3-14. 性少年の苦悩
カニ姉はすごい。
ここ何日か、行動を共にさせてもらっているけれど、なんだか呆然としてしまうくらいに、凄い。
揺れる大きな二つの膨らみが、今もまたオレを恩知らずに貶めようと悪魔の誘惑をしている、のは関係ない。いや、これはこれで途轍もないのだが、どうしても目が追ってしまうのではあるが、その話ではない。
元々、憧れの人だった。カニ姉は、孤児院の英雄だった。オレもカニ姉のようになって、孤児院の院長先生に恩返しをするんだ、義弟達にカッコイイところを見せるんだって、思っていた。
でも思っていた以上に、遥かに、カニ姉の居場所が遠い。カニ姉が、ハンターはやめておけと、孤児院の皆に忠告してくれていた理由が分かった気がした。このカニ姉で、Cランクだと言うのなら、オレ達がそうなれる日なんて果たして来るのだろうか?
カニ姉が動くたびに、歩いて狩場に来る間もずっと、ほんの少しの身じろぎでも、その二つの大きな魔性はたゆんとオレから自由を奪っていく。奪われていく。ひどい。
触ったらきっと、すごく柔らかくて、暖かいんだろうな。触りたいな。触らせてもらえたら、洗濯板のフィーなんかのとは、比べるのも烏滸がましいくらいにふわふわなんだろうな。カニ姉は凄腕のハンターで、体は当然に引き締まっていて鍛えられているのに、どうしてあの部分だけはあんなにもマシュマロなのだろうか。
ああ、いや、ダメだ、ダメだ違うんだ、言い訳をさせてもらうなら、カニ姉がいけないんだ。
初日、カニ姉が仕留めたも同然だった干潟のモンスター相手に、フィーと二人揃ってみっともない苦戦を晒してしまった後のこと。港町モーソンに戻ったオレ達を、カニ姉は汚れているからと公衆浴場に連れてきてくれた。存在は知っていたけれど、これまでは遠目に、デカい建物があるなと眺めるくらいしか縁のなかった施設である。
でも、施設の詳細とかは全然覚えていない。覚えているのは、カニ姉がいきなり服を脱いで、上半身が裸になって、御立派な双丘が眩しいくらいに白くてプルンと揺れて、先端だけ桜色でフィーが悲鳴を上げて、オレの視界はそこでフィーによって塞がれたわけだけれどとにかくもう、目に焼き付いてしまって忘れることができないソレのことだけなのである。
以来、カニ姉から目が離せない。その持ち物がオレからすべてを奪っていってしまう。視線も、理性も、そんなことを考えちゃだめだと考える心も、何をやっているんだオレはと嘆く羞恥心さえもだ。そして毎日フィーに踏まれて殴られる。多分間違いなく、フィーが居なかったらオレは一線を越えている。
分かってる。分かってるんだ。でもオレにもどうしようもないんだ。毎朝起きると股間の辺りが酷いことになっているんだ。どうしたらいいのか逆に教えてくれ。
でもできれば、血が流れない、取り返しのつかないことにならない方法でお願いしたい。フィーが最近、ハサミとかの刃物を見かけるたびに、その後の目線がオレの股間にいっている気がするんだ。怖いんだ。
カニ姉の持ち物、というキーワードから、強引に思考をそらす。
カニ姉がオレに貸してくれた、金属の鎗のことを考える。竹槍なんかとは違う、本物の武器だ。
フィーには細剣だ。カニ姉がCランクに昇格して以降、ずっと使っていたやつだ。羨ましい。
公衆浴場事件の翌朝、カニ姉は細剣とこの短鎗とを目の前に並べて置いて、二人にどっちがいい、と聞いてきた。貸してくれるのカニ姉?! と瞠目したオレが硬直した隙きに、フィーが細剣に飛びついた。
カニ姉の細剣は、幼かった頃のオレ達にとって憧れのハンターのシンボルみたいなものだった。
だからオレだって、貸して貰えるというなら細剣の方がいい。フィーに文句を言おうとして、蹴られた。それでも粘って、怒鳴られた。そして最後にイヤイヤと泣かれた。酷い。
フィーは、普段年長風を吹かす癖に、そのくせ身勝手で手が出るのが早くて、その上もう成人を迎えた女性だっていうのに何時までも一人称がボクで、あと泣き虫だ。
そうしてオレがまた我慢をさせられる。理不尽だ。そしてお前にそんな蔑むような眼で毎日見下される筋合いはない。お前だって初日にカニ姉に抱き締められた時には、鼻血噴き出して昇天しやがったくせに。
オレと、フィーと、あとルーア。オレ達が育った孤児院では誰もがカニ姉を慕っていたと思うけれど、カニ姉と同じ道、つまりハンターを志したのは今のところこの三人だけだ。
カニ姉が色々な苦労話とか、聞いた話とか教えてくれて、ハンターはやめておけと皆に強く言ったからだと思う。それでもオレ達がそれに従わなかったのは、オレ達がカニ姉と同じく、生まれながらのギフト持ちだったからだ。折角の授かりものなのだし、所持したまま腐らせてしまうよりは、モンスターや悪党から大切な人々を護るために戦う力として活用したかったのだ。
ギフトというものの大多数は、金属武器がないと発動できないものらしい。だから僕たちは、先代の院長先生からギフト持ちであること、そのギフトがどんな名前のものであるのかは教えられたけれども、実際に自分でそれを使ったことはなかった。使い方も分からない。
でもこの鎗があれば今日からは違うんだと、砥ぎ磨かれた銀色の輝きを見て、俺はようやくその時だけは、カニ姉のおっぱいのことを完全に脳裏から追い出すことに成功したんだ。
フィーのギフトは、カニ姉の金属武器である細剣を構えて、<<鎮震消音>>とのギフト名を呼べば発動した。一回目は駄目だったのだけれど、カニ姉がアドバイスをしたら、二回目は発動した。声に出さず、念じただけでも発動できたといっていた。
名前はあまり重要ではなくて、効果をイメージして使いたいと思うことが大事らしい。
発動中、なんだか周囲の音のボリュームが下がったように感じたので、つまりそういうギフトだということなのだろう。隠密行動向けなんだと思う。発動したのかどうかが、効果圏内に居ないとさっぱりわからない。普段騒がしいフィーには似つかわしくないというか、逆に相応しいというか。
でもオレの<<瞬着>>の方は、さっぱりだった。
そもそも名前から効果が推測できない。名付けたやつ出てこい。
どう使えばいいのかわからないので、困ってしまった。色々試してみたいが、変に取り返しのつかない効果だったら不味いのでやめておけと、カニ姉に言われた。後で知ってそうなヤツに聞いてみるからと。
ギフトの話は話として、単純に突いたり切ったりする武器として扱うことにも馴れる必要がある。
一日を完全に素振りや基本動作の確認に費やして、翌日から再び干潟に挑むことになった。
金属武器は、城内には持ち込めないので、城内に戻るときはカニ姉に返すことになる。オレとフィーは城内に宿を借りている、と言っても最下級に近いランクの宿屋のそれも納屋みたいな部屋だけれども、とにかく城内で寝泊りをしているので、朝城門前でカニ姉と待ち合わせをして、夜には別れている。
元々、一日付き合ってくれて、助言を一つでももらえれば、くらいのつもりだった。けれども、ここ数日は完全にお世話になってしまっている。本当に有難い。そして申し訳ない。
公衆浴場に向かったときのように、カニ姉も一緒に城内に入る時には、カニ姉は手品のように武器をどこかへと隠してしまう。どうやっているのかを聞いたら、あたしじゃなくてこの背負っている方の能力なんだと教えてくれた。最近まで出し惜しみがどうのこうのと聞こえたような気がした。後で詳しく聞きたいなとその時は思ったのだけれど、その後のインパクトでオレにとってはあの二つの白い輝けるもの以外のことが全てどうでもよくなってしまった。うう、しゃぶりつきたい。カニ姉ひどい。
カニ姉にはいくら感謝してもし足りないくらいだというのに、その気持ちも確かにあるのに、そうであるにもかかわらず、オレの目はカニ姉の胸から離れてくれない。
シミの一つもなかった光輝放つ美乳。フィーのとか、他の孤児の女の子達のとはまるで別物で……、ああ! まただ! どうしてなんだ。どうしても思い起こさずにはいられない。苦しい。砕けそうだ。
これはもうやはり、フィーが言うように、潰すか切り落とすしかないのだろうか。うう、嫌だ。どっちもゴメンだ。どうしてこんなことになってしまったんだ。
知ってそうなヤツに、ギフトの使い方を聞いてみよう。カニ姉は確かにそう言っていた。
でも、知ってそうなヤツって、あの、その人をチョイスするんですか? カニ姉。本気ですか。
その人、港町モーソンの守護者さんじゃないですか。
港町モーソンの狩人組合における最高実力者にして支部長の親友だという、目を付けられたらヤバい人の筆頭か二番目かですよね。
オレだってそれ位は知っていますよ? だってその人掛け値なしに組合じゃ有名人です。組合の中だけではなく、街中のいろんな場所で名前を聞く人です。マジモンです。サイン貰ったら売れそうです。
カニ姉はすごすぎる。
辞めてしまったルーアではないが、ハンターとして今後やって行けるのかどうか。そして男で居続けることができるのか。
オレは自分の将来がとても不安だった。




