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天国のお土産  作者: トニー
第三章:港町モーソンの貧民窟
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3-04. 貧民窟の某所

 港町モーソン、貧民窟の某所にて。

 ここは柄の悪い輩の溜まり場。床には酒瓶が乱雑に転がり、誰も片付けようとはしない。どうせゴミだらけの場所だ。一本二本増えたところでと、毎日数十本の空き瓶が増えていく。

 ここに居る人間たちの大半は、酒でなければ煙に酩酊している。葉っぱを燻らせては桃源郷に出掛けている奴がそこら中に転がっていて、つまり人間も含めてゴミだらけの場所。誰かが掃除をするべきだが、掃除夫しょうきんかせぎはお断り。彼らにとっては、こうであるからこそ居心地が良い。

 その場所から、階段をひとつ降りた場所。目立たない地下の一室に、怒気だけを表現した罵声が響いた。


 「オメェよ、ワシん事ナメとんのか?」


 長椅子にどっかりと腰を沈めた凶悪な目付きの男が、机に並べられた革袋の数と、それぞれの中身、鋼貨の種類を検めて、そして正面で畏まっている巨漢を睨みつけた。


 「足りねぇよな? これ、どう見ても。あ? ワシが数もまともに数えられねぇ間抜けだと、オメェはそう囀りてえってわけだ。なあバンバロウ、これは、そういうことでいいんだよな?」


 バンバロウと呼ばれた巨漢は微動だにせず、その視線を受け止める。ただし、罵声を不遜に受け止めた、というわけではなかった。

 その背中は、冬だというのに冷や汗でびっしょりである。彼は動かないのではない、動けないのだ。


 「ボス、いや、これは違うんで。不足分は、今大至急掻き集めさせているところです。なんで」


 ドガァン!


 グラグラと、机が騒音と共に大きく揺れる。

 ボスと呼ばれた、凶悪な目付きの男が、机上に踵落としをくれたからだ。机には何も罪はないと思われるが、気の毒なことである。


 「今ァ? 大至急だとォ? ンだそれ、バカにしてんだろ。今できるってんなら、昨日でもできたはずだよな?! オイ。あァ? なんなんだよ? もっとマシな言葉ァ、出てこねェのかァ?!」


 ジャラリと、鎖の音がする。

 世間の景気は、ここ暫くずっと良くない。それに加えて今回は、何時もなら娼婦たちに金銭を落としていくハンターたちが幾人も不在で、それでノルマ達成を焦った下っ端の何人かが、賞金稼ぎ(ハンターたち)に潰されたりもして、どうにも金銭の集まりが悪かった。だがそれにもまして、先日末端とはいえ倉庫がひとつ潰されたのが何より大きい。

 どう説明したものかと、バンバロウは苦悩する。言い訳だけではダメだ。問題が起きた事実は事実として、その問題にどう対処するつもりであるのかも喋れなければ。


 「……、ボス、カニーファのヤツが、生還したって話、お聞きになりましたか」

 「カニーファだぁ? ……、裏切り者の薄汚ねぇ飢えた雌犬が、チッ、死んでなかったってのか。だがそれがどうした。その話は後で別のヤツに聞くとしよう。今はテメェが、義務も果たさず、ワシの前にその糞ったれなツラを出せた、理由ってやつを聞かせてもらうのが先だ」


 貧民窟(スラム)出身でありながら、賞金稼ぎを主な生業とするカニーファのような人間が裏切り者だという認識は、貧民窟(スラム)の闇に暗躍している彼等にとっては、共通認識というべきものであった。

 とは言えフラッゲン程の立場にもなれば、目障りと思う相手ではあっても、動向に関する報告を最優先で聞きたい敵ということでもなかった。捻り潰そうと思えば、いつでも出来る程度の小物。別の面倒の種をばら撒くことになりかねないので、目零しをくれてやっているだけの、所詮は雑魚に過ぎない。


 「戻ってきて早々、ヤツが働き蟻を十匹近く潰しちまいまして。おまけに小さい奴ではありますが、倉庫を一つ完全にやられちまったんです。面目のないことで」


 ボスと呼ばれた男、フラッゲンの目付きが凶悪にゆがむ。おのれ汚らしい雌犬めが。調子に乗ったか。

 バカにされ、蔑まれ、いいように利用されて、それでも忠犬よろしく権力に尻尾を振り続けるとは、どれほど愚かなのか。おまけにそれでやることといえば、権力の軛から脱し自由を獲得しようという彼等の活動の妨害であり、権力者による迫害の助長なのだ。


 煮えくり返る腸のまま、続きを促す。

 それで? おまえはその落とし前をどうつける気だ? 無念です、でお終いの話か?


 「ご相談したいのはですね、なんでかは分からないのですが、カニーファのヤツ、えらい美人になって戻って来たという話なんです。それでその話をですね、耳の早い顧客が聞きつけたようで」


 意外な話の筋に、フラッゲンの眉根が不審に寄る。


 「……、何の話してんだ? 美人になって戻って来ただぁ? 実はヤツは、のんびり飼い主と温泉旅行にでも出かけてましたってのか?」

 「まさにその秘密をですね、買いたいと。顧客が言ってきているわけです。情報の精度によっちゃ、こっちの言い値を払ってもいい、とまで口走ってまして。美容ですか? そういうのは金銭になりますからね」


 フラッゲンの目付きが少し変わる。

 よし! とバンバロウは内心で喝采した。


 とにかく金銭が必要なのだ。彼等には、できる限りたくさんの金銭が必要だった。

 彼等は貧民窟の西側で最大規模の集団(グループ)であったが、ここのところ不景気もあって色々と頭打ちになっており、そこで東側の縄張りにも手を伸ばすことを目論でいた。

 もちろんそうなれば東側勢力との抗争になるのは火を見るよりも明らかなこと。

 ならば武器を揃え、兵隊を募らなければならない。つまりはより大きな儲けのために、初期投資として集められるだけの金銭を集めようとしていたのだった。


 「フン。……、倉庫を潰された間抜けを埋め合わせる、金策の目途はあるってんだな? まあいい、そういうなら猶予はやるよ。だがあの雌犬か。ハンターに手を出すってんなら、分かってんだろうな?」


 フラッゲンはやや前傾気味だった姿勢を起し、長椅子の背もたれに身を預けた。その変化をみて、脇で控えていた薄着の娘が、フラッゲンの横に腰掛ける。


 「もちろんです。しかし急に舞い込んだ話なんで、ちょっと準備はしないといけません。少し時間さえいただければ、うまい事やって見せますよ」


 バンバロウが請け負う。

 確かに現役のハンターに手を出すというのはリスクが伴う。本人の戦闘能力もあるが、狩人組合という組織の一員である以上、迂闊なちょっかいを掛けてた場合には組織的な報復があり得るからだ。

 だがしかし、とバンバロウは考える。だからこその使い道だってあるだろう。


 「下手打つんじゃねぇぜ? さもなきゃオメェには、次の抗争で死ぬ程に(・・・・)頑張ってもらうことになる。分かってるだろうがな」


 そうして、バンバロウは安堵のため息を漏らす。

 ようやく、身体の自由が戻ったからだ。

 バンバロウは、決して小心者などではない。

 本来、睨みつけられただけで、指の一本も動かなくなってしまうことなど、考えにくいことである。

 だが現実にはそれが起きる。そしてそれは、バンバロウだけではなかった。


 フラッゲンに間近で睨みつけられると、誰しも身動き一つできなくなってしまう。

 それはフラッゲンのギフトの力によるものだったが、フラッゲン自身、それをそうだと明確には把握していなかった。

 金属武器くさりが手元に無いと、どうも手下共の怯え方が緩いな、とは思っていた。だから何か、威圧感、或いは気迫といったものを、増幅するような便利なギフトを、自分が持っているらしいとは気付いていたが、しかしそれを誰かに告げたことも、確かめたこともなかった。

 便利に使える力で、さしたるデメリットを感じないのであれば、それに教会がどんな名前が付けていようとも、知ったことではなかったからだ。

 実際のところ、スラムに暮らしている貧民たちの場合、自分がギフト持ちであることに気が付いていなかったり、気が付いていてもその詳細までは正しく把握していないという例は、よくあることである。彼等は生涯、教会で<<鑑定>>を受けることなどない。そして文字すらまともに読めない彼等が、ギフト名鑑に目を通すこともないのである。


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