3-05. 公都の居酒屋
「巡礼の旅ねえ。目も見えないってのに? しかも若い女の独り身で? ちょっと俺には、正気の沙汰とも思えないんだが」
バリードは、麦酒の杯を乾かし干し肉を齧りながら、酒場の騒動で知り合った相手に話し掛けた。
そこそこな長さの金髪をポニーテールに束ねた、元々は凛々しい白貌であったのだろう娘さんである。それだけに、中身がないのだという目元をガッチリと覆う、赤い布の分厚い帯が痛々しい。
「自分がやりたいと思うから、それをするのだ。正気かどうかなど、別に関係はないな」
話し掛けられた娘がバリードの言葉に応える。大きなソーセージをナイフで切って、切った一部をフォークで口元に運んでいたが、その手を一旦は休めつつ、である。
目が見えないと言う割に所作には淀みがないし、それに随分と品がいい、とバリードは思った。俺だったら間違いなく、ナイフなんて面倒だで齧りついているだろうし、喋りながらでも食う手は休めないだろう。
「しかしな、お嬢さん。いやアンタが相当に出来るってのは、さっきのを見せて貰ってたから、まあ分かるんだけどよ」
この娘さんに、先刻ちょっと酌をしろやで絡んだ馬鹿野郎どもは、漏れなく全員がこの食堂の外に叩き出されて悶絶中である。その過半数は、この娘さん自身の手によるものだ。
そうでない分は見かねて手を出した俺の仕業であるが、結果を見れば正直余計な手助けだったなと、バリードは思っていた。俺が参戦したせいで、壊れた机とか食器の数は、間違いなく増えてしまったはずだ。そういう細かい手加減とか手心とかは苦手なのである。
「だが、エデン辺境伯領を出発しての巡礼の旅ってことは、あれだろ? 普通とは違う奴だ。聖、聖なんだっけかな、聖なんたらの旅程を辿るとかいう、要するに世界一周の旅だよな?」
普通、巡礼の旅に出るといえば、目的地はエデン辺境伯領のエデナーデ。そしてそこから更にグラール山を登った先にある、聖杯の湖に詣でることを言うはずだ。
だがそうではないパターンもある。出発地点がエデナーデとなるルート。かつて洗礼の奇跡を施して回り教会の教えを世界に広めたという聖何某、その行脚の道程を追体験するという気の遠くなるツアーだ。
前者だって、熱心な信者が一生に一度はできたらいいなと憧れるような長旅だ。後者に至っては真面目に全部徒歩で行くなら、それこそ一生をかける事にだってなりかねない。聖何某の時代と違って、国々が相争っている訳ではないから、ある程度は街道も整備されているし乗り合いの馬車も所々には走っている。しかしそれでも不具のある身の単身でそれを実行に移そうなどとは、どれほどの狂信者か。
「そうなるな。ロディナ侯爵領を抜けて、この公都に来た。ここまでの半分以上の道程は、馬車に揺られていただけではあるがね。次に目指すは王都だな」
聖なんたらの箇所に突っ込みなし。過剰に熱心な信者という線も疑問だな。
ますます意味不明だと、バリードは首を捻る。
「なんつーか、まあ俺もよ、他人様のことを無謀だなんだと言える口じゃあないわけだが、せめて道連れの一人も居なかったのか? 不便すぎるのを通り越してるだろ。むしろよくここまで来れたもんだ」
娘が、麦酒のジョッキを呷っている。ひとつひとつの所作に品というか、洗練されたものを感じる。やっぱり貴族か、その縁者だよな? 一声掛ければ取り巻きなんて、幾らでも選り取り見取りだったんじゃないのか? とバリードは予測した。
「元々は、一人旅の予定ではなかったのだがな。まあ、予定通りにはいかなかったのだ。店員! 麦酒のお代わりを頼めるか!」
よく通る、聞き触りの良い声で娘が次の杯の注文をする。
あいよー、と応じる居酒屋従業員の声が店内に響いた。
武芸が達者な所も含めて、貴族ではあっても深窓の御令嬢ってわけじゃなさそうだし、世間をロクに知らんということもなさそうだ。しかしどうにも読み切れん相手だなと、バリードは思い悩んだ。
「さて、そんなところでいいかい? Bランク狩人バリード。どうせすぐに街を出て次へと向かう身だ、貴君に迷惑をかけるようなことは、そうはないと思うのだが」
娘が言う。
「狩人組合への紹介と、武器購入の立ち合いを頼みたい、ねぇ。こうして知り合えたのも何かの縁だろうし、それ自体は別に構わねぇんだけどよ」
バリードは少し黙った。娘が頼んだ麦酒のお代わりが運ばれて来る。
ああ、俺にもお代わりだ、でバリードが空いたジョッキを従業員の女性に手渡す。
「済まないが、そこまで手持ちに余裕があるわけではない。手間賃にここの払いを持つくらいはさせてもらうが、ああ壊した机椅子に食器の弁償代も込みでな、逆を言えばそれくらいで勘弁願いたいが」
「いや、まあタダ働きは信条に反するんで、そう言うならご馳走にはなるがよ、弁償代の方を払わせる気はねぇよ。今黙ったのは、少し考え込んだだけだ。別にそういう催促とかじゃねぇ」
少し気色ばんでバリードが言い訳をする。一瞬、従業員の女性のアンタまさかな視線が突き刺さってきたことは、多分関係はない。
「あんた、カーラート人だよな。まあ、王族や貴族に多い見た目だし、そうそう門衛共のカモにされることもないとは思うが、、、いや、どうかな」
金髪は上流階級に多い見た目である。王国の始祖が、金髪が特徴であるカーラート人だったからだという。
とはいえ庶民にだってカーラート人はいるわけだし、つーか俺だって何分の一かはそうだし、何の保証にもなりはしないかと思い直す。
「うん? なんの話だ?」
「ケチな話だよ。他所モンの無名ハンターが一人で、金属武器抱えて城門を訪れました、さてどうなるでしょう、ってな話。ハンターもBランク以上になれば、そういう下らねぇ心配はしなくて済むが、EだのDだののランクじゃ、鴨背負ったネギ扱いされても不思議はねぇな」
ネギは鴨を背負えない。逆だ。
「城門の兵士達が、何かあるのか」
おや、世間ズレしていない所もあるらしい。バリードは逆に少し意外に思った。どこにでもあるような話のはずだが、この娘の出身地だというエデン辺境伯領では違ったのだろうか。
「あるねぇ。そりゃあ、あるさ。例えば城内に伝手がないハンターが素直に武器を預けちまうとして、当然に返してもらえないどころか、逆に嘘つき呼ばわりされて袋叩きに合うなんて事とか、まあ往々にな。だから俺なんかも、Bランクに上がるまでは、拠点からの遠出はしなかったしな」
お代わりのジョッキを受け取る。すぐに呷って半分程を空けてしまった。
「城門の兵士達が、何故そんなことをする。彼等にはちゃんと武器が支給されているはずだし、出処不明というか、盗品にあたる武器をまともな値で買い取る商人も居ないだろう」
理解できない、と娘が疑問を呈する。
並のハンターにとって、金属武器とは一生モノであって不思議はない。庶民にとっては普通に一財産のはずだ。そんな横暴を働いてトラブルにならない訳はなく、リスクを考えればメリットが見合っていないだろう。
「城内の商人にはな。ああ、それで分かんねえのか。城塞都市エデナーデには貧民窟が無いって話だものな」
バリードは認識齟齬の原因に思い当たった。
「よく知っているな。そうだな、あの街に貧民窟なんてものはない。不定期に鬼共の襲撃があるからな。城外にもう一つの街なんて築きようがない。だがなるほど、貧民窟の悪党共が、悪徳な兵士どもの客というわけか」
娘が自分の麦酒を一口呷る。少し頬に赤みが差しているようだが、酔によるものか、それとも正義の不在に怒りを覚えてのことだろうか。
「バリード、先程の口ぶりだと、Bランクにまでなれば、そうした懸念はまず不要になる、ということで良いのか?」
少し間が空いてからの、娘の問い掛け。
「んー? まあな、Bランク超えれば、地域を跨いで組合に顔と名前が回覧される。遠征とかに呼ばれることもあるし、教会から仕事を貰うこともあるからだ。そうなれば城門の兵士どもとしても、トラブった時の揉み消しが面倒だし、まあ変なちょっかいをかけられることは無くなるだろうな」
「仮に、いまのお前が、Eランクから出直すとなれば、どれくらいでBランクにまで返り咲けそうだ?」
おいおい、と杯を乾かしつつバリードは獰猛な笑みを浮かべた。マジかよこの娘。
「喧嘩を売ってるも同然な質問だぜ、それ。お前にできることならアタシにもできるはずってことかい? まあいいや、今は買わないでおくぜ」
話の流れ次第だけどな。面白いぜ。
「上位ランカーからの口利きがあれば、下積み期間とかは大分短縮できるはずだ。純粋な所要期間は、実力そのものよりはむしろその辺りによるだろう。代わりに別の何かで実力を示せってことになりがちだから、なんとも言えねぇところではあるけどな。どうせ組合に行くってんなら、聞いてみればいい」
そしてバリードは、勘定! と声を上げて席を立った。
「うまくすりゃあ、その場でCランクくらいにはしてくれるかもしれねぇぜ。例えばこの俺をコテンパンにできるくらいの実力者だ、とかだったらだけどな」




