取って、勘案して適切な調整なり補正なりが行える人々のことだ、と思う。その域はまだ遥かに遠く高く、俺には推測するしかないのだが。いつかそんな境地に立ちたいものだ。くだらぬ雑事になどには惑わされずに。


 つまり、不本意だと思いながら仕事をしなければならない時点で、敢えて手を抜くまでもなく、いい武器なんて作れるはずはないのだ。やはり断固拒否すべきだった。


 名前は何と言ったか、ロッテだったかロッタだったか、まさか店のカウンターにああもデカデカと貼ってある注意書きの内容すら見落とすとは、どんな節穴な目をしていたのか。

 駆け出し(Dランク)のハンターに金属武器を、しかもレーア鋼の武器を売ってしまうとは、あり得ない話だ。出来合いの廉価品だからいいとでも思ったのか。信じ難い。

 何故あんな孤児のガキを弟子にする気になってしまったのか、当時の自分をぶん殴りたい気分だ。だが今の自分にしてもどうだ。証拠の話が事実であれば、連帯責任で縛り首になりかねない。そうかも知れないが、しかしあんな脅迫に屈してしまうとは。自分はこうも肝の細い人間だったのか。


 確かにハンターは、騎士と並んで金属武器の所有が認められている数少ない職業だ。

 だが所有が認められるということと、購入ができるということは別である。

 狩人組合に入会して、武器を購入して、その足で組合を辞めるというようなことが可能であれば、まず禁止している意味がない。だから購入制限が課せられており、売り手側にそれを確認する義務があるのだ。


「Cランク未満のハンターには金属武器は売ってはいけない」

「Cランクのハンターに売ってよい金属武器はコモン鋼に限る」


 そう書いてあっただろうが。何故読まない。何故確認をしない。それで縛り首になって、購入したDランクハンターのガキともども城門に吊るされていれば、世話がないというものである。


 武器は、盗まれたのだということで届けを出していた。当然のことだ。

 誤って販売してしまった、その担当者は縁を切って追放済みだ。それで済む話ではない。事実の通りを言えば管理不行届き、連帯責任でまとめて縛り首にされてしまう恐れさえあった。

 クソガキはどうやってか暫く行方をくらましていたようだが、先日捕まって処刑されたらしい。やれやれ一安心かと思った矢先だった。この客ともいえない客がやってきたのは。


「盗まれたなんてのは嘘だな。俺は知っている。証拠もある。それが何かは言えないが」


 ペイラン人のハーフだろうか。貫録のある壮年、あるいはもう少し年嵩の男だ。貧民窟スラムの住人なのだろう。貧民窟スラムを暴力で支配しているという、破落戸の一味であることが気配や言動からは察せられた。

 いや、違うのかも知れない。一味というより、ボスとしてどっしり構えているのが似合いそうな雰囲気を纏っている。それだけ本気の、重要度が高い交渉に来ているということなのだろうか。


 夜更けのことだ。寝ようというところを叩き起こされた。ふざけるなと追い返そうとしたのだが、それはできなかった。その男のその重厚な威圧感にあてられてしまったものか、信じがたいことに、碌に身動きの一つもとれなかったのだ。

 冷や汗だけがダラダラと背筋を伝っていく。武器を買いに来た駆け出し(Dランク)狩人の小僧というのはこいつの手足だったのに違いない。能無しの腐れ孤児が、なんて相手に俺の武器を売り渡してしまったのか。


「なに、安心してほしい。俺達としてもせっかくできた縁だ。無料ただで武器を寄越せ、格安で卸せ等という無茶を言うつもりはない。お互いの利益になる話がしたいだけだとも。正規の料金にをきちんと支払うことを約束するし、取引が続いている限りはあんたの迷惑にはならないように取り計らう。むしろ料金には色を付けさせて貰おうじゃないか。責任はこちらが負う。あんたは何も気にしなくていい」


 そのような言葉を弄される。馬鹿にしやがって。何がお互いの利益だ。

 だがどうにも袋小路に追い込まれてしまっている。貴族に特別な伝手があるわけでもなく、官憲に気心知れた知人もいない。今更ながら、仕事に打ち込むばかりで、そうした人脈形成の努力が足りなかったという事実を思い知らされる。

 何か打開策が必要だが、何一つ思いつかない。一体俺はどうしたらいいんだ。


「さあ、ここにサインをして貰おうか。安心しろ。この契約書は俺が責任を持って管理する。俺達としても生命線だからな。絶対に官憲の目には触れさせないさ」


 一枚の羊皮紙が差し出された。書かれているのは、今しがた要求されたようなことだ。つまり要約すれば、俺は犯罪を犯します、犯す約束をしました、という証明書にも等しい。こんなものにサインをさせるつもりでいながらにして、迷惑をかけるつもりはないとはよくも言えたものだ。今後はこの契約書を脅迫のネタに活用するぞと、そう言っているのも同然じゃないか。


 そしてもちろん、それこそが意図なのだろう。この書類は担保だ。もし俺が裏切るようなことすれば、この書類が官憲の手に渡ることになる。証拠は既にあると言いつつこんなものを出してくるあたり、既存の証拠とやらの価値は疑わしいが、単に手軽ではないというだけかもしれず、賭けてみる気にはなれない。


 考えてみれば、夜更けに誰に悟られることもなくこの寝室に忍び込んでくることができている時点で、その気になれば証拠などいくらでも作れるのだと、そう言っているのも同然だった。

 単に、俺が契約に自分の意思で同意したのだという、明示的な事実が欲しいだけなのだろう。そうだとすれば証拠を作ろうという意図は、ほんのおまけ程度のものであるに違いない。


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