2-22. 絶望からの生還者
全滅がほぼ確定的だとの報告を受けていたハンターたちの、生き残りが単身で支部の城外受付に現れたと聞いて、狩人組合の支部長アランは大至急で事情聴取の場を設けさせた。
一体何があった? 他のハンターや商人らの安否は? 今まで何をしていた? 尋ねたいこと、尋ねるべきことは山とあった。
聴取の場には、隊商の安否確認依頼を任せたBランクハンター、レンブレイも同席させた。これから狩りに出ようとしていたところの身柄を押さえたと聞いたので、彼には後で謝罪をしておかなければならないだろう。
誰だ? その生還者がドアを開けて入ってきたとき、アランは一瞬そんな疑問を覚えた。
いやいや、知っている顔し、覚えのある名だ。何を馬鹿な。
特別な贔屓をしていたわけではないが、将来が楽しみだと目をかけていたハンターの一人である。
ガウェン侯の財布が吝い事情もあり、大して稼がせてやることもできてはいなかったが、彼女はその少ない稼ぎの中からでも孤児院への寄付を怠らず、またどうしても手が掛かる相手である孤児出身の後進ハンターの面倒見も良いという、およそ得難い人材だった。
女は化粧で化けるというが、これがまさにそれなのか?
組合ハンターの鑑として、これからも頑張ってほしいと思っていた彼女が、護衛についていたハンターたちの一人として、帰らぬ人となってしまったらしいと聞いたときは、本当に残念に思ったものだ。それが生還したとなれば、それは実に喜ばしい事だったのだが、彼女にどんな心境の変化があったと言うのか。
「あんたカニーファ、だよな? 大分、なんつーか、あれだ、印象が変わったな」
問い掛けをレンブレイに先んじられる。相変わらず礼儀を知らない男だ。
しかしそう、カニーファという女ハンターは、容姿という点で言えば、特に目立つ印象のない相手だった。
思い返せば素材は悪くなかったと思えるが、所作に女らしさは乏しく、肌は荒れ放題。所々にアバタやシミが目立ち、折角の黒髪も痛み放題のままで適当にザックリと括っただけのボサボサ頭だったと思う。
もちろん彼女は、肌を磨くことが仕事であるような貴族の娘等や遊女の類ではない。
逆にハンターであるにもかかわらず、女だからとそうした手入れが行き届きすぎているようなEランクやDランクを見掛けると、お前らハンターをなんだと思って組合の敷居を跨いだのかと、小言のひとつも言いたくなるのがアランである。
ゆえにアランとしてはカニーファのそうした無頓着さは、まあそんなものだろうと逆に好感を覚えていたくらいであったのだが、それが今やどうしたことか。
その黒髪は、窓から差し込んで来る光を弾き、艶やかに輝いている。
ドアを閉じた際の風にふわりと靡いて広がり、また速やかに収まる様子には一切の軋みさえもない。
肌は張りがあり滑らかで透き通るほどに白く、あったはずのシミや腫れは痕跡の一つも見出せない。
服装は相変わらずだ。着飾ったりは全くしていない。にもかかわらず、恐ろしく美人だ。
無駄がなく余剰もなく、つまり完璧。磨き抜かれた珠玉とはまさにこれである、という印象を今の彼女からは受けた。異様なまでに研ぎ澄まされた美女がそこにいた。
自分磨きに余念のない偏執な女貴族の類がもしも彼女の姿を見かけたならば、即座に鏡を叩き割って神を呪う言葉を口にしつつ、毒リンゴの入手にでも努めるのではあるまいか。この美女が陽光下を駆けずり回る狩人であるなど、最早それは彼女らの人生に対する全否定ですらあり得るだろう。
このカニーファとの再会は、たかだか何十日かぶりでしかないはずだ。一体どんな出来事があればこうも一個の人間が変貌するというのだろうか。
「あんたの気の迷いだろう」
にもかかわらず、それがカニーファの応え。いやいや、その見た目でその口調なのかよ。
アランはズッコケたし、レンブレイは「そんなわけあるか!」と声を張った。
大の大人が二人揃って女性を密室に呼びつけて怒鳴り声を上げるとか、この構図には思うところがないでもないアランであったが、不可抗力であってセクハラでもパワハラでもなかったと強く主張したい。
カニーファからもたらされた情報によって、事件の全容はおおよそ解明された。本来この近辺には出現しないはずの、赤鬼という規格外モンスターによって引き起こされた大惨事。そしてまた、まだ解決していない狩人組合にとっての深刻な問題の存在が明らかともなった。
「その赤鬼は、ハンターを強く敵視しており、すでにこの街の近くにいる、向かって来ている、というのか」
「ああ。あの赤鬼はどうも、自分の一族をハンターに全滅させられたらしい。その復讐の一念で、どうやら狂っている。あれの目にハンターだと映れば、それがチャンバラの子供だろうと、杖を突いた老人だろうと、問答無用で襲い掛ってくるだろう。山砦に囚われていたあたし以外のハンターたちは、全員が殺されてしまったよ。それを制止しようとした、仲間だったはずの匪賊共もまとめて全部、見境なしにだ。相手が無抵抗だろうと、弱者だろうと、関係なくな」
レンブレイが相槌を打ちながらカニーファの話を聞いている。
ふむ、なるほど、なんということだ。
カニーファの話の筋に大きな不自然はない。だがアランはふと疑問に思った。
随分と赤鬼という種族の性格を把握したものの言い方だ、と思ったのだ。
Cランクハンターで、かつ賞金首を主な狩りの標的としていたカニーファが、Bランクに位置づけられる赤鬼の生態に関する情報を、どうやって仕入れたというのだろうか。
最下級だとされる餓鬼には凡そ見境というものがないが、鬼族も赤鬼クラスになると、自らが戦う相手を選ぶようになってくる。雑魚の露払いは配下の鬼たちの仕事なのだ。
丁度人間の貴族が畑仕事だの皿洗いだのに性を出すことはまず無いように、一族の雄でありエリートである赤鬼だの青鬼だのは、相応に強い相手としか戦いたがらない。
こうした情報は、Bランク以上のハンターは当然に把握しているべきものであるが、しかしその一方でCランク以下のハンターには、少なくとも狩人組合の内側において公開はされていないものだった。
「しかしお前だけは助かった、というのだな?」
アランが問う。
「そうだな。あたしはどうしてか、赤鬼の配下だった鬼の一匹に気に入られていてな。そいつの女扱いで囲われていた。留守番役だったようだが、砦に戻ってきた赤鬼がハンターどもを出せとがなり立て始めるや、うまいこと逃がしてくれたんだ。他の女たちと違って五体も満足だったからな、何とか逃げて来れたというわけだ」
「その鬼はどうしたのか」
「……、訂正しよう。うまいことは逃がしてくれなかったな。身を挺して、あたしを逃がしてくれたのさ。本人は、赤鬼にドタマをカチ割られたよ。……、一目散に逃げればよかったのにな」
そう神妙に述べて、カニーファはつい、と目線を光差す窓に向けた。最後の言葉が少し小声だったのは、何某かの感情を隠すためか。
しかしそうした仕草を見てやはり思うのだが、信じがたいほどの美人になってしまったものである。果たして彼女は、これからもハンター業を続けていくことができるのだろうか。アランはふと、そんなことが不安になった。
「さて報告は以上で、ここからが相談だ」
カニーファがそう言いつつレンブレイを見て、ニヤリと笑った。レンブレイが額に手を当てて天を仰ぐ。
「いいところにいるな、レンブレイ。赤鬼は近くに来ている。放置は危険だ。当然狩りに出るだろう? あたしも同行させてほしい」
「おいおいおい、マジかよ。タダ働きはゴメンだぜ? 只でさえここに呼ばれたせいで請けるつもりだった仕事をひとつ不意にさせられたってのに」
そしてレンブレイとカニーファの視線が向く先はひとつだ。
アランは口元を引き攣らせつつ、頭を掻いた。
「あてもなく出動したところで、獲物には遭遇できないぞ。いつ襲ってくるともしれないとなれば、戦力をあまりこの街から遠ざけることはできない」
「あてならあるさ。あたしの相棒が、<<地図>>のギフトを使えるからね」
相棒? カニーファの言葉に、アランとレンブレイは顔を見合わせた。




