3-06. 門衛の一兵卒
都市には城壁があり、城門がある。
中州に築かれた貿易都市、港町モーソンでもそれは同じだ。もっともこの街の場合は、川がそのまま堀として外敵に侵入を阻む役割を果たす設計だ。
なのでモーソンを囲っているのは、城壁というよりは高い土手という風情であった。
城門は日の出から暫くで開かれ、日没の少し前に閉じられる。開閉の力仕事のものは奴隷たちの仕事だが、号令掛けは俺たちがやってやらなければならない。
奴らはこちらが指示を出してやらないと、何一つできないし、やろうともしないのだ。だからこその奴隷なのだし、面倒だとは思うが仕方ない。
開門の号令で、鉄扉を開かせ、跳ね橋を下させる。橋が下りた先に広がるのは貧民窟だ。
公式には、貧民窟は存在していないことになっている。あれらは適当に野宿をしている難民か何かの群れだ。そういう見解になるらしい。
現実に其処あるものを、ないと言い張るのは滑稽と思えるが、まあ貴族様方の考えることはよく分からん。あの方々にはきっと俺等しがない門衛の兵卒とは、違う世界が見えているのだろう。
貧民窟で暮らしているのは、殆どが非ぺイラン人だ。
印象でいえばパルロ人が多いだろう。パルロ人というのは、茶髪か黒髪で肌がやや赤みがかった白という連中だが、実際の所では混血も進んでいるそうなので、詳しくは知らない。
別に城内にだって、つまり城門の内側にだって、パルロ人を始めとしてぺイラン人以外の人種も暮らしている。ペイラン人が多数派なのはそうだろうが、彼等がそう珍しい存在というわけでもない。
表立っての差別がそこまであるわけでもないはずだ、恐らくは。時折、ぺイラン人以外お断りというような、狭量な看板や張り紙を見ることがあるが、女人禁制あるいは優遇とかの方がよっぽど目立つ。俺はぺイラン人だから、気が付かないで見過ごしている何かが他にもあるのかもしれないが、そこまでは分からん。
少なくとも俺自身は、相手がパルロ人だからと言って、特別嫌悪に顔を顰めたり、変な隔意を抱いたりといったことはない。逆にそういった強烈な反応をするぺイラン人というののほうが稀だろう。
だがそうだな、ぺイラン人ではない彼らが、特定の状況で不利益を被りやすいということはあるだろう。
例えば、そんな間抜けは滅多にいないが、パルロ人が、城門の門衛に武器を預けて城内に入ろうとしたりすれば、城外に出るときにその武器が無事に返却される可能性は低いと懸念される。
城内には金属武器は持ち込み禁止だ。だから城内に入ろうとする相手が武装していれば、それを預かって引換証を渡し、後日城外に出るときにはそれを返すというのは、門衛の基本業務の一つである。だが引換証のニセモノを渡すのは簡単だし、本物の引換証をニセモノだと言い張ることも簡単だ。預かった武器を探したが見つからないと告げたっていい。対応する武器が見つからないということは、引換証が偽物だということだ。そういう事になる。引換証自体は所詮木片で、事実として偽造も簡単なのだ。
街の有力者、つまりペイラン人に伝手もないだろう相手の苦情なんて、聞く耳を持つ必要がない。そう思う小銭稼ぎをしたい誰かが一人、関係者の内に紛れているだけで、そういった事件が起きてしまう。それで相手が激高して殴りかかってでも来た日には、よくて暴行罪で杖打ち、恐らくは死罪になるだろう。死人に口はないのだから、武器をちょろまかした側からすれば情状酌量の余地も理由もない。
それは向こうも分かっている。だから余程に阿呆な田舎者だというならばともかくとして、そこの貧民窟を根城にしているような非ぺイラン人のハンターが、自分たちの最大の財産である金属武器を俺たちに預けようとすることなんてことは普通はない。昨日はいたけどな。今、俺の目の前にいる相手のことだが。常識のない女ハンターだ。
身内の恥と言えるそういった事情をオブラートに包んで教えてやって、金属製の弓矢とか細剣とかを気軽に預けようとしてきたところを思い留まらせてやった、そのせいか? 他にも門衛は居るのに、わざわざ俺のところへ寄ってきやがった。何だろう、もしかしてそれで気に入られてしまったのだろうか?
そうだとしたらどうしたらいい。この相手、パルロ人ではあるが、なんというか怖気が走るほどの美人なのだ。危ないところを助けてくれたお礼に、今晩如何ですかといわれたら拒める自信は絶無だ。いやまて、俺には妻子がいる。落ち着くんだ。
「昨日のハンターか。今日は武器は持っていないな? だが、その背負っているのはなんだ」
門衛らしい、機能的な口調で応対する。俺には下心なんてものはない。微塵もない。
昨日は結局、武器をどこかに預けたのだろう、手ぶらで再訪してきたので、その時は城内に通した。それから暫く経って、少し焦った感じで大量の布束の包みを背負って戻って来た。購入証明を持っていたので、特に事情は尋ねず通したわけだが、あれは何だったのやら。
そして今日はまた訳の分からないモノを背負っている。これであれだな、絶世の美女でなかったら非常に疑わしいと思うところ、いや美女かどうかは関係ない、違うそうじゃない。俺は規則に従って規則通りの応対に努めているに過ぎない。
「妹です。見ての通り手足がありませんので、背負っています」
……妹? 人形かなと思ったが、よく見れば動いている。
……妹と紹介された瞬間から動き始めなかったか?
チラリと目線があったが、こちらは美女というより美少女だな。しかしなぜ甲羅がくっ付いているのか。あと、頭の円盤はなんだ?
「武器を持っている、ようには見えないな。妹? まあ、いい。ハンターだというなら分かっていると思うが、余計な騒動を起こすなよ。通ってよし」
まあいいだろう。
門衛の規則では、武器を持った相手を通すな、不審な人間を通すな、指名手配犯を捕まえろ、とまあそんな感じになっている。
組合ハンターでCランクとなれば、不審な人間とは言えないし、組合証に記載されていた名前も、指名手配犯の一覧には該当なしだ。それで非武装だというなら引き留める理由はない。
そういえば、カニーファという女ハンターの名前には、聞き覚えがあるような、ないような。
以前からいただろうか? いやしかし、こんな美人が前からいれば、それをそうそう忘れることもないはずなのだが。




