3-07. 孤児院の院長
急に、騒がしくなった。
わー、わー、きゃー、きゃー、バタバタ、ドタドタ。
院の中は、子供たちの声と、生存証明にも等しい物音とで、いつだって賑やかだ。でもそれが一点に集約されて、そして段階が跳ね上がった感じがする。どうやら来客があったらしい。それもここ暫くの間、祈るように待ち望んでいた来客だ。
「カニーファ!」
わたしは席を立って、階段を足早に下りる。走るのはダメ。駆け寄って首元に抱きつきたい気持ちはあるけれど、そんなことはしちゃいけない。最大の理由は、子供たちが真似をするから。あの子たちは本当にすぐ、そういうことを真似するのだ。
カニーファのバカ、カニーファのバカ、カニーファのバカ! こっちがどれだけ心配したと思っているのか。カニーファのバカ、カニーファのバカ、カニーファのバカ!
そうして今の院内で最も騒がしい場所、つまり玄関口へとわたしは向かう。ああもうじれったい。たいして広くもない建物なのに、こういうときだけなかなかたどり着けないのだ。
果たして彼女は其処に居た。沢山の布束の包みを抱えて、人形のような女の子を背負っている。そして子供たちに纏わりつかれて困っている。うん、ごめんなさい、たぶん彼女だと思うけど、抱えている布束で顔が見えない。なにその大荷物。
「ああ、院長先生。悪いんだけどちょっと、荷物を置かせてもらえるかい? 見ての通り子供たちに集られちゃってな、隙間もない。参ったよ」
子供たちが、カニ姉カニ姉と騒がしい隙間を縫って、聞き知った声が聞こえた。すっごいキレイになったー、どうしてー、とか誰かが言っている。
カニーファの顔はぜんぜん見えないのだけれど、綺麗になったらしい。珍しく化粧でもしてきたのだろうか。なんだろう。窮地を救ってくれた人と結婚することになって、ハンターはもう辞めたんだ、とか。もしそうだったら、お祝いしてあげなくちゃ。やっと自分の幸せを追ってくれる気になったのねって、言ってあげるんだから。
「はい、はい、みんな! とりあえずお客様が来たら、客間に通さなきゃ! 玄関で囲んじゃだめ! カニーファが困ってるでしょ!」
パンパンと、柏手を打って場を仕切る。元気なのはいいことだけど、困った子供たちだ。
自分もきっと、昔はこうだったんだろうなと懐かしくは思う。けれど、取りまとめなければならない側に立つと本当に大変。わざとこっちを困らせて楽しんでいるんじゃないかと、疑わしい時すらあるのだ。
なんとか子供たちを散らせて、カニーファを客間に通す。我慢我慢。わたしは院長先生なのだし、子どもたちが見ているのだし。まだ我慢。
客間は、貰いもののテーブルと長椅子があるだけの、簡素な部屋だ。それでもこの孤児院では最もまともな部屋である。隙間風の入ってくる度合いも、多分一番少ない。パタンと扉を閉めて、一回開けて子供たちを追い散らして、それからもう一回閉じる。
カニーファは抱えていた布束を机の上に置き、長椅子に背負っていた女の子を下ろして、自分もまたその横に腰掛けていた。色々言いたいことはあるけれど、とりあえず、大きく息を吸う。
「バカァァァァァアアアアアッ!!」
ビリビリビリと、安普請の壁が震える。知らない。もう知らない。
「なんなのよ! もう、死んじゃったのかと思った! 死んじゃったんだと思ったんだからね?! あー、もう、なんなの! なんで帰ってこないのよ! わたしがどんな気持ちでいたと思うのよ! 何が、ああ、院長先生、よ! 信じらんない、信じらんなかったわよ、もう……、……、この! バカバカバカバカーー!」
ぜい、ぜい、ぜい。うぅ、呼吸が苦しい。
「あ、ああ、すまなかったよ、なんというか、色々あって」
「ハンターは、もう辞めてくれるの?」
わたしは尋ねる。もういいじゃないかと思う。カニーファはもう十分に色々なことを頑張ったし、先代の願いは、カニーファが命を賭けてでも自分の敵を打ち倒すとか、そういうことではないはずだし。
「どんな事をしていたって、不慮の事態ってのは起きる。今回はまさにそれだったよ。今まで請けた仕事の中じゃ、段違いに安全で実入りもいいはずだったんだがね。別に目的達成を焦って無茶をしたわけじゃない」
カニーファが応えてくれない。つまり辞めるつもりはないらしい。がっかりだ。いい人が見つかったんだって言って欲しい。カニーファには幸せになってほしいのに。それこそが先代の心からの願いだと、わたしは思うのに。
「ウェナンとフィーがね」
「うん?」
「ウェナンとフィー。ルーアと一緒に、わたしとカニーファが一生懸命止めたけど、ハンターになっちゃった三人組の、ウェナンとフィーがね、カニーファにお願いがあるんだって言っていて」
ため息をついてそれから、カニーファがハンターをもし辞めてくれるのだったら、するつもりのなかった話を切り出す。
「やっぱり、相当つらいみたい。あたりが強いっていうのか、相手にされないっていうのか。戻って来たばっかりで申し訳ないのだけれど、よかったら話を聞いてあげて欲しい」
「……、そうか。いいぜ、相談に乗るよ。だがルーアはどうした?」
「ルーアはハンターを辞めちゃったみたい。その後どうなったのかが全然わからないから、それがよかったのかどうかさえ、わたしにはわからないけど。ウェナンとフィーも、知らないみたいで」
そうかよと呟いて、カニーファはガリガリと頭を掻いた。なんだか普段と違って、すごく綺麗にセットされている髪型のように見えていたんだけれど、そんな扱いでいいの? それともおめかしの目的はもう達成した後なんだろうか。そんなことを考えてちょっと呆っとしていたら、カニーファから逆に訊かれた。
「……、院長、目の調子は相変わらずかい?」
「別に、変わらないわよ。いつも通り」
いつも通り、悪くなる一方。でも大丈夫、色はちょっと怪しいけれど、ものの形は大体わかる。最近は目を閉じて行動することを練習中だ。必要な時には子供たちが手を引いてくれるし、それほど困ることはない。
「……、嘘っぽいな。医者には?」
「わかるでしょ? そんなの無理よ」
医者にかかるとなれば大ごとだ。そんなお金銭なんかない。そもそも変なのを呼んでしまうと、診てやるかわりに子供たちから内臓の一つや二つは貰っていくよ、とか言い出しかねない。彼等にとって患者とは金持ちのことで、わたしみたいなのや孤児たちのような相手は、実験材料でなければ医療の素材だとしか思っていないのだろう。むしろなぜ今更医者などと、カニーファは言い出すのか。
「……、くだらないことを聞いたな。ああそうだ、さっきのウェナンとフィーの話を請け負う代わり、ということでもないのだが、ちょっとお願いを聞いてもらえるかい?」
わたしはきょとんとしてしまう。カニーファがお願い? 珍しい。
「なにかしら。できることならそれはもう、なんでも言ってちょうだいだわ」
ちょっとワクワクとさえしてしまう。
「まず一つはこの布束だな。お土産だ。ご無沙汰の詫びということで受け取っておいてくれ。年長組にでも適当に縫わせて、服を作るなり繕いの足しにするなり、使ってくれればと思う」
「それはとてもありがたいけれど、それってお願いじゃないわよね」
カチンときた。確かに布はとても助かる。ありがたい。もう冬だというのに、どうしようもなくて裸同然の子供たちとか、何人もいるのだ。ただでさえ消耗品で、どんどん傷んでいってしまうものだし、幾らあっても困らない。でもそれがお願いだというならとりあえずビンタでもしてやらないといけない気がする。その後でもちろん謝るけど。
「もう一つはな、あー、確かロッタ、でよかったよな。鍛冶屋に弟子入りしたのがいただろう。紹介してほしいんだ。どこの鍛冶屋か教えてもらえないか?」
こっちはちゃんとしたお願いだった。でも、鍛冶屋に弟子入りしたというのはまあそれはその通りだけれども、うーん。
「……、まだ全然、駆け出しだと思うわよ? 鍛冶って、弟子入りして何年もの間、下積みだったりするんでしょう? まだ鍋のひとつも打たせては貰えていないかも」
「ダメならダメで、別に構わないさ。他を当たるだけだしな。それに本人がまだまだでも、もしかしたら親方の方に口をきけるくらいには、なっているかもしれないだろ?」
カニーファが希望的な観測を口にする。そうであってくれれば、わたしも嬉しいのだけれど。
「どうだろう。言いたくないけど、孤児院出身だと、やっぱり無学無教養ってことで冷遇されがちだしね。嫌な話だけど」
あまり考えたくもないが、そういうものである。ここの子供たちはもちろん必死に頑張って、懸命に生きている。けれど文字が読めるわけではないし算盤も弾けない。わたしにもそういうことはできない。
だからそうした技能が要求される職場にはまず就けないし、就けたとしてもすぐに役立たずの烙印を押されて追い出されてしまう。追い出されはしなくとも、例えばロッタがそうかもと危惧されるのだけれど、弟子という名目で奴隷同然の雑用係にされてしまうとかがありがちだ。それでも、路地裏で凍えて飢え死にするよりは全然マシだと、認めなければならないのは本当に哀しいことだ。
「まあいいわ。カニーファが声を掛けてあげれば、ロッタも喜ぶと思うし。でもあまり無理を言って困らせないであげてね」
それからしばらくカニーファと雑談を交わした。そちらの子はどうしたの? 色々あったって、具体的には何があったの? ザミーがまたひどい悪戯をして困ってしまって。カリムが毎朝カニ姉が帰って来ますようにってお祈りをしていたのよ。
そのところどころで、カニーファの返事が詰まるのでどうかしたのかしらと、思ってはいたけれど。
「やはりそうだな、うん、すまない院長。あたしは色々なことを忘れているようだ。死に掛けたからな、部分的な記憶喪失にでもなったのかもしれん」
カニーファが突然に、さらっとそんなことを言いだした。
なんてひどいことを言うのか。わたしは目の前が真っ暗になった気がした。




