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天国のお土産  作者: トニー
第三章:港町モーソンの貧民窟
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3-21. 賞金稼ぎ稼業

 ちょうど借金取りを名乗る男が孤児院に押しかけてきて散々騒いでいたところ、ふらりとやってきてくれたカニ姉が、どうやったのか場を収めてくれた後のことだったと思う。カニ姉は賞金稼ぎで、貧民窟の破落戸ごろつきたちを獲物にしているのだと聞いたけど、どうしてカニ姉はあんなにおっかない人たちに勝てるのとの質問が出たことがある。


「奴等は暴力の専門家を気取っているが、実のところ連中が普段専らにしているのは恐喝だ。練度で兵士に及ばず、経験で狩人に及ばず、純粋な戦闘に関する実力は、殆どのヤツが実は大したことはない」


 それがカニ姉の答えだった。「それならオレでも勝てるー?」と尋ねてくる声には「子供より弱いという意味ではないぞ。あくまで戦闘を生業とする本職と比べてどうかという話だ」とも付け足していたけれど。


「連中が真正面から、いきなり切り掛かってくるということはまずないはずだ。最初は恫喝してくる。威圧してこちらが委縮したとみれば、嵩に懸かって攻勢に出てくるのだ。自分を強く大きく見せて、本来なら実力に大差がない相手さえも圧倒する、それが連中のやり口だ。いいか、だから重要なことはだな」


 耳を貸さないことだと、カニ姉はそういった。子供向けの注意である。続く言葉は「連中が何か喚いているのを無視して一目散に逃げろ」だ。でももうオレはあの頃の無力なガキじゃない。


 カニ姉に借りた、金属の短鎗を握りなおす。硬質の冷たい感触が返ってくる。

 大斧を担いだ巨漢が仁王立ちで何かを喚いている。「おうガキども!」以降の発言はカニ姉の助言に従って完全に無視。耳には入ってくるが、意味の解釈は放棄する。放棄できると信じる。ただ集中、今すべきことに唯々集中するのだ。

 相手を計る。体が大きい。武器は重そうな大斧だ。上半身には着ている鎧はモンスターの外皮を鞣したものだろうか。金属武器といえども自分の非力では、貫いて一撃で致命傷までいけるかはかなり怪しい。ならば狙うべきは鎧に守られていない箇所。

 瞬着で飛び込んで、喉に一突き。躱されるだろうが、相手は重量物を担いでいるのだ。恐らく多少なりともバランスを崩すはず。その隙に太ももに一撃を入れる。そこまでできれば、その後の展開は断然違ってくるだろう。やはり逃げるにしても、フィーと連携して次を狙うにしても。

 取り巻きが二名いるが、ひとまずは無視でいいはず。中心人物を負傷させることで、動揺を誘えるだろう。


ッ」


 巨漢が、言葉を言い切ったかどうかというタイミングで、オレは仕掛けた。

 瞬着を発動、金属鎗を突き上げたところまでは目論見通り。

 練習した甲斐あっての、今時点では満足すべきレベルの奇襲ができたと思う。

 若干たたらを踏んでしまったのは、ご愛敬の内ということにしておいてほしい。


「あれ?」


 思わず、間抜けな戸惑いを声に出してしまった。

 だって余りにもあっさりと、短鎗が巨漢の喉を貫いたのだ。

 相手は避けることもせず、眼前に突然現れたオレを呆と見下ろしていた。

 そのまま無防備に、突き出された鎗の穂先を受け入れた。

 巨漢は、何が起きたのか全く理解できていないようだった。

 オレが鎗を手元に引いて、それで喉にぽっかりと空いた黒い穴から、真っ赤な鮮血をブクブクとした血の泡と共に溢れさせている。

 身体が大きすぎて、総身に何かが回りかねていたのではあるまいか。呆気なさすぎる。

 首元を両手で押さえるようなリアクションを取りつつ、口をパクパクとさせたかと思うと、見掛け倒しの巨漢はすぐに地面にどうと倒れた。


「あ」


 フィーが目をぱちくりとさせて、こちらを見ている。こっちは巨漢のさっきまでの口上を、しっかりと聞いてしまっていたらしい。カニ姉の教えを守らないなんて、弟子失格だと思う。

 取り巻きだった二名が、何が起きたのかを遅蒔きながら理解したのだろう、逃げ出そうとした。オレとしては別に逃げるなら追う必要なんてないと思っていたのだけれど、フィーが「絶対に逃がしちゃダメ!」と強く言うので追い駆けた。オレとフィー、それぞれで一名ずつを撃破。ちゃんと試合形式で戦っていたらどうだったのかは分からないけど、逃げる相手を追いかけて背中から突き刺すだけだったから歯応えも何もない。


「なんで逃がしちゃダメだったのさ」


 この三人、首を切り落として組合受付までもっていけば、賞金首として換金してもらえるだろうか? そんなことを考えながら、フィーに尋ねる。


「カニ姉に迷惑がかかることになりそうだったからに決まってるでしょ! てゆうかあんたもうちょっと考えて動きなさいよ! うまくいったからよかったものの……、ああでもどうしよう、この場面とか、離れた場所で監視している誰かとかいるのかも……」


 フィーが何を気にしているのかよく分からなかったので、巨漢が何を喋っていたのかを改めてフィーに聞く。


「仕事でもないのに金属武器を持って集団で行動していたから、犯罪者集団として目を付けられたかもしれないってこと?!」


 ルールが理不尽なのは今に始まったことじゃないけれど、無茶苦茶だ。

 しかもそれを指摘してきたのが、まさにそのルール違反で生計を立てているに違いないこの破落戸たちだっていうのだから笑えないって言うか、いやそもそも破落戸だっていう認識が間違ってた?

 血の気の引いた音が聞こえた。


「え、まさかこの方々、この見た目で賞金稼ぎだったりとか……」


 賞金稼ぎとは要は私人逮捕のことである。賞金首というが、氏名に対して賞金が懸かるケースは稀だ。大抵は行為にかかる。賞金稼ぎが「城内で金属武器を振り回している相手を捕まえました。これが証拠品の金属武器です」であり、駐在の兵士が「そうかよくやったこれが賞金だ。犯人は死罪とする、武器ともどもこちらに引き渡してもらおう」となる。


「わかんない! だってウェナンが話の途中で突っ込んでいっちゃうから。ハンターの組合証持ってるか、ちょっとそっちの分探してみてよ。ボクはこっちのを探すから」

「それは了解だけど、ハンターじゃないからって、賞金稼ぎじゃないとは限らないんじゃ……」


 ハンターが賞金稼ぎを行う場合、証拠の提出や犯人引き渡しは組合が代行してくれるし、何か情報があれば売ってくれることもある。しかしハンターであることは賞金稼ぎの必須要件ではない。


「この斧! どう見たって金属武器でしょ。それでハンターじゃないんだったら、貧民窟スラムの匪賊なのはほぼ確定ってことになるじゃない! もうちょっと考えてよ!」


 フィーのあたりがきつい。

 懸念が外れて、やっぱりこいつらが単なる破落戸だった場合には、どうしてくれよう。


 結局、遺骸から組合証は見つからなかった。

 なので、巨漢の首と、大斧だけ持って、オレ達は組合の城外受付に向かうことにした。オレとフィーが、賞金稼ぎをした体で報告をすることにしたのだ。

 そのついでにオレとフィーが、金属武器を持った状態で一緒に行動している状態が本当にまずいのかどうか、相談に乗ってもらうつもりだった。カニ姉と合流してからの方がいいのではないかとも話し合ったのだけれど、もしあの巨漢に他にも仲間がいて、街の兵士辺りにあることないこと先に吹き込まれてしまっては大変なので、行動を起こすことにした。相談するなら早い方がいい。


「この首……! 大変、き、君たち、ちょっと待っていてね!?」


 なんだか受付の人の対応が、オレ達が水竜の鱗を提出した時とよく似ていた気がする。

 よもやこの巨漢、それなりの大物だったのだろうか?

 賞金首として大物だという線は、ちょっと考えにくい。だって弱かったし。

 そうすると薄い線だと思っていたけれど、貴族様の親戚だとかご本人様とか。

 オレはフィーに目配せをする。フィーには、入り口の方で待機してもらっている。

 オレなら万が一の際、瞬着でそこまで移動して、それで逃げることができるはずという算段でそうしたのだ。


 どうしよう? 逃げようか?


 オレのアイコンタクトに、フィーはちょっと迷ったようだったが、首は横に振られた。

 今のところ、この建屋の裏手から誰かがご注進に駆け出して行ったとか、そういったことはないようだ。


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