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天国のお土産  作者: トニー
第三章:港町モーソンの貧民窟
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3-12. 獲らぬ皮算用

 バンバロウは商家の次男として生まれた。

 組合所属のハンターだった時期もある。

 既に実家からは勘当されており、組合からも除名されている。

 組合証は没収されてしまったので、今はハンターとは名乗れない。


 彼は殺人事件の犯人として追放刑を受けた身である。

 そうとなれば野垂れ死ぬか、他の街に拠点を移すのが普通だろうが、バンバロウはそうはしなかった。彼は貧民窟(スラム)で暴力と犯罪とに生きることを選んだのだ。


 当時のハンターとしてのランクはD。駆け出しだ。

 しかしバンバロウは、自分の実力がその程度だとは思っていなかった。

 当時でもCランク相当の力はあったはず。

 実際、昇格試験対象のモンスターは撃破したのだ。

 余計な物言いが入らなければ、間違いなく合格していたに違いない。

 そして貧民窟(スラム)の荒くれども相手に場数を踏んだ今であれば、Bランク相当の実力は備わっているだろう。

 彼は自分の力量の程をそのように評価しており、ほとんど確信さえしていた。


 自分が組合を除名される破目に陥ったのは、全てはあのいけ好かない試験担当官、パルロ人であった試験担当官の、下劣な嫉妬が原因なのだ。いじけてねじくれた性根のパルロ人め、俺たちペイラン人に対する日頃の意趣返しに、ハンターランクの昇格試験という場が利用できるとでも思ったのだろう。この俺様を相手にだ。

 舐めやがって。その腐った精神には、身の程を教える意味も込めて、たっぷりと報いを叩き込んでやった。ざまあみろだ。しかし、それがやりすぎだという有り得ない理由によって、この俺様が組合を、そして街を放逐される結果になってしまった。そのせいで実家からも出入り禁止を告げられた。狩人組合は腐ってる。由緒正しいペイラン人である俺様よりも、下種なパルロ人を優先するとはどういうことだ。

 バンバロウはそのように考え、今でも怒りを溜め込んでいた。


「だもんで、やっぱりダメでした。街娼どもの間には、何の情報も流れちゃいないみたいです」


 酒のグラスを傾けつつ、バンバロウは彼が能無しだと見下している部下からの報告を聞いていた。

 枕語りで秘密をポロリってのは定番なんだが、カニーファは女だからな、まあ予想された事ではある、とバンバロウは思ったが、情報収集の為に彼の部下たちがスラム中を駆けずり回って娼婦たちに聞き込みをすることになった理由は、もちろん彼がそうするようにと強硬に命じたからである。

 なお、報告の為に戻ってきた部下の男を能無しだと思うその根拠は、この部下がパルロ人だからである。能無しと断じる理由など、それだけで十分だろうと、バンバロウは信仰していた。パルロ人という奴は、どうしようもなく頭が悪く、嫉妬深く、間抜けで、それでいて狡猾で、卑怯なんだ。

 バカと鋏も使いようだとは思って、こうして部下として利用してやってはいるが、そのことに対する感謝の言葉もほとんど聞いたことがない。これだから教育もまともに受けていない劣等というやつはクズなんだ。バンバロウは掛け値なく本心から、そう考えていた。


「すでに情報が出ているかもじゃなくてよ、取りに行かせろよ。商売女が美容に興味があるなんてのは当然なんだから、別に不自然でもなんでもねェだろ」


 この間抜け野郎め、とバンバロウは吐き捨てる。

 わかりません、できませんなんて報告は聞きたくねぇんだよ。ダァボが。一発くれてやろうか?


「いえ、それがですね。女どもが話し掛けても、全然相手にされないみたいなんですよ。カニーファと多少は話す仲だったって商売女も、まあいないことはないんですが、うちの傘下じゃないもんでして。下手に探りを入れると逆にカニーファの奴に、こっちが興味を持っているって情報が洩れちまうかも知れなくて、二の足を踏んだ次第で」


 今のバンバロウは、貧民窟(スラム)を牛耳ろうとしているグループの、幹部の一人である。しかしグループのボス、フラッゲンもパルロ人だ。それがバンバロウには我慢ならない。いつかは下剋上を成し遂げなければと、考えていた。

 厳密には、フラッゲンは髪の一房が紺色なので、何分の一かはペイラン人なのだろう。だからこそ、グループの頭を張れるくらいの才覚に恵まれたのだ。しかし、生粋のペイラン人であることを誇りとするバンバロウにとって、混血であることは決して彼の同胞であることを意味しなかった。ワインに泥が一滴でも混じれば、それはもう泥だ。ワインではないのだ。


「チッ、面倒臭ぇな。じゃあもういいや、その手はナシだな。それで済んどきゃ一番穏当だったんだが。小技で警戒されて、本命でしくっちゃあ締らねぇからな」


 面前に立つと、あの眼力にはどうしてか逆らえないのだが、今回のカニーファに纏わるトラブルが、フラッゲンを追い落とす奇貨とならないか、そう利用できないかと、バンバロウは考えていた。

 現役のハンター、それも賞金稼ぎに忠告以上の手を出すとなれば、それは間違いなくリスクである。犯罪者として名前が売れてしまったり、賞金首としてのランクが上がってしまったりすれば、(手におえない)ランクのハンターや、悪くすれば騎士に首級を狙われる可能性だって出てくる。そろそろ見せしめをやっておくかと、連中が思い付くきっかけを与えるべきではないのだ。

 だが逆に、そのリスクをフラッゲンにおっ被せ、美味しいところを掠め取って漁夫の利を得ることも、うまくすれば可能ではないか? それがバンバロウが理想とする、今回の件の始末の付け方における「本命」であった。


「奴の動向は、最近は駆け出しのガキをオスメス引き連れて、潮干狩りだったな?」


 潮干狩りとは懐かしい。

 この港町モーソンの近辺でモンスターハントとなると、大抵はそうなるのだ。

 俺も大斧を担いで何度もあの干潟には足を運んだものだと、バンバロウは何となく思い出す。

 部下に尋ねつつ、侍らせていた女に空いたグラスを渡して次を注がせる。


「そのようです。それについてもご報告があるのですが、よろしいですか?」


 酒を作り終えて、おずおずと女がそのグラスを渡してくる。乱暴に受け取って再びグラスを傾けつつ、バンバロウは報告の先を促した。

 ペイラン人だということで傍に置いている女だが、どうにも色ボケで、気の利かないところがある。言われなくても注いだらどうなんだ。見た目では分かり辛いが、何分の一かパルロ人の血が混ざっちまっているんじゃないか? もしそうだとすれば、純血を騙った代償は高くつくぞと、そんなことを考えながら。


「カニーファの奴、そのガキ共に、金属武器をくれてやったかしたようなんです」

「なんだと?」


 バンバロウは驚く。金属武器というものは基本、庶民にとっては家宝クラスの物品になる。当然、一般《Cランク程度》のハンターが一人で何個も持てるようなものではない。仮に持てたとして、武器である以上、使い方によっては存外簡単に壊れてしまうものだ。他人にそう気軽に貸せるはずはない。それができるということは、金銭の匂いがするぜとバンバロウはほくそ笑む。


「メスガキの方には、自分の細剣を貸したようなんですが、オスガキの方には金属の槍をくれてやったようです。これまで、カニーファがそんな武器を持っているところなんて、見たことがねェようなヤツをです」

「この街に戻ってきた時には、そんなもん持ってなかったはずだな? この数日で買ったってのか? 弓矢だけじゃなくて金銭も相当仕入れたってことかよ」


 こいつはヤバいな。バンバロウは舌なめずりをして吉報を喜んだ。

 戦争をするとなれば、金属武器は幾らあっても大歓迎だ。しかし門衛の兵隊どもからの横流しを買うにしても、闇商人から仕入れるにしても、相応に値が張ってしまう。もののついでで入手できそうとなれば、これは儲けものだ。どうせ冒すリスクが同じなら、稼ぎは多い方がいいに決まっている。


「それなんですが、こっちはまだ、確証はないんですがね」


 部下の男が、軽く周囲を見渡して声を潜める。もちろんこの場にはバンバロウと、バンバロウの女と、自分しかいないのだが、それでもである。


「カニーファの奴か、背負ってる妙な甲羅女の方か、どっちかは分かりませんが、<<収納>>が使えるのかもしれないんですよ。何もないところから、手品みたいに槍を取り出したそうです。それに仕留めた蟹だのトドだのの死骸を、一瞬でどこかに消しちまったりとかしたそうで」


 ガアァン! と、バンバロウは酒のまだ残っていたグラスを机に叩き付けた。

 液体の飛沫が散り、ガラスが砕ける。


「……、おい、オメェよ? オメェそれマジで言ってんのか? <<収納>>だと? 馬鹿野郎の目が腐ってたんだろ?」


 身を乗り出してバンバロウは部下の男との襟首を掴み、宙に持ち上げる。


「パルロ人で、無学浅学なオメェは知らねぇのかもワカンネェがよ、<<収納>>ってのは銀魔法のギフトなんだぜ? しかも<<収納>>に要求される習熟度はLv4だそうだ。分かるか? ワカンネェよな? あんなギフトをそんな習熟度まで上げられるのは狂人だけなんだよ」


 そして自分の目の前に、部下のその顔を持って来て睨み付けた。


「まあカニーファは違うだろ。だがその背負われている方の甲羅女、そいつがマジモンだっていうんなら……、そう言えばその甲羅女、口が利けないらしいって話があったな。おいおい、ハッ、マジなのかよ」


 銀魔法。一度発動すれば脳ミソがシェイクされて記憶が飛んで、二度目には言葉も忘れて、三度目になれば確実に発狂するとまでいわれる、副作用がキツ過ぎる故に、使い手なんて伝説の中にしかいないそれが、その使い手がもし手元に転がり込んできたとなればだ。

 バンバロウは持ち上げていた部下を床に放り出し、そのままブツブツと考え事を始めた。


 うだつの上がらねェ日々に、ようやく幸運が舞い込んできやがったのか。

 バンバロウは、今や満面の笑みで今後の展望を考え始めた。


 銀魔法、時空操作スペースタイム・マジックが転がり込んできたとなれば、木っ端な金属武器の仕入れ差額がどうの、金銭に糸目を付けない美容がどうの、そんな小粒な話とは次元の異なる莫大なビジネスチャンスである。商売人なら誰もが夢見る過ぎ去った遠い過去、終わってしまった物流大革命時代が、この俺の手で再現されるかもしれないのだ。

 そして学のないこの貧民窟(スラム)のバカどもは、未だその価値にロクに気づいていないに違いない。


 バンバロウは自分の幸運に、まだ見ぬ夢を膨らませずにはいられなかった。


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