3-13. 売られた喧嘩
「いいじゃないか、暇そうに見えるよ? チョットだけさ、付き合っておくれよ」
「アホか! 見ての通りで仕事中だ! 水竜狩りなんだぞこっちは!」
俺は、青筋を立てる勢いで怒鳴った。
舌とかちらっと出してんじゃねーよ。色っぽいわ!
ただでさえデカイ胸とか、強調すんじゃねえ!
「え~、カニーファ分かんな~い。いいじゃ~ん、チョットだけ、チョットだけだからさ~。ねぇ、こっちにおいでってば~ン」
誰なんだよお前は。
なよなよとしたシナを作って男に媚びるとか、やっぱ絶対に別人だよコイツ。そうに違いない。
いや、コイツがニセモノだとして、オリジナルのこともよくは知らねえけどよ。
「ッざけんな! ああ?! おいこらお前ら、なんで俺のことを睨んでんだよ! 明らかにこの女が勝手にやってるだけじゃねえか! っと、いやそうじゃなくてだな、お前らちゃんと集中してろよっ!」
目撃されたのは下位竜だそうだが、下位であったとしても竜族は恐るべき相手である。こんなバカみたいなことに気を煩わされて、それで任された部隊に損害でも出してしまった日には、支部長に合わせる顔もない。
だからお前ら、白い目でこっち見てる暇があったら、水面の揺らぎとか、水中に影かないかとか、そういうのを目を皿にして探してろって。水竜が突然水中から飛び掛かってくるかも知れねえんだからよ。そしてそれは俺もなんだよ! 邪魔すんなこのバカ女!
「運命を信じますか~、ってさぁ。あはははは! こんな所で出会うなんてすごい偶然じゃん? だからぁ~、チョット付き合っちゃったりなんかしたりして~、イイことあるよぉ~」
うざい。だがなまじっかドストライクに魅力的なせいで、悩ましい媚態から目が離せない。するりと腕を組まれて、乳房がふわっと押し付けられるとか、おーい、当たってる! 当たってるから!
いや、とにかくマジで勘弁だ。周りにいる、今回の水竜狩りメンバーからの、殺気どころか憎悪まで籠もってんじゃないかっていう重圧の視線とか、どう思ってんだよコイツ。後、その批難や憎悪の向き先、なんで元凶であるこの女じゃなくて主に俺なんだよ。おかしいだろ。
俺はもう、とにかくその場で蹲って、干潟の砂の数でも数えていたい衝動に駆られた。
「なぁにをバカ言ってやがるこの、ッガー! 畜生め!」
主に駆け出しどもが狩場にしている干潟に、下位竜なんて規格外が出現したというから、討伐チームを率いて出向いてきたのがこの俺、港町モーソンのモンスターハンター筆頭レンブレイである。
そうしたらカニーファが件の甲羅鎧着た娘を背負って、それからなんでかは知らないが駆け出しのガキ2名を連れて、待ち構えていやがったのだ。偶然は偶然なんだろうが、すごくはないだろう。運命でもなんでもない。カニーファが駆け出しの面倒を見るために、ここ暫く頻繁に干潟に足を運んでたっていうのなら、単に起こるべくして起きたエンカウントだ。投げキッスとかやめろ。マジやめろ。
「分かった、分かったとも、休憩時間になったら構ってやるから、今はどっか行っとけ。ああまったく、一体全体なんだってんだよ」
泣けてくる。嘆いて、天に愚痴った。
カニーファが連れている男女のガキは、どっちもぎりぎり成人しているかどうか、という歳に見える。つまり十代前半くらいだ。その二人は、今はなにか信じがたいものでも見てしまったかのように、いや間違いなく目撃したのだろうし、それが何なのかも容易に断定できるが、硬直して物言わぬ像と化している。
「ホントね〜、約束だからね〜」
その犯人はお前だ。もうとにかく、ひとまず追い払う。
わかったわかった、約束してやる! 二言はない! そう言い捨てる。
確かに、水竜が姿を表すまでは、暇といえば暇なんだが、可能なら相手よりも先にこっちが相手を発見したいのだ。メンバー全員が慎重に漏れなく探索に集中するべきで、そんな中リーダー役であるこの俺が、チームのメンバでもない相手、しかも若い美人の娘と遊んでいられるわけがない。街に戻った時に変な噂が立ってしまっては信用に関わる。俺は、別に望んでのことでもないが、地元密着型のハンターなのだ。
おぉ、マジかこいつ折れやがった。ヤリ男は助平だから媚びればコロリのハズなのとか、何言ってやがんのかと思ったが、アホだなこいつ。
……、何か聞こえたか? 幻聴か? 幻聴だよな? 幻聴でなかったら殺す。
俺の震撃衝破で粉微塵にしてやる。分かるか? 俺の愛槍がカタカタきてるぜ?
「あたしの相棒が言うには、水竜は今、ちょっと離れた場所の水底でお昼寝中だとよ。地図のマーカーが睡眠中の色になっているそうだ。だからあんたら、昼飯にゃあ確かにまだちょっと早いだろうが、休憩するならまさに今がベストだと思うぜ。水竜が起きて動き出すようなら、警告してやるよ」
……、……、誰か俺に、この女を殴り飛ばす許可をくれ。
さては水竜が居るとかの通報者もお前じゃないか? 目撃者はDランクハンター、ウェナンとフィーの二人組だって話だったけど、さてはそれって今石化してる後ろの二人だろ。そうだよな、Dランクの目撃証言だけでいきなり討伐隊編成っておかしいもんな。物証があったってことだろ? 水竜目撃したDランクが生きて帰れただけでも奇跡だろうに、物証確保の余裕があるとかありえねえよ。つまりお前だよカニーファ、お前が物証確保して、その二人に証言させたんだな? どうだこの名推理。ふざけんなよ何が運命だよ完全におまえの仕込みじゃねえかよ。
「……、で! 何の用なんだよ。ったく、こうまでコケにされたのはな、俺ァ自分がBランクになってからは初めてだぜ。生まれてこの方だって、怪しいもんだ」
前倒しにした休憩時間、不機嫌さ全開で、俺はコロッと口調を元に戻したカニーファを問い質す。
赤鬼退治で行動を共にした以前では、俺はこの女とは殆ど付き合いはなかった。俺は基本的にはモンスター狩りがメインのハンターだし、カニーファは賞金首狙いのハンターだったからだ。支部長のムッツリ野郎が何かの折に褒めていたから顔や名前は知っていたが、貸した恩も返す義理もないはずだった。
「そうかい? そいつは悪かったね。まあいいじゃないか。どうせ夜の街じゃ、同じ様にちやほやされてんだろ? 四丁目の娘がアンタの子を孕んだかもって、この前自慢してたぜ」
「人聞きの悪いこと言ってんじゃねえ! 微塵も心当たりなんかねえよ! またぞろどっかの阿呆が人の名前騙って好き放題やりやがったんだろ、俺は知らん!」
言っておくがマジで知らねえからな? Bランクのハンターとなれば、界隈じゃ有名人だ。そのせいで、顔も知らない友人とか、その友人からの紹介で現れた本人とかが、わさわさ居るらしいのだ。こう言っちゃあなんだが、ドッペルゲンガーの存在を真剣に疑った時期がある。
「そう言う状況に本人が便乗するってのも、ありそうな話だと思うよねえ。ねえ、剛槍の。男冥利に尽きる二つ名じゃあないか」
「ようし理解したぜ? 決闘の申込みがしたいと、そういう用件なんだな? 実に奇遇だ。俺も今、是非そうしなければならねえと思った所だ。お前の得物は弓でいいんだな。間合いはどうすんだ? もう初めていいのか?」
ギュララララララ! と金属槍を振り回し、穂先を相手の方に向けてピタリと構える。
「ああ! それは結構楽しそうだね! ところでアンタ、死んだら蘇ったりするかい?」
カニーファが、背負っていた甲羅娘を岩の上に降ろして、そしてポンッと飛び退って間合いを開けた。
大した脚力だ。そしてその発言は挑発だな? つまりもう始めていいってことだよな?




