3-03. 貧民窟の盗人
喜びと期待で心臓が踊っている。口の端が笑みの形でヒクつくのを抑えきれない。
金属武器の弓矢に細剣、それに性人形を拾った。随分と精巧な造りの高級品だ。
なんてこった、大儲けだ! 神様アンタはいい仕事をしたぜ!
旨く売り捌けば、不可能だと思っていた今回のノルマだって、悠々と達成できるだろう。
少なくとも達成の目途が立ったとは報告できる。
戻って来た賞金稼ぎの見張りなど、相方ともども貧乏くじを引かされたと思ったものだったが、実に幸運だった。まさか金目の物を、鍵もかからない貧民窟の下宿部屋に置き去りでお出掛けとは。
自分を何で、ここを何処だと勘違いしたのか。
「まあ、授業料ってっこたぜ。バカな女ハンターめ」
足早に路地を抜けつつ、ほくそ笑む。
ああ、笑わずにはいられない。最近のノルマは本当に厳しくて、心底参ってしまうわけだが、これだけデカい入りがあれば、しばらくは女遊びで豪遊だって夢じゃあないだろう。
「しかし意外ッしたね。聞いた話じゃあのカニーファってのは、ここの貧民窟出身のくせに賞金稼ぎなんかをやっている裏切り者だってことでやしたが。うちらみたく他所からやってきた面子で見張りなんか、できんのかそれって思ってたんスけどねェ。あー、つかこの人形重いな」
俺が弓矢と細剣を持って、割り込みを警戒しながら道を先導。相方が性人形だと思われる重量物を背負い込んで、塒に向かって移動中だ。
まだ日中だが、そういう道を選んでいるだけあって辺りは薄暗い。最初港町モーソンの貧民窟に移住してきたときには、右も左もわからなくてなんだこの迷路はと思ったものだが、もうだいぶ慣れた。
「そういやそういう触れ込みの相手だったか? ケッ 仲間裏切るようなヤツはクズだよなァ。これで武器もなくなっちまったことだし、帰ってきたら囲んでボコっちまうか?」
賞金稼ぎ、賞金首を狙うハンターというものは、領主貴族の、つまり権力者側の走狗に等しい。あの首級を狩って来いと言われれば、尻尾を振りつつ駆け出して行き、こういうやつを見かけたら教えろと命じられれば、やはり尻尾を振りながらワンワンと吠えたてる。まさに走狗だ。卑しい奴隷だ。
虐げられる側、けれども反骨精神に溢れていて然るべき、貧民窟の住民がやるような仕事じゃあない。そんな仕事に就いて同じ住人達を売るような糞ッたれな輩は、裏切り者と呼ばれるのが当然だし、悲惨な末路が必然というものだ。
「あー、そうッスねェ。捕まえて売り捌くほうがいいんじゃないッスか? 慎重に、慎重にで見張ってたからしっかりとは見なかったッスけど、結構高値で売れそうな女だったと思ったんッスよ」
「ほう! そいつはいい、じゃあもう一人二人に声でも掛けて、あの宿に乗り込むとするか」
「そうッスね。また武器を仕入れられちゃあ面倒ですし、早いうちがいいでしょう」
それで、荷物を塒の倉庫に運んで、しっかりと錠前を掛けて、俺たちは数人の仲間に声を掛けた。
裏切り者の女ハンターを無力化した。これから捕まえに行く。一緒にどうだ?
思ったよりも人数が集まった。最終的には売りに出したいので、壊しちゃあダメなんだが、大丈夫だろうか? まあ、ハンターをやっているというなら体はそれなりに鍛えているのだろうし、きっと平気だろう。
ここからの展開に胸を躍らせて、ぞろぞろと、怯えて縮こまった獲物が待っているはずの下宿に向かった俺たち一行の前に、意外なことにそいつは堂々と素手で現れた。
「おい蟻ども。あたしの荷物を持って行ったのは、アンタたちってことで正解かい? 違うっていうなら特に用はない。散り失せな」
おいおいマジかよ。どれだけ頭が御目出度いんだ。状況が分かっていないらしい。
そしてそれに反して、とんでもない美人だ。やばいぜ、すでに股間が臨戦態勢だ。落ち着け、売り物にするんだ。ちょっとくらいならまだしも、獣欲のままにもみくちゃにして、襤褸屑みたいにしちまうのは不味い、というか勿体がない。他の阿呆共にも、それだけは言い含めておかねえと。
「ふん、是ととるぜ。……、ミイ、引戻せ」
俺たちが取り囲もうとしたところ、女は身軽にジャンプして隣家の屋根の上に飛び乗りやがった。信じられない身軽さだ。
「チィッ、間抜け共、逃がすんじゃねェぞ!」
俺が怒鳴る。
オウと応じる声の他に、頭上から嘲笑が返ってきた。
「どっちの台詞だろうね。それ」
……? おかしい。
なぜ、武器を持っている? あの弓矢は、俺が確かに倉庫に仕舞ったはず。
ドズガオォォォンンンンンンン!
砲撃でもされたのかという轟音が、路地に轟いた。意味不明な衝撃に、身が少し浮く。耳鳴りが酷い。こめかみに激痛が走り、世界がグラグラと揺れる。
安普請の家々の壁がビリビリと震えていた。
音源と思しき方をみれば、相方の上半身が吹き飛んでいた。
地面に、それは槍かという金属の矢が斜めに突き立っている。
相方の下半身は、そのすぐそばに倒れて中身を地面に零していた。
誰も動けない。起きた出来事が理解できない。
そう、そして誰も触れていないのに。
深々と地面に突き立っていた矢が、宙に浮いた。
ファン、と宙に浮かんだ矢が、射放った姿勢でいた女の元に帰る。
やばい! やばいやばいやばい!!
これはとんでもない相手だ。間違いなく何かのギフト持ち。そして人間一人を即死させる威力の金属武器で武装している。叶う相手じゃない。
弓矢はきっと、今しがた矢を回収したのと同じ方法で、手元に召喚したに違いない。
武器を手放して外出したなど、最初から罠だったのだ。裏切り者に嵌められたのだ。
逃げなければならない。逃げなければ!
ズバダガオォォォアアアンンンンンン!
第二射が放たれた。
吹き飛ばされた。竦んでしまったのか、脚が全く動かない。これでは逃げられない。
ああ、そうじゃなかった。
今の女の一撃で、俺の脚はなくなってしまっていた。




