3-17. 剛鎗と模擬戦
ドラゴンは、格下殺しのモンスターである。
その威容を目にしただけで、ほとんどの人間は、そしてモンスター達も、生への絶望と死への恐怖とを喚起させられる。
直に睨みつけられたり咆哮でも喰らったならば、余程に担が太くない限り、ほぼ間違いなく身動き一つとれなくなるはずだ。
ドラゴン族は一律に、そうした種族特性を保有するとされている。
古い時代には、下位竜の咆哮に耐えられるかどうかが、Bランクハンターの昇格条件だとされたそうだ。
確かに分かりやすい基準ではある。Bランクに相応しい胆力の持ち主でなければ、つまりは下位竜の威圧にすら耐えられないということなのだ。
手頃な場所からは下位竜が狩り尽されてしまったことで、現代では別の審査方法が採用されることになったと聞く。しかしだからと言って、希少な金属武器で武装しているわけでも、強力なギフトの加護に護られているわけでもない、一般のハンターを含む大多数の人々にとっては、ドラゴンが恐るべき相手だという事実に変わりはない。
だから今回、港町モーソンの近隣に出現したという水竜狩りに抜擢されたメンバーというのは、港町モーソンに何らかの理由で滞在していたBランクハンターか、それに準じる力量、ないしドラゴンの威圧に対抗できるなんらかのギフトを備えたメンバー、だということになる。
総勢にして5名、我もその一員だ。もちろん厳選した結果なのだろうが、少なすぎる。追い払うだけならまだしも、倒すつもりなら倍は欲しいところだ。
しかし最近Cランクの有望株が軒並み被害にあう大惨事があったそうで、港町モーソンの狩人組合ですぐに用意できる戦力としてはこれが限界だったらしい。このメンバーで駄目なら、次は騎士との合同作戦にでもなるのだろう。その場合には面倒なので、参加は遠慮させてもらいたいものだ。
なお支部長も、元Bランクハンターだったそうである。
拳闘士だということで、水竜のような大型モンスターの相手は自分には務まらないと判断したと、残念そうに語っていた。引退して何年経つのかは知らないが、元気なご老人である。
いや、ご老人という年ですらないようにも見えたが、五体満足のまましかしAランクへの昇格を諦めBランクで引退したというからには、それなりにご高齢なのは間違いないはずだ。
シュガオゥゥゥン! と大気が割れる。
レンブレイの鎗の一撃だ。剛鎗との二つ名を持つだけあって、彼のレーア鋼の鎗は太くて長く、相当な重量があるのであろうことを伺わせたが、見事に扱いきっている。噂に違わぬ腕前ではあるようだった。
水竜探しの最中に、胸が大きくて色っぽい若い女とじゃれつき始めた時は、なんでこんな奴を水竜狩りのリーダーに抜擢したのか、どうしてくれようかと思ったが、いや今もその美女とじゃれついている事実には全く変わりはないのだが、一応実力についてだけは評価しておこう。
「ほぉう、やるじゃねえかカニーファ。寸止めできるくらいには手加減してやったつもりだったが、完全に見切りやがるとは恐れ入る。じゃあこっから先は、止めてもらえることは期待すんなよ?!」
シュガンッ ギュヴァァァアアアアアアアッ!
鎗を一振りし、そしてレンブレイが連撃技を繰り出す。
先ほどの一撃は確かに本人の言う通り、相当の加減したものだったのだろう。最早この距離では、レンブレイが何回攻撃を繰り出したのかさえ、よく分からない。
まあ我は武芸者ではないし、動体視力に自信があったというわけでもないが、よくもまああんなに重そうだった鎗をそうも軽々と扱えるものだな、とは思う。
レンブレイが現地で遊ぶために、あらかじめ仕込んでおいた娼婦か何かなのかと疑われた若い女性は、しかし歴とした凄腕であったらしい。
カニーファとは聞き覚えのない名だが、最近Bランクにあがったばかりでまだ名前が売れていないのか、或いは昇格試験の受験待ちでCランクなのか。
紹介はされなかったが、現地合流の水竜討伐参加者なのかもしれない。レンブレイ相手にあれだけできるなら、ドラゴンを見ただけで竦んでしまうということもないだろう。
さっきのあのおふざけは、この地方で流行の何かなのだろうか?
しかしその割には、駆け出しと思しき少年少女を同行させているようなのが解せないが。
「くっ、マジかよ。お前それ、この技を知ってるってわけでも、先読みで動いてるってわけでもねえだろ?! 単に目の良さと反射神経だけで躱してのけるとか、異常だぜ! 人型のモンスターが皮だけ被ってるとかじゃあねえだろうな!?」
鎗技を凌ぎ切られた負け惜しみか、レンブレイがそんなことを叫んでいる。
「さあて、どうだろうね。ところであんたとの模擬戦もなかなか楽しそうだが、今回の本題はちょっと別でね、ちょっと教えてほしいことがあっただけなんだ。そっちを先に済ませたいんだが、とりあえず武器は降ろしてくれないかねぇ」
カニーファと呼ばれた娘が、乱暴な口調と蓮っ葉な身振りでそんなことを言った。
女ハンターには相応しいが、日焼けすらしていないんじゃないかという美貌には、あまり相応しくないように思う。
「あぁッ? おま、あんだけ散々挑発しておいてそれかよ?!」
レンブレイが怒声を上げる。相当な意表を突かれたのだろう。間抜け面である。
傍から見ていた総括的な感想でいくと、笑顔で話しかけてきた魅力的な女性に、槍振り回して挑みかかったバカが一匹という風情だったけどな。これで港町モーソンの筆頭ハンターというのだから、あの街の人材不足は相当に深刻だと思われる。
まあ単に立ち寄っただけの私に心配されるのも業腹であろうし、それだからどうしようと思うわけでもないが。どうかとは思うがね。
「訊きたいことだとォ? お前が俺にか。予想もつかねぇな、なんなんだよ?」
鎗をぐるんと回して、石突を地面に打ち付け、レンブレイが不満げにそう言った。
なんとなくの興味で、我もスススと二人の側に寄ってみる。
怒鳴り声での応酬とかならともかく、普通の会話レベルのボリュームだと、ちょっと聞き取りづらい距離だったからだ。
「ああ、まあ私事っていうか、あたしが連れている男の方のガキの話題なんだけどね。どうもギフトを生まれつきで持ってるらしいんだが、使い方が分かんなくてね。<<瞬着>>とかいう名称らしいんだが。あんたなら知ってるんじゃないかと思ってさ。水竜が出現するまでの空き時間にでも、ちょいと雑談がてらで教えてもらおうと思ったんだよ」
「ほぉ、そうかい。なんでそれでああいう態度になったんだか、どっちかって言うとそこんところをちょっとビシッと聞かせてもらいたいね、俺としては」
「おや? 男ってのは、あたしみたいなのにああいう風に話しかけられると、嬉しいものなんだろう? 無料で情報だけせしめようっていうのも悪いから、ちょっとくらいはサービスをしてやろうと思ったのさ」
「独身時代に俺が酒場で独り寂しくワインでも呷ってるシチュエーションだったらな! そりゃあもう大喜びで、秘伝の奥義だって何だって口走ったかも知らんが、アホか?!」
「まあいいじゃあないか。それでどうだい? 知ってるギフトかい?」
「<<瞬着>>かぁ? まあ知ってるけどよ。つかソコソコ有名なギフトだぜあれ。何で知らねぇんだよ」
「俗称が有名なギフトだ。名鑑に載っている方の名前は、実は案外知られていない」
折角側まで来たので、会話に割り込んでみることにした。
このカニーファという女性、知己になっておくとなんとなく面白そうだ。
「うおっと、ナタリアかよ。突然割り込んでくんじゃねえよ」
レンブレイが、すこし慌てたように飛び退った。
確かに少し気配は殺していたが、そこまで慌てるというのは、やはり何か薄暗い下心あってのことと見るね。
そんなに知りたきゃ教えてやるよ、そのかわりに、グウェッヘッヘ、みたいな展開にこれから持ち込もうとしていたに違いない。
信じがたいこと、何という下郎だろうか。実力はあるのに長年Bランクにとどまっているようなヤツは、つまり品性が下劣だから昇格できないのだという我の予想が、まさに的中した形だろう。
「ああ、逢瀬の邪魔をして済まない剛鎗の。正直、おたくの鎗は、このキレイな娘さんにはチョットばかし太すぎる。仕事中に間抜けなナンパ騒ぎを起こしていたと、我が旅先でついつい吹聴して回ったりなんかしないように、口止め料は弾んでくれ」
そうしてまた、レンブレイが鎗を振り回して暴れだした。沸点の低い奴だ。お猿だな。
どうも剛鎗というキーワードは、彼の琴線によく響く何かであるらしかった。




