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天国のお土産  作者: トニー
第三章:港町モーソンの貧民窟
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3-24. 乱痴気の騒ぎ

 フラッゲンたちがカニーファを招いたパーティの会場は、日中でも薄暗い倉庫の中であった。

 訪れた客の無防備さに、フラッゲンはやや意表を突かれた気分で目を細める。


 単身ひとりか。

 おまけに、無手だと?


「武器も持たず、のこのこと来たかよカニーファ。随分と余裕じゃねぇか」


 右隣から嘲りの声が上がる。フラッゲン率いるグループの、幹部のひとりだ。

 今この場には、グループの主だったメンバがほぼ全て揃っている。数十人規模、港町モーソンに付随する貧民窟においては、最大であろう規模の武闘派集団なのだ。


 何かの罠で、こいつ(カニーファ)はエサだという可能性はあるだろうか?

 ありきたりのやり取りは、手下バカどもに任せておけばいい。

 フラッゲンは考える。


 ないだろう。考えにくい話だと、自問に自答する。

 カニーファに、自分自身以外のどんな戦力があるというのか。

 他のまともな(Cランクの)ハンターどもと、貧民窟出身でパルロ人のカニーファは、凡そ疎遠であるはず。

 駆け出し(Dランク)以下の、孤児出身者どもの協力なら得られるだろう。だがそいつらは、つまり金銭がなくて金属武器も碌に買えないようなガキどもだ。連れて来たとして何の役に立つ。

 火付けくらいならできるかもしれない。こんな人口密集地で? 無関係な住人を何百人何千人と殺す大罪を、賞金首ハンターのカニーファが仕掛けてくるとは思えない。


 諦めたのか。

 不機嫌に、フラッゲンはカニーファを睨みつける。


 抵抗しても無駄と悟って、それで無法者ども(おれたち)に渡すことになるくらいならと金属武器を置いて大人しく死にに来た。貧民窟の生まれなら生き汚くて当然だろうに、どこまで権力に都合よく飼い馴らされたらそこまで堕落できるというのか。


「孤児がふたり、吊るされていたのは、あんたたちの差し金、ってことでいいのかい?」


 物怖じをした様子もなく糺してくるカニーファの声を聞いて、フラッゲンはまた別の可能性を考える。

 表情を見れば、カニーファは自信と軽侮とに満ち溢れている。こちらを完全に見下しているようだ。

 死を覚悟した悲愴さが微塵もない。


 とすれば?

 賞金稼ぎの雌犬風情が、愚かしいにも程がある。

 虎の威を借りて自分もそうなったつもりというわけか。


 ジャランと、冷えた鎖の感触を確かめる。

 睨みを利かせているはずだが、堪えている様子はない。

 フラッゲンは片頬を釣り上げる。


 流石に口だけ態度だけということはないようだ。

 力量差が近い相手に威圧の効きが悪い。それは当然の話だ。

 腐ってもCランクハンターということだろう。


 構いやしない。即座には効かずとも、ゆっくりと毒が回るように影響は蓄積されていくものだ。

 そもそもカニーファがこの場に来たという時点で、来ざるを得ない状況に追い込んだという時点で、戦略的なレベルでの勝敗は、既に確定しているのだから。


「どうもテメェは……、自分の立場ってやつが分かってねェンじゃないか?」

「付け上がった雌犬が、なんならお前がこれから俺らにどういった目にあわされる予定なのか、懇切丁寧に教えてやろうか?!」


 十数名が、退路を塞ぐようにして背後へと回った。そして、どいつかが喚く。

 まあ、誰が言っても不思議ではない台詞だ。カニーファは詰まらなそうに切り捨てた。


「そんな話はどうだっていいね。あたしの質問に応えな。あんた等の差し金なのか、あんた等はただの下らい便乗野郎どもなのか、どっちなんだ?」


 カニーファの目が、自分を見据えてきた。

 フラッゲンは凶暴な笑みを浮かべて、見据え返した。


「お前がこの群のリーダーだろう? 答えてもらおうか」


 カニーファの問い掛けに応じるつもりはない。

 少なくとも、カニーファがまだ体の自由を失っていないうちは。


 多勢に無勢。引っ繰り返そうと思えば、敵の首魁を潰すことだ。

 無手で油断させて、奇襲をかける。

 カニーファに企みがあるとして、できそうなことなどそれ位だろう。


 ならばこそ、自分に出る幕はない。

 手下どもに任せておけばいい。威圧で支援に徹するのが正解だ。


「答えろ!」


 カニーファが語気を強める。


「あァ?!」「つけ上がってんじゃねェぞこのアマ!」


 触発されて気の短い奴が何人かキレた。


「後悔させてやる!!」


 真正面からカニーファに掴みかかって、流石に通じない。

 足を引っ掛けられて転倒させら(コカさ)れる。

 容赦のないことに、そのまま半回転しての蹴りを顔面に叩き込まれた。

 潰れ砕けた嫌な音と、断末魔かという絶叫が倉庫内に広まった。


 そして、乱闘騒ぎが始まる。グオラァァァァッ と、モンスターさながらの雄叫びを上げて、カニーファを抑え込みにかかる野郎衆。カニーファはそれをこともなげに一蹴し、殴り飛ばし、投げ潰す。それを、フラッゲンは片肘を立てた姿勢のまま、微動だにせず眺め続けた。


「チッ、妙に動きにくいね。これは、どいつかのギフトなのか?」


 カニーファの舌打ちを、フラッゲンは聞いた。

 余り縦横無尽な暴れっぷりに、よもや全く効いていないのかとも疑ったが。

 なるほどこれでも本人としては精彩を欠いているという認識か。


「ハンターの癖に、金属武器を持ってくるのを忘れたのかァ?! 自分の愚かさを悔やみやがれ、<<蓄力砲撃チャージカノン>>!」


 幹部のひとりが、自身のギフトを発動させてカニーファを狙う。

 しかし、カニーファは身近にいた雑魚の身体を盾代わりにしてそれを凌いだ。


 奴め、相変わらずの無能っぷりだ。

 フラッゲンは舌打ちをした。そんな遠距離攻撃のギフト、この乱戦状況で使ってどうする。

 味方を巻き込むだけだってことが分からないのか。


 分からないのだろうな。薬で身を持ち崩して恵まれていた環境を捨てちまうようなバカだからな。

 フラッゲンは自分の手下を冷たく扱き下ろし、そして嘆く。

 一人でいいから有能で忠実な人間を配下にしたいもんだ。

 何故間抜けで不誠実なクソッタレしか集まってこねェのか。


 犠牲者が増えていく。不愉快だ。不愉快だが、仕方のないことでもある。

 バンバロウのド阿呆が金策をとちった。

 とすると、この冬を乗り切るには食料すら足りない計算になる。

 抗争に備えて、兵隊を集めすぎたからだ。

 口減らしが必要だった。


 節約すれば、凌げないこともない。

 だが全体でやせ衰える道を選べば、離反者が出てしまうだろう。

 そうなれば、一転他のグループから窮状を知られて狙われることになる。

 となればいっその事、ある程度には再起不能になってもらって、兵隊を厳選した方が再起も図りやすい。


「ようやく大人しくなりやがったか、手こずらせやがってよォ」


 倉庫は今や死屍累々。三割近くがやられたであろうか。

 元凶は、今や床に組み伏せられて、俯いている。

 終盤では、だいぶ身のこなしが悪くなっていたから、この決着は必然だった。

 それでもだいぶ粘られたが。


「さぁて、こっからは分かってるだろうな、好き勝手やりやがって。やられちまった仲間たちの分まで、たっぷりと可愛がってやるぜ」


 先刻間抜けなギフトを繰り出していた幹部のひとりが、押さえつけられているカニーファに歩み寄る。

 下卑た三下の台詞を吐いて、カニーファの髪を引っ掴んで顔を起こさせた。

 カニーファの服はボロボロで、随所から白い素肌が覗いている。荒い呼吸に合わせて僅かに肢体が蠢いたかと思えば、急に暴れだそうとしてしかし完封されているのですぐに制圧される。


 まあここから先は若い奴らに好きにやらせておけばいいかと、フラッゲンは考えた。

 威圧は解かず、余裕を持って泰然と、女が甚振られ嬲られる様を見守る。

 酒でも持ってこさせるか。そう考えたときだ。


「な……、にッ……?!」


 カニーファと目があった。カニーファの顔を見た。

 黒髪、白い肌、栗梅色の瞳、だったものが、どういうことか。

 灼々と、煌々と、地獄の炎の如き輝きを放つ赤い瞳が、自分を射竦めていた。


 気が付けば、フラッゲンは立ち上がっていた。余裕の体など、取り繕ってはいられない。

 恐ろしい、恐ろしい、あれは、あれは一体なんだ?!

 身が震え、総毛立つ。


 カニーファの顔は、おかしかった。

 そしてどんどん、おかしくなっていった。

 笑っている。耳まで裂けた口で。のこぎりのような牙を晒して。

 白かった肌は張りを失い硬質化して、毒々しい紫色に。

 華奢だった体は屈強な筋骨に鎧われ、原型もない。


 人間の身体が、冗談のように宙を舞った。

 カニーファを床に押さえつけていた数人の、成人男性の身体である。

 天井に突き刺さる。あるいは跳ね返されて、下に居た何人かを巻き込んで床に広がる(・・・)


 モンスターが現れた。

 カニーファが居たはずの場所に、立っていた。

 鬼? 鬼だ! 紫色の鬼。黒く長い髪は腰まで伸びて、眼光は血色に爛々と輝く。

 誰もが呆然と現実感なくその姿を目に収めた直後。


「グオルゥアァァァァァァァアアアアアァァアアアアア!!」


 倉庫内に反響して轟いた咆哮に、誰しもが意気を砕かれ、思考を挫かれた。

 誰もが身を硬直させた隙に、血色の残光が軌跡を残して倉庫の中を縦横に駆け巡る。


 喰いちぎられた人間の身体の残骸が、別の人間の群れへと向けて投げつけられる。

 投擲の勢いは凄まじく、命中すればもちろん即死。赤い水飛沫と肉片とがまき散らされる。

 怒号、絶叫、断末魔、苦痛を呪う喚き、意味のない悲鳴、狂気を孕んだ哄笑で阿鼻叫喚の地獄絵図。


 チィィィッ

 呆然とした自分を叱咤、歯ぎしりをして、フラッゲンは飛んできた人体を避ける。

 避けつつ、投擲者へと向けて、愛用の武器である分銅鎖を投げつけた。


 フラッゲンの分銅鎖術は我流である。だが熟練の技だ。

 金属の錘は狙い違わず、恐るべき鬼の顔面を捉えて打ち抜いた。

 これまで手ずから葬ってきた相手同様に、鬼が仰け反って斃れる姿をフラッゲンは幻視した。


 だが、鎖が掴まれる。逞しい鬼の腕に。

 獲物を切り裂くための黒く鋭い鉤爪がついた掌に。


「うッ、ウオォォォォォォオオオッ!」


 自分の身体が宙に浮いたのを、フラッゲンは感じ取った。

 意図せず喉からは叫び声が迸る。


 引き寄せられた。鎖を手放さなければと思う暇もない。

 グンッと引かれた勢いだけで浮かされたのだ。


 鎖を掴んでいたほうではない掌で、顔面から頭部にかけてを掴まれる。

 フラッゲンの意識があったのは、ここまでだ。


 何故なら鬼は、掴んだ物をブチリと容易く、引き千切ったからである。

 ニャー、という黒猫の声を、何故か最後に聴いた気がした。


 だからその後に続いた惨劇を、フラッゲンの視点から語ることはできない。

 後日、カニーファの姿に戻ったギークは、狩人組合の城外受付に張られていた依頼票を目に留めることになる。


 貧民窟スラムで多数の人間が一斉に行方不明となった事件が発生。

 現場と思しき場所には夥しい血痕と僅かな肉片が散らばっていた。

 凶悪なモンスターが出現した恐れあり。

 情報の提供者には内容に応じて報酬を支払う。

 原因と思しきモンスターの討伐を成し遂げた者には、最低でもウルレ鋼貨100枚を支払う。

 更にはその正体に応じた追加の報酬を支払うだろう。


 貧民窟スラムの全域制覇を目論んだフラッゲンたちのグループは、そうして潰えた。

 しかしだからと言って、貧民窟スラムに平穏が訪れたり、住民たちの暮らし向きが良くなったりすることはない。

 大きなグループが一つ消えて、縄張り争いはむしろ激化。

 混迷度合いが増したことで、むしろ治安は悪化してゆく一方だろう。


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