4-02. 藪をつついて蛇を出す
自分には叶わなかったこと、叶わないことを他人に託す。
それが悪いことだとは、我は思わない。それは他者を支援する強い動機の一つだ。
支援者あってこそ、初めて成し遂げられることは沢山ある。
だが。託した、任せたと言っておきながら。いざ事が成らなかったと知れれば、期待外れだとか失望したとか、挙句にはどう責任を取るつもりだとか、そんなことを言い出す輩が居る。奴らは悪だ。
我なら、そんなくだらない雑魚どもの邪悪さ、卑劣さなどは、鼻で笑うことができる。
なんならお前らの支援が足りなかったからだ、この醜悪な愚図どもめと、罵り返してやってもいい。
だが、それができない奴もいる。縄に吊られて揺れる屍を見て、そいつの事を思い出した。
見知らぬ孤児の屍二つ。
けれど、さてあのカニーファは、何を思ってこれを見上げ立ち止まっていたのか。
人間の死を悼む心を持ち合わせているのかだろう。それとも。
旨そうだとでも、思っていたのか。
黒猫とのリンクを解除する。
他者の視界を覗いていた右眼が復帰、ちぐはぐな二重視覚が正常に戻る。
カニーファが人形少女の回収に戻ってくるようだ。我は踵を返し、出迎えを用意する。
二重視覚は、獲得できる情報の量に酔ってしまって、どうにも気分が悪くなるのが欠点だ。
本来、他者の視覚を借りる際は、身体は安静な状態に置いておくのが望ましいのだろう。
だからこそ、なるべく安静な状態では用いないようにと、本来の逆を我は心がけていた。欠点を克服できれば、そのこと自体が価値を持ち得る。
無意味かもしれない試み。それはそうだ。
だが、些細な無駄やリスクを厭う輩は、大成しないものだ。
「隣、また邪魔をさせてもらうよ」
戻って来た城門の待合所。
返事はないだろうが、声は掛ける。案の定、一切の反応がない。
拒否もされないのだから、構うことはない。人形のような少女の隣に腰掛ける。
この少女、四肢がないため異様に小柄に見える。
本当に人形なのではないかとさえ思えてくるが、カニーファと一緒だった時には表情を変えたりもしていた。今もじっと見ていれば、瞬きをしているのは分かる。
あくまでも人形のような少女、なのであろう。
予想が正しければ、カニーファが振るっていたように見えたギフトは、全てこの少女の仕業ということになるのだが。
本当なら、カニーファが帰ってくる前に、この少女から個別に事情を伺っておきたい所。けれど、それは難しそうだと結論せざるを得なかった。
鉄面皮とはまさにこれだ。言葉が通じているのかさえ外見上からは定かでなく、取り付く島がまるでない。
カニーファは、少女が何か、条件を満たす相手とだけ会話ができる<<念話>>に似た能力を持っているのだと説明していた。
だがしかし、水竜討伐隊の五名、ウェナンとフィーの二人、狩人組合の受付、支部長アラン、城門の兵士、旅籠の店子、誰も満たさないその条件を、カニーファだけが偶々に満たすというのか。
その条件とは一体なんだ。年齢でも性別でも人種でもない。
カニーファもまた<<念話>>に類するギフトの保持者というならば分かる。
だが、それならばそうと言うだろう。
実はできないのではなく、単にしないだけではないのか。
あるいはもっと別の事情によるものではないのか。
そう疑われるし、我の予想は後者である。
飼い馴らした相手に意思を伝える。
そういうギフトではあるまいか。
どちらにせよ、我ではこの少女の演技を崩せないようだとは認めよう。
それは、より強硬な手段に訴えるのであればともかく、という条件付きでだが。
強硬な手段を採ることになるかどうか。それはカニーファが戻ってからの問答次第といったところ。
カニーファが外部とのインタフェースになっているのは間違いない。
ならばこちらとしても交渉はカニーファと行うべきだろう。
「ナタリアか。なぜ、ここにいる?」
予想通りに程なくして、カニーファが現れた。
というかだな、あまり我が言うようなことでもないのだが、一応言っておこうか。
「カニーファ、その如何にも強姦されたてですと言わんばかりの格好で出歩くお前の胆力には脱帽だ」
ビリビリだしボロボロだし半乳は見えているしで酷い有様だ。全裸に襤褸布を巻いただけじゃないか。
「もう少し何とかならなかったのか。まさかそれで城内に入ろうというのではあるまいな」
それでいて髪はセットしたかのようにシャンとしていて、肌には痣のひとつもない。
とにかく違和感しかない。
バカな門衛共がこちらをガン見してきていたので、睨んでおく。
気遣って毛布でも持ってきたらどうなのか。そうも欲求不満を持て余しているなら、商売女に金を落としてやればいいだろう。
「そこのフレデリカを迎えに来ただけだ。部屋に戻ったら着替えるさ」
「そうか、では我も同行させてもらおう。少し話したいことがあるのだ」
チャラリと腕輪を鳴らし、杖を僅かに揺らして、要求を伝える。どちらも我の金属武器だ。
拒否権を与えるつもりはないという、さり気無い意思の表示。うん? さり気無いだろう?
「……、あたしの下宿は一人部屋でね。同性同士でも中には入れない。後日の待ち合わせにさせてもらえるかい?」
「この少女は連れて行くのだろう?」
下手な逃げ口上じゃあないか。どうした。この程度で臆する性根ではないはずだが。
というか、お前の後日は信用がないぞ。組合の支部長が激怒していたのを後で伝えてやろう。
「ああ、人形だと言い張って宿泊費を節約していてね。だが、どうも剣呑だね。まあ、ついて来てくれても構わんよ。それこそ今のあたしの言っても何だが、あんたがその恰好で貧民窟の街角に突っ立っていたら何人が声を掛けて来るかね。後で教えておくれ」
軽く笑って、カニーファが応じてきた。
笑い返す。なに、気にするな。一人二人焦がしてやれば、後は静かになるのが常というものさ。
人形少女を背負ったカニーファと連れ立って、貧民窟の路地を歩く。
案の定で注目の的だが、今のところ道を塞いでくるような不埒者の姿はないようだ。
「お前はなぜこんな場所に暮らしているんだ?」
厳密にいえば、カニーファの顔を認めて慌てて引っ込んだというか、逃げ出したのが何人かいたが。
黙ってついて行くのもなんだ。ふと思った素朴な疑問を口に出す。
「あんたには関係ないだろう? 何故そんなことが知りたい」
問い返されてしまった。
別に、と肩を竦めてジェスチャーで伝える。
「雑談替わりさ。黙って歩いていてもお互い詰まらないだろ」
黙っていては、お互いのこともよく分からないままだしな。
「別にそれ以外のことでも良いのだが、何か面白いことでも喋ってみてくれないか?」
「……、赤鬼がこの付近に現れたという話は知っているか?」
おっと。軽い挑発のつもりだったが、意外な返しがあった。
赤鬼か。あれは失敗だった。実に勿体ないことをしたものだ。
「聞いているよ。いや、詳しくは知らないがね。お前を含む隊商の護衛が襲われたんだろう? そして支部長とレンブレイと、お前の三人で仕留めたということだったが」
フン、と鼻を鳴らしてカニーファが脚は止めずにこちらを振り返り、すぐに顔を戻した。
「アノ銀髪デ、肌ノ黒イ女モ、狩人ダッタ!」
妙なイントネーションで、カニーファが誰かの言葉らしきものを口にする。
我は眉を顰めて、口を噤む。
「あんたが狩り損ねたせいで、赤鬼が本来の活動場所からガウェン侯爵領に流れてきたんだろうと予想しているのだがね。何か言いたいことはあるかい?」




