3-20. 下位竜討伐戦
今回、狩人組合からレンブレイたちが請けた指名依頼の内容は、街の近郊に出現した規格外モンスター、水竜の駆除である。
駆除であるから、追い払って街から遠ざけるだけでも、目的を達成したことにはなる。
だがもちろん、適うならば討伐の方が望ましい。
単なる撃退では、討伐のそれと比べて報酬は半分以下になるだろう。同じ水竜がまた舞い戻ってくる可能性を残してしまう以上、組合としてはその備え分を差っ引かないわけにはいかないからだ。
取り逃がした間抜けに過大に報酬を支払ってしまえば、後続に払う金銭が無くなる。それで予算の追加請求などしようものなら、最初の討伐戦で打ち漏らしたせいで余計な出費が必要となったのに、その費用までもを請求するとはどんな恥知らずなのかと領主からは言われるだろう。
最善を尽くしたであるとか、他にどうしようもなかったとか、そうしたハンター側の事情は評価されない。勝ったか負けたか、仕留めたのか逃したのか、結果が全てだ。
「今のところは、順調か。カニーファのあのギフトは、思った以上に便利なものだな」
戦況を俯瞰して、レンブレイが独白する。
無論、レンブレイが狙うのは討伐である。頭数としての戦力が多少心許なかろうが、それは余り関係ない。少なくとも水竜には、もうこの場所は懲り懲りだと思わせるだけの、手痛い損害を与える必要があるのだ。最初から撃退狙いなどという弱気では、それすらも覚束ないだろうとレンブレイは考えていた。
討伐作戦の肝は、どこまで水竜をダナサス川本流及びその河口から内陸に誘き寄せることができるかどうか。黒魔法をも実は使い熟すナタリアが、精神操作の焦慮を水竜に仕掛ける。それから挑発系ギフト持ちの二人が苛立つ水竜を可能な限り引っ張ってきて、最後の一人が用意した罠に嵌める。後は自身を主力とする一斉攻撃で獲物を仕留めるというのが、立てた作戦の大綱だ。
ここに金属弓を使うカニーファことギークが加わった。地図持ちということで、当初レンブレイが期待したのは索敵および指揮の補佐役だ。確かにギークはその期待にも応えた。水竜が活動を始めたことを告げ、エサを撒くべきポイントや、予想される上陸地点などを的確にレンブレイに伝えた。
だが今は挑発役としてこれ以上ない程の活躍を見せていた。戦端が開かれたとみるや早矢乙矢でローテーション、引戻しのギフトで射掛けた矢を回収しては次に番える戦闘スタイルだ。命中しても鱗で弾かれてしまっているから、水竜そのものに与えている損害程度自体はたかが知れているだろう。しかし一方的な攻撃である上に手数が多い。他のメンバーは知らないことだが、過日に手痛い一矢を貰った怒りも相まって、水竜はギークを最大に目障りで腹立たしい敵対者と見做し、そして執拗に追いかけ回していた。
「やはり鏃を少し弄ったくらいでは通らんか。あの鱗、俺にも欲しいな」
(そうなの? 何なら仕留めたあと食べてみたらいいの。生えてくるかもしれないの。でもその際は、師匠の姿をやめてから試すの。師匠の柔肌に鱗が生えてくるなんて、僕には耐えられないの)
敢えて目鼻口という攻撃が通りそうな箇所は避けて狙いつつ、ギークは水竜のヘイトを稼ぎ続ける。
目標は、レンブレイ率いる水竜討伐隊最後の一人が幾つか設置した罠の直上、またはその罠の何れかが予想される逃走経路上に重なるだろう位置にまで、水竜を誘導すること。
(蓄積率、推定で六割を超えたであります。やはり我々だけで討伐も可能であったと予想するであります)
相変わらずギークに背負われているフレデリカが、ギークとミイにしか聞こえない声で告げる。
(しかし矢の痛みもまた想定通り激しいのであります。ご主人様、今回収した矢は矢筒に仕舞って、次の矢に替えるべきであります)
(むぅ、痛むのが早いの。あの能足りんで口だけな鍛冶屋がちゃんと仕事をしないからこんなに脆い仕上がりになったの。この狩りが終わったらまた手入れに持ち込まないといけないの。それを狙ってわざと壊れやすく弄ったのじゃないかとさえ疑われるの)
ミイが愚痴る。対水竜戦を想定して強化した矢の出来栄えが、お気に召さないのだ。
孤児院の院長に紹介された城内の鍛冶屋には相手にされず、已む無く貧民窟の鍛冶屋を頼ったのだが、その品揃えと態度と腕の悪さにひどく憤慨したミイであった。
ミイの鍛冶屋の基準は、日々モンスターの群れと戦闘に明け暮れる騎士たちの街エデナーデである。だから基本的には平穏である東側諸国で、うだつの上がらない鍛冶屋などを営んでいる相手には、無理難題が過ぎることを要求しすぎたというだけのことなのだが、もちろんそんなことにはミイは気が付かない。
ギシャォォォォッ ウギュルグガァァァァァアアアアアアッ!!
水竜が吠えた。地面に横たわっていた長大な身の半ばを起こし、起こした上体をゆらゆらと揺すって、遮るもののない平野の大気をビリビリと震撼させる。
(これは、罠にかかったわけではないであります)
(追いかけっこに業を煮やして飛び掛かってくるつもりなの。着地したらその勢いで滑走して、挙句に尻尾を振り回して周囲の一掃を図る荒っぽい大技がくるの。気をつけるの)
フレデリカとミイが、それぞれギークに注意を喚起する。
「フン、ならばヤツが吶喊の勢いのままに、自分から罠に突っ込んでいく形にすのが良さそうだな。真っ直ぐ俺を狙ってきてくれれば話が早いのだが」
ギークには余裕がある。正体は妖鬼《Bランクモンスター》である彼に対して、同格である下位竜の咆哮は本来の効果を発揮しない。絶望に意気を挫かれることも、恐れからの焦燥に駆られることもない。
ギークにとっては単に喧しいと感じるだけの騒音だ。
だがそれ以外の、人間たちであるメンバーにとってはどうか。
ミイは地図のギフトで他のメンバーの配置と様子とを確認する。
挑発のギフト持ちが右手に二名。魔術師を名乗ったナタリアが後方に控えていたが、水竜の挙動を見て取った瞬間に身を翻し撤収していた。ナタリアのそれは怯えたわけではなく、行動パターンの変化を警戒したのだろう。では前者の二人は?
持ち上げた状態から遥か眼下の地上を水竜は睥睨する。
水竜が飛び掛かるべき相手と見定めていたのは散々に矢を射掛けてきた腹立たしい小娘だ。
しかしイザというその瞬間、偶然か狙ったものか、挑発持ちの二人がほとんど同時にギフトを仕掛けて水竜の注意を引いた。
「バカヤロウッ 逃げろーーーッ!」
水竜の大音量の咆哮で麻痺していた二人の耳に、レンブレイの警告が今更に届く。それは遅きに失した。
知らないものには想像し難い光景。まさか水竜のこの大質量が、よもや黒々高々と宙を舞おうとは。
呆気に取られて天を仰ぐ二人のハンターは、飛び掛かってくる水竜の目を見たのか。
ズガガガガガァァァァァァァァァンンンンン!! と隕石でも落ちてきたかのような激音が轟く。
彼らは、身動き一つとることができないまま、墜落してきた漆黒の天に押し潰されて血泥と化した。
(あー、なの。あれはちょっと助からない気がするの。というかあの二人に付けていたマーカが消えちゃったの。ギークが全部をお召し上がりになった時と同じなの)
「どうする」
ギークは大地の揺れを嫌ってひらりと跳んでいた。それなりに重量のあるフレデリカを背負っているにもかかわらず、余りそれを感じさせない身軽さで着地する。
(別に作戦が変わるわけではないと思うの。誘き寄せて、罠に嵌めて、集中攻撃。集中攻撃の度合いが、少し低下しただけの話なの)
仮にレンブレイたちが仕掛けている罠にうまく嵌ってくれなくとも、ギーク達には勝算がある。フレデリカが先ほど申告してきた通り、改良した鏃には毒が仕込んであるからだ。
毒は、購入したものではない。凡そ下位竜にさえ通用するような毒物など、街では市販はされていない。干潟に生息していた毒持ち生物を解析したフレデリカが、これとあれとそれを組み合わせてこうやって調合すれば、水竜にも通用する麻痺毒になるでありますで練り出した、オリジナルブレンドだ。
「くっそ、犠牲者を出しちまうとは。。。カニーファ! なんとか罠の方には誘導できないか!?」
歯噛みしつつ、レンブレイがギークに問い掛ける。
ギークは任せろと行動で応じて、自分の背後に罠が来る位置取りに移動する。
ガキュィィィィイインッ
ガキュィィィィイインッ
再び自分の方に鎌首を擡げる水竜に毒矢を射掛ける。
シュグルルルルルゥゥゥゥゥゥアアアアアッ
ギシェォォォォアアアアアッ
身をバネのようにして力を溜め、今度は水平に飛び掛かってくる水竜。
その様子に、ギークは口の端を釣り上げた。




