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天国のお土産  作者: トニー
第三章:港町モーソンの貧民窟
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3-23. 刑場での呼出

 黒猫がミャーと鳴いてギークの足元を横切った。

 日中で快晴なのに、今日もまたとても寒い。

 水溜りは凍り付き、歩けば霜柱を踏み砕く。

 そんな中で、ギークは絞首刑にされたふたつの遺体を見上げていた。


 吊るされている、痩せこけたふたつの遺体。

 その首には吊るす縄と、名前と罪科とを記した木板とが懸けられていた。

 港町モーソンでは罪人の死体は城外の城門脇に吊るされる。

 城門を潜ろうとしたところ、目ざとくそれらに気が付いたのはミイである。

 城門近くに罪人を吊るすのは、城内で騒ぎを起こすなという警告だ。


(絞首刑とか、未開なの。野蛮なの)


 ミイが呟く。エデナーデを始め、モンスターが多い地域では、モンスターの餌となるような死体をそのままで晒しモノにしたりと言ったことはまず行われない。人間の死体を食べた動物がモンスター化したり、モンスターが強化されたりということが実際にあるし、そうでなくとも外敵を誘引する危険な行為だからだ。

 だが一方で、そうした脅威がそれほど身近ではなく、他方自然豊かでもなく薪の入手にも事欠く地域では通常の葬儀なら杭打ちだし、刑戮なら絞首とするのがごく一般的であった。未開とか文明的だとか言うことこはあまり関係のない、地域による違いに過ぎないことだ。

 けれどもミイにはそんな理解はない。貧民窟があって、鍛冶屋がヘボで、登場人物は推し並べて汚らしく貧乏臭い。おまけに死刑で絞首刑とは。絞首刑にしておけば、ゾンビ化で仮に蘇生してもまたすぐ酸欠で悶え苦しんで死ぬことになる。それを眺めて楽しもうって趣向に違いあるまい。なんて悪趣味な。ここは野蛮人の国だ。ミイは主観において、そう捉えていた。


「これはお前のせいだ、カニーファ」


 不意を突くつもりで掛けて来たのだろう声を聴く。鼻を鳴らして、ギークは不愉快気に振り返る。其処に居たのは、乞食にしか見えない敝衣蓬髪の男。

 もちろんギークはその声の主の存在と接近に気が付いていた。事前にミイが警告していたからだ。

 人影の少ない場所で、ミイの<<地図>>による索敵を掻い潜るのは容易ではないことである。それを可能とする特殊なギフト持ちでもない限りは。


「お前のせいだ。これ以上はと思うのだったら、ついてきてもらおうか」


 ギークは不愉快げに乞食の男を睨み付ける。

 あからさまな脅迫。これ以上とは何を指す? させると思うのか? 問い掛けてもいいが、無駄だろう。


 だからひとまず、大人しく連行されることにした。

 コイツはただの伝言役に過ぎない。問い質すべき相手は、おそらくは今から行く先に居るはずだ。


 しかしこのふたり、吊るされたのはいつのことだろうか。

 水竜の討伐成功を祝う一席が設けられたのは一昨日。今日ギークは水竜討伐の報酬を受け取るため、狩人組合に顔を出すつもりだったのだが、予定は変更せざるを得ないだろう。


 罪状に添えられていた処刑日を見れば昨日となっている。

 昨日はギークは殆ど寝ているだけの一日を過ごしたが、その間ずっとこの乞食は寒空の下でギークの来訪を待っていたのだろうか。


(うぅ、うぅぅ、き、気持ちが悪いの。ギークのバカ、ギークのバカ、ギークのバカァ。吐き気が、吐き気がエンドレスにワルツってるの)


 昨日ギークは、ミイの悪罵と煩悶の呻きで目が覚めた。

 虚無から意識が浮上して、最初に考えたのはまたなのかという疑問である。


(ああ?! 妊娠したらこうなるって聞いたことがあるの! ギークのバカがきっと、僕の意識がないのをいいことに、ゆうべはおたのしみでしたね、とか言われることをやらかしたに違いないの! 天罰なの!)


 黙れとジェスチャーでギークはミイに訴求する。ただでさえ痛い頭がさらに痛くなる。甲高い思念こえで喚くんじゃねえよ。


(ギャィァァアアアッ、やっぱりなの! ギークが服を着ていないの! オマケにスッパなウェナン少年を抱き締めているの?! 父親はショタボーイなの! あぅあぅ、なんてことなの、これじゃ天国で師匠に顔向けできないの)


 頭が割れそうだ。やめろこのバカ。


「……ミイ、黙れ、殺すぞ」


 ジェスチャーが通じないので、くぐもった声でギークは呟く。

 それだけのことも今の彼には重労働だ。


 ところで俺が先刻から抱きしめている暖かいものは何だ?

 抱き締めを緩めて、確認する。


 ああ、ウェナンか。なんでコイツ服着てないんだ?

 いや、そういえば俺もなぜだか全裸だな。


 モゾモゾと、ギークはウェナンの顔を正面に持ってくる。

 質問をしようと思ったのだが、白目を剥いてブクブクと泡を吹いているようだ。

 抱きしめる力に手加減が、ちょっとばかり足りていなかったと見える。


「……んン、あ! カニ姉、起きた?!」


 ギークの背中側で、何やらゴソゴソと蠢くものの気配がした。

 背後にはフィーがしがみついていたようだ。

 フィーは跳ねるようにバッと起き上がり、パタパタと寝台の周りを半周した。

 そして全裸のウェナン少年を寝台から引きずり降ろし、部屋の隅の方へと蹴り転がす。

 部屋の隅まで転がして行って、更に何発か蹴りを叩き込んでいる模様。ギークはその様子をぼんやりと眺めていた。


(旦那の浮気現場を発見した正妻の怒りなの。次にはギークが制裁の包丁を受けることになるの)


 と、ミイはギークに予想を述べたが、フラリと居なくなったフィーが戻ってきたときに手に持っていたのは、鋼の輝きではなくて水の入ったグラスであった。


「カニ姉、大丈夫? ボク、お水貰ってきたけど」


 ありがたく頂いて一息に呷る。少しだけ何かが洗い流された気がした。もう一杯を頼む。

 それからフィーは甲斐甲斐しく、濡れ布巾で体を拭ってくれたり、背中を摩ってくれたりした。


(助かるの。そしてフィーがとても幸せそうなの。この子はきっといい侍女になれるの)


 ミイがまた妙なことを述懐している、とギークは思った。

 コイツの謎発言にいちいち付き合ってはいられないので、無視する。


「それで、昨晩の死因は何だ?」


 そして気がかりを尋ねる。

 祝席で乾杯をした状況から、どうして死ぬ様な事になったのか。

 毎度のことだが、記憶がはっきりしない。

 嘔吐感と頭痛の具合はこれまででもトップレベルに最悪だ。


(死んでないんだから死因なんてあるわけないの。単なる飲み過ぎなの。ギークはバカなの。今後の飲酒禁止を申し付けるの)

御館ギーク様、昨晩のバイタルパラメータの変動状況から予測するに、御館様にエタノールの摂取はまだ早すぎるものと考えられるであります。後十五、六年は我慢するべきものであります)


 フレデリカが割り込んできた。

 近頃、フレデリカはギークの事を御館様と呼び出した。きっかけは雪の降る中で観覧した演劇だろうが、悪口の類ではないらしいのでならば好きに呼べばいいさとギークはスルーしている。

 さて、こいつらは何を言っている? 酒を飲むな? なにを馬鹿な、酒ごときでこんな状態になるわけがないだろう。カニーファの記憶をベースに、ギークはそう考えた。


「あっ、カニ姉、わっ、わぁっ、キャッ」


 とりあえず、まだ怠い。ギークはもう一寝入りすることにした。

 今度はフィーを湯たんぽ役に任命する。何かないと寒いのだ。


 腕にそれほど力は篭めていない。フィーは抜け出そうと思えばできるはずだ。

 けれど首から上を真っ赤にして、ダメ、ダメだよカニ姉、とか囁きつつも、自分から抱き締め返してきた。先程のウェナンに比べて、体温が高く温かくて実に快適な暖房女子である。 


「はい、カニーファ様ですね。言伝を預かっております」


 そんな有様だったギークが、なんとか持ち直して旅籠屋を後にすることができたのは、もう太陽が中天を過ぎて西側へと傾きつつある頃であった。レンブレイたちの姿はとうになく、代わりに店番から支払いは済んでいること、城内の組合に「即刻出頭しろ!」との言伝を預かっていることを告げられる。


 ギークは今後の行動計画プランを考える。

 眩暈は残っているが嘔吐感の方は急速に改善されたことを受けて、まずは食事だろう。ウェナンとフィーには奢ってやる。丸々と肥え太らせなければ。

 後はこの二人と城門で別れて、いつもの下宿屋で今日は二度寝する。体調不良だから仕方がない。明日は武器の手入れで鍛冶屋にも行っておきたいので、組合に行くのはその後でよかろう。鍛冶屋や組合にウェナンやフィーを同行させる必要はないだろうから、明日は集合なしで自由行動をさせておけばいいか。何故かウェナンの方は怪我人のようだし、休養が必要だろう。

 天気が悪い日は潮干狩りには行かない。訓練自体を中止にして自由行動としている。珍しいことでもない。


 あれ? 城内の組合に行くんじゃというフィーを、後で行くさとスルーして大衆食堂へ。涙目でプルプル首を横に振っているウェナンに、漏斗で飼料を流し込むようなイメージでメシを食わせる。

 さあ食え、ほら食え、食わないとケガも治らんぞー。ギークにそのつもりはないのだが、傍から見ていると肥え太らせてから食べようとしているようにしか見えず、違うよね? ダメだからね? とミイが何度かギークに念を押し続けた。


「あぅ、う、もうムリ。食べられない、食べられないです。ムリです。カニ姉、ひどい……」


 それを見てフィー、とりあえず顔は上げずに黙々と何かを口へと運び続ける。

 ご飯が食べられるというのは、幸せなこと。うん、飢え死にするかもしれなかったあの頃に比べて、ボクたちはなんて幸せなんだろう。なんだかちょっと味がしないけれど、というかボクの番が来ませんように。

 フィーの祈りは果たして通じるのか否か。そろそろランチタイムは終了の時間じゃないかな、ラストオーダーの伺いはまだなのかな。暴走するギークの制止を諦めて、ミイはそんなことを考えていた。


「ちょっと野暮用があるから、ふたりは城内に先に戻りな。明日は悪いけどお休みだ。明後日にまたいつも通り城門前ってことにしたいが、いいかい?」


 ウェナンとフィー、天を仰いでグロッキー。今度はこのふたりが動けない。

 そろそろ止めないと嘔吐されてしまうであります、とフレデリカが警告しなかったならば、ギークの凶行はまだまだ続いたであろう。

 吐かれるともったいない、そうなったらその分は口吸いで回収してやるか、なんてことまでギークは考えた。しかしカニーファ的常識に照らして、普通衆目のある場所でそんなことをする人間は居ないと気付いて断念している。そつなくカニーファをやっているようで、実は色々と綱渡りなギークなのであった。

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