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天国のお土産  作者: トニー
第三章:港町モーソンの貧民窟
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3-19. 無知故の死地

 ガラス瓶が回転しながら宙を飛ぶ。もちろん零ベクトルに非ず、何か(・・)に衝突して床に転がった。

 不意打ちの強打に悶絶寸前となって、悲鳴を上げつつ蹲るその何か(・・)を露骨に見下して、バンバロウが苛立ちを吐き捨てる。


「……失敗しましただァ?! 意味わかんねぇ、なにほざいてんだテメェ? どんな奇跡が相手に起これば、そんなことが起こり得るってんだ。駆け出しハンターの、おまけに乞食同然のガキ二匹相手に、おめおめ追い散らされて戻ってきましただァ??? クッ、クカアハハハハッ、もうダメだ。もうダメだぜ。オメェもういいよ、死ね。首括って死ねよクソが。それとも俺に殺されてみるか? あ?」


 バンバロウは、自身の金属武器である大斧の柄に手を伸ばし、そして持ち上げる。彼の丸太の如く太い腕の筋肉がビシビシと音を立て、それを骨肉の重厚な肩に担いだ時にはズンッと沈んだ音がした。超重量のバトルアックス。これを片腕で振り回せるのがバンバロウの自慢である。 


「俺様が出向くっきゃねェのかよ。くっだらねェ……、ンだよそれ。オラッ、いつまで大袈裟に悶えてやがんだ! とっとと案内しねェか! まさかそれすらできねェ、つーんじゃねェだろうな? 道案内すら自信ねェとかほざくようなら、マジで今すぐ挽肉だぜ?! オウ、わかったんかいこのボケがッ!」


 湿った土嚢を木槌でぶん殴ったような音が響く。報告という貧乏くじを引かされた哀れな配下を、モンスターの固い革を加工して作られた堅牢な靴のつま先で、バンバロウが蹴りつけたからである。


 カニーファからは、情報を引き出す必要がある。

 <<収納>>の事実確認にしても、美容の話にしてもだ。

 そうすると、カニーファと直に刃を交えるのは得策ではない。うっかり殺してしまう可能性がある。

 数で囲むか、人質を取るか。その後の展開も考えれば、後者が良さそうなのは自明である。


 その人質候補のガキども二匹が、カニーファと離れて野外を別行動中となれば、これはもう略取してくれと言わんばかりじゃないか。そんなあからさまな好機すらモノに出来ねぇってんなら、あとこいつ等に任せることができる仕事なんて爆弾抱えて敵もろともに自爆するくらいしかないだろう。

 やれやれだぜ。次の抗争おまつりでは楽しみにしてやがれ。右手に大斧を担ぎ、左手には鼻血を流して呻く男を引き摺って、真打登場の気分にてバンバロウは出陣した。


「うわっとっとっと!」


 急制動につんのめって、ウェナンがフィーの脇を転がっていく。

 カニーファとひとまず別れて港町モーソンの側まで戻って来た二人は、ただいま野原でギフトの修練中だった。


「ちょっとー、何回目よウェナン。センスないわね。ボクもう、目印役で突っ立ってるの飽きたんだけど」

「難しいんだよコレ! いやでも待って、分かって来たから。もうちょっと、もうちょっとだけ!」


 武器を構えて立っているフィーを相手に、ウェナンが<<瞬着>>のギフトを発動させて間合いに飛び込む。フィーの目線からすると、確かに一瞬で間合いが詰められるので驚きはあるが、その後ウェナンが勝手に悲鳴を上げつつコロコロ転がっていくので、何をやっているのかという感じだ。


「もう押し倒されるのだけは勘弁だからねー。痛かったんだからさー。大体アンタに抱き着かれても嬉しくもなんともないし? てゆうかキモいし?」

「うっさいなー! 悪かったって。最初の一回だけだろ! 角度が重要なんだよ、角度が。あと嬉しいとか嬉しくないとか聞いてないから。つい最近まで寒いからって抱き着いてきてたくせに何だってんだ」

「なにいってんのよ?! デリカシーがないわね! カウンターでブッスリやられたいの!?」


 フィーが顔を少し赤らめてキーキーと喚く。

 二人は城内に宿を借りているが、これまではほとんど物置同然の一角を格安で使わせてもらっていた。まさに乞食同然の生活である。

 季節の移り変わりで気温が低くなってきて、ルーアもいたときは三人で、居なくなってからはお互いで、温め合うしかなかった時期もあった。


 それがカニーファと行動を共にするようになって、モンスターも狩れるようになり、ある程度の収入が得られるようになったことで、もう少しちゃんとした、床は冷たい土ではなく、火鉢や藁布団があって、隙間風も余り入ってこない、彼ら彼女らの基準ではちょっと豪勢すぎるくらいの部屋を、借りることができるようになっていた。

 ウェナン達としては、カニーファが借りているという貧民窟スラムの下宿も転居する居住場所の候補と考えたのだが、春になるまではやめておけというカニーファことギークの忠告により、断念している。

 二人に一部屋は貸してくれないし、十分な暖房設備もなく、布団でも火鉢でも持ち込めはするものの、置きっ放しで外出すれば間違いなく盗まれるから、というのが忠告の理由であった。つまり流石に床は土ではないが、改善される前のフィーたちが寝泊りしていた環境と余り変わらない状況の下宿に、カニーファも長年に渡り住んでいたのだということだ。

 フィーが、貧民窟スラムにはそういう宿しかないのですか、と聞いた時のギークの回答は次の通り。


貧民窟スラムというか、城外というなら、夜にはお湯を出してくれるような護衛付の宿だってちゃんとあるさ。お前たちがCランクになって、あたしと別れて城外暮らしをようになったら、まあそう言う宿を借りることだね。……、黙れミイ、別に俺にはそんなものは不要だ(いらん)


 最後の発言は小声の呟きで、フィーにはよく聞き取れなかったけれど、一人前(Cランク)と認められるまでになったカニーファが、なぜそうしたよりよい宿に転居しなかったのかについては、何となく予想ができた。

 孤児院に、稼ぎの多くを寄付してしまっていたからに違いない。

 自分たちもそうすべきではないか、そうしたい、という思いがある。でもきっと、今の自分たちからの寄付は、院長先生は受け取ってくれないのだろうなと、フィーは思う。

 院を出る時に言われたからだ。


「あんたたちから金銭を受け取る気はないよ。まあ、有名(Bランク以上)にでもなって、余ってしまって困っているんだよと言うくらいになれば、貰ってもあげるけどね。でもまあ、変なこと考える前に、まずはきちんと自立すること! ハンターなんて、その日暮しの代名詞みたいなものなんだからね!」


 ウェナンの特訓相手を務めながら、フィーは考える。

 院長先生は、カニ姉もだけど、ボクたちがハンターになるのに最後まで反対していた。

 少し戦えるようになった今だからこそ、他所の孤児院の出身者たちが、みんなDランクで脱落してしまう理由がよくわかる。カニ姉が居なかったら、間違いなくボクたちだってモンスターのエサになるか、飢え死にするか、凍死するかのどれかだったはず。


 何かが足りない。でもそれは何だろう。

 Cランクに上がるまでには、フィーは答を見つけたかった。

 ハンターはCランク以上になると、基本的には固定メンバの集団では行動できなくなる。

 組合から禁止されるからだ。


 だからウェナンやフィーがギーク扮するカニーファと、今のように誰に咎められることもなく一緒に行動し続けられるのは、フィー達が駆け出し(Dランク)の今のうちだけである。

 少なくともフィーは、そう思っていた。


 だがしかし、なぜ組合はそれを禁じるのか。

 ギークもミイも、ウェナンもフィーも、もう一歩踏み込んでその理由までを考えても良かっただろう。

 それは造反の疑いがある武装集団として、領主貴族に目を付けられる恐れがあるからなのだ。


 故に、駆け出し(Dランク)といえども金属武器を持ってしまった時点で、ウェナンとフィーの現状は十分にその危険性を孕んでいた。

 だがギークは、フィー等に武器を与えて問題ないかなどということは、当然のように狩人組合には相談も報告もしなかった。そしてウェナンやフィーが顔を出していた組合の受付は城内のそれであって、その際に彼等は武器をフレデリカに預けていた。

 カニーファ一行の現状を正しく把握していれば、組合はおそらく制止するか条件をつけるかしたであろうが、その機会はなかったのだ。


 統治者サイドに危険分子と目を付けられてしまえば、疑わしきは罰するのが貴族たちである。

 武器準備結集罪とか、そういう趣旨の、明文化されているのかどうかも怪しい法律で罰せられることになる。その結果は、もちろん死罪だ。

 法律を定めるのは領主であり、故に法律は貴族のためにある。叛く能力がある(・・・・・)と見られるだけで、その平民には見せしめとして残酷な形での死が下賜されるだろう。


 水竜狩りのレンブレイたちのチームのように、仕事で一時的にということであれば、組合は領主の干渉から組合員を守ることができる。

 水竜のような難敵相手にはチームで臨むのが当然であり、狩猟などでそれが必要だというときに、一時的にチームを組むことまでに難癖をつけてくる領主はそうはいない。

 適切にコントロールされている限りは、ハンターは領主にとっても有用な道具だからだ。


「やれやれだぜ、探し回らせやがって。おうガキども! パルロ人の乞食な分際で分不相応に金属武器なんて持ちやがってよォ。それで狩り(しごと)でもねェのに群れているってだけで、十分犯罪の要件を満たしているんだってことに、気付いてすらいねェんだろ? 無知ってヤツは罪だとはよく言ったもんだよなァ」


 そうした背景あっての、バンバロウの第一声であった。


「さてそれでだ、オメェらの大事な大事なアネキ分が、善良な一市民からの善意の垂れ込みで困ったことになる前に、大人しく縄について、連行されてもらおうか」


 彼は粗暴なペイラン人至上主義者であったが、悪知恵には長けていた。

 そしてそんな自分を知性派だと信じていた。


 このやり取りの末に、港町モーソンで断罪の公開処刑が行われることが決まったといえるだろう。

 その結果、孤児院出身者の若い遺骸が二つ。寒風に揺れる絞首の縄に吊るされることとなったのだった。


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