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天国のお土産  作者: トニー
第三章:港町モーソンの貧民窟
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3-15. 下位竜遭遇戦

 カニ姉に「さがれ」と警告されて、ボクとウェナンは一瞬顔を見合わせた。

 最近のウェナン(コイツ)はとにかくサイテーなので、本当は顔も見たくないくらいだったが、今はまだ一緒に生活している身だし、そうでなくとも戦闘中は止むをえない。


 カニ姉が貸してくれた武器の扱いには、大分慣れてきたと思う。

 今も、大きなトドのモンスターを相手取って、それなりに危なげなく戦えていると思っていたのだけれど、何かまずかっただろうか?

 ひとまず、カニ姉の警告に従って、跳ねるように後退する。トドのモンスターは力はとても強いしタフなのだが、動きは遅いみたいだ。だから間合いを開けたり逃げたりするのは簡単だった。一撃を喰らっただけでも危険なことになるので、油断はできないけれど。


 カニ姉の側に戻って来たので、警告の理由を聞こうとした。でも、すぐにその必要はなくなった。

 間もなく、ザバシャーンと、大きな水音がしたからだ。

 それを目にした瞬間、ボクの疑問も意思も魂も、何もかもが別のモノに塗りつぶされてしまったのだ。


 それは、畏怖で恐怖。

 それは、黒くて、巨大で、凄まじく剣呑で。

 それは、おぞましくぬめっていて、相容れぬ隔絶が象徴されていて。

 それは、暴力であり、獣性であり、ただ殺戮をするもので。

 それは、モンスター。モンスターといえば即座に連想される代表格の。

 そこに、居たのはドラゴンだった!


 ドラゴンが水中から突如飛び出してきたのだ。

 そして、今の今までボクたちが戦っていたトドのモンスターを、一噛みで呑み込んでしまった。

 そんな、どうしてこんな場所に!


 ダメ、ダメ、ダメッ

 こんなのってない。こんなのってないよ。

 動かない。体が動かない。指先の一つも動かせない。

 心臓は激しく警告をしているのに、しかし四肢は一切動かない。理不尽きわまる。


 ドラゴンの姿を目にしてしまった瞬間に、そいつの無機質な目を見てしまった瞬間に、ボクの体はボクのものではなくなってしまった。なんだか生暖かい液体が腿を伝う。声も出せない。

 あぅ、あ、あ、と意味をなさない音が喉から零れるのが聞こえるだけだ。言わせろ! お願いだから、一言だけだから! カニ姉! ボクのことは放っておいて、カニ姉どうか、カニ姉だけでもどうか逃げて!


下位竜レッサードラゴン、Bランクモンスター。種族特性は、まあ見ての通り<<水竜>>だな」


 カニ姉が、竦んでしまって動けないボクらの首根っこを引っ掴まえて、自分の背後に下がらせる。


「手足はないというから、水中特化かと思っていたんだが、見た感じだと地上でも蛇のように這い回って移動することはできるようだな。鰓呼吸ってわけじゃあないのか」


 カニ姉は、このドラゴンの放つ絶対的な威圧をしかし、どうとも感じていないようだった。

 最近使いだしたという金属の弓に矢を番えてそう続ける。

 冷静だ。冷静というか、楽しそうですらあるように思えた。

 カニ姉、そんな、笑っていないで、逃げないと。


「こいつらの竜鱗ってのは、自分のランク未満の攻撃を完全に無効化するそうだ。ウェナンとフィーは、手を出すなよ。今のお前たちじゃ多分、歯も立たないよ」


 カニ姉は、まるでそれが、これから攻略する相手の情報だよ、と言わんばかりの体裁で教えてくれる。

 でも、手を出すなも何も、動けない。喋れもしない。待って、カニ姉、ムリ、ムリ、死んじゃう!

 英雄でもない人間には勝てる相手じゃないのが、ドラゴンというモンスターのはず。


 ガキュイィィィィィン! ガキュイィィィィィン!


 カニ姉の射掛けた矢が、弾かれた。カニ姉!? ダメだって!

 ボクの悲鳴は、しかし音にはならない。なんで、どうして!


「チイッ、ダメか。武器が不足だってか。フレデリカ、この弓矢よりも格上(レーア鋼以上)の武装は、何か無いのか」


 ガキュイィィィィィン! 


 カニ姉が背負った女の子に問い掛けつつも、身軽に移動して、更に矢を射掛け続ける。

 ドラゴンは猛烈な勢いで、凶器に等しい全身で以てカニ姉に迫ってくる。

 それはまるで黒い死の津波。比較すべきは災害だろう。人間にどうにかできる相手とは思えない。

 そしてカニ姉の攻撃は、やはり通じない。武器が通じない。こんな相手、勝てるはずがない。

 竹槍でモンスターに挑んで追い散らされていた先日までの自分たちと、構図がまるで同じゃないですか!


「鋼貨くらいしかないであります、と。流石に銭投げで戦うには相手が悪いだろうな。参ったね」

 

 カニ姉が吐き捨てる。

 カニ姉は、あの圧倒的な恐怖の塊を前にして、なぜそんなにも余裕があるのだろう。

 油断をしているということではないようだけれど、全く気圧されてもいないようで、信じられない。

 ボク自身は、惹起された根源的な絶望に竦んでしまって、身動き一つできなくなっているというのに。


目玉めんたまか、鼻の穴か、口の中にでも、偶然で矢が入ってくれるのを祈るっきゃ無いか。しかしそれだと、中った途端に逃げられちまいそうだな」


 カニ姉は、この恐るべきドラゴンが放つ威圧を、物ともしていないらしい。

 ほぼ同格の相手と、劣悪な武器でのハンデ戦を繰り広げて、その苦戦を楽しんでいる。

 いうなれば、そんな風情です。なんでそんなことができるのか、ボクには見当もつかなかった。


 ドラゴンが怒涛の激しさでカニ姉に襲い掛かる。

 巻き添えになったモンスターが、引き潰されたり、恐るべき鱗で削り殺されたりしている。

 多少の岩陰に隠れたり、地中に浅く潜ったくらいでは、逃げた内に入らなかったようです。

 カニ姉はドラゴンを挑発するように逃げ回り、そして通用しない矢を射掛け続ける。


 ギャウアガアァァァァァァァァァアアアアアアア!


 ドラゴンが、苦痛の方向を轟かせた。

 その咆哮に巻き込まれて、ボクとウェナンは二人ともへなへなと腰を抜かしてしまった。

 カニ姉がドラゴンの正面に立って、あわや呑まれる! そう思った直後にそれは起きた。


「あーあ、やっぱり逃げちまうかい。ミイ、追えるかい?」


 気が付けば、ドラゴンの姿は消えていました。咆哮の衝撃で、意識を一瞬失ってしまったようです。

 大きな水音がしたようには思うので、逃げたのでしょう。

 カニ姉が、残念そうにそう言っています。


 ミイ? 誰でしょう? こんな状況ですが、疑問を覚えました。

 人の名前のように聞こえましたが、聞き間違いでしょうか?

 背負っている女の子の名前は、フレデリカだったはずですが。


「か、か、カニ姉! 無茶、無茶だよ、あんなモンスター! 戦っちゃ! 逃げなきゃ!!」


 ウェナンが動かない舌を無理やりに動かして、訴えます。

 残念ながらボクも同感です。あんなの無理です。


「そうかい? そこそこ行けそうな気がしたんだけどねえ。とはいえ武器が通じないのじゃあ確かにきついか。下位竜あれを相手にするには、もっといい武器が欲しいところだね」


 ようやく少し、体が落ち着いてきましたが、それでも恐怖の震えが止まりません。

 怖いです。怖い。怖い。怖い。怖い!


「おっと、二人とも泥だらけじゃあないか。この寒空でそれじゃあ体を壊すよ。仕方ない、今日はここまでかね。飛んだ邪魔が入ったもんだ。あたしはまあ楽しかったが」


 干潟でしりもちをついてしまったので、全身泥だらけ。

 確かに寒風に体温が急速に奪われて寒気がします。

 でも、ボクが自分自身の体を抱き締めてガタガタ震えていた原因は、それではありません。

 というか、寒さなんて今、カニ姉に指摘されるまで全く意識していませんでした。


 そしてカニ姉、楽しかったって、どういうこと。

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