2-13. 鬼の弟子入り
まともな武器を持っているわけでもない野盗たちなど、Cランクハンターの敵ではない。
Cランクのハンターであれば、相応に場数を踏んでいる。そして現役の内は、己が選んだ武器を使い熟すために日夜修練を欠かさない。それが当然だ。それでなければ務まらないのがハンターというものだからだ。
ならば仮に、野盗たちが何かの偶然でそれなりの武器を手に入れたとしても、指導を受けたわけでも訓練を重ねたわけでもない烏合の衆では、やはりそんなハンター達に勝てる道理はない。
だからこそ隊商の商人たちは、大枚を叩いて優秀なハンターを護衛に雇う。そして襲撃で毀損強奪される可能性のある物品を運ぶというリスクが、これだけの危険を冒して貴重な物品を運んできたのだから相応の金を払えなリターン以下になった、と見込んで旅立ちの判断を下す。よいハンターを雇えなかったり、売り先の景気が悪いので希望価格では売れそうもないというような情報があれば、出立を見合わせることもある。
しかし、見込みは見込み。時には外れることもある。強力なモンスターの襲撃を受けて、というのはその中では比較的よくあるパターンだ。野生の動物が何かのきっかけで、突然に強力なモンスターに変じるということがあるためだ。
血染熊が、その最たる例として恐れられている。他にも牛から転じる人喰草であるとか、巨大魚が変じる水虎であるとか、珍しい例まで含めるなら枚挙に暇がなくなるだろう。
だが、赤鬼。このリスクは計算できない。その変数を式に代入するならば、導き出されるリスクは「全滅」だ。どんなリターンも釣り合わない。
そもそも鬼族というのは地獄の住民だといわれている。地獄に繋がる穴があって、初めて彼らは地上に現れる。どうしてかどこにでも湧いてくる餓鬼や、成長した餓鬼からごくまれに産み落とされることがあるという小鬼はその限りではないのだが、赤鬼や青鬼、およびその配下の鬼たちは、地獄が口を開いているような、最重要警戒対象となる特定地域でしか遭遇しないはずのモンスターだ。
間違っても、街道を旅していてばったり遭遇するような相手ではない。運がいいとか悪いとか、そういうレベルの出来事ではなかった。リスクなど、計算できたはずがない。
予期せず、強力なモンスターに遭遇してしまったときの定番に、適当な生贄を差し出してその間に逃げるというのがある。生贄は、余分に連れてきた驢馬であったり、適当に足止めをしてうまく逃げてくれと追加報酬で依頼されたハンターだったりする。
最ベテランであった戦鎚のハンターが、Cランクの誇りを叫んで殿を買って出た。俺が赤鬼を引き付けている間に、野盗共の囲みを崩して先に逃げろ、というわけだ。
「グウルァアァアァオオオォァァァッ」
しかし、魂を鷲掴みにするような赤鬼の雄叫びが、定番に縋った見栄の去勢を吹き飛ばした。
任せたと、他の誰が言う間もない。構えた戦鎚ごと、最ベテランのハンターだった男は、赤鬼の振るった金棒の一撃を受け止められず血泥に沈んだ。
仮に、これで相手が血染熊であったのなら。残酷な話ではあるが、倒されたハンターの遺骸が喰われているうちに、場合によっては荷物は置き去りでも、方々に逃げ出すという手が使えただろう。
だが、鬼族にその手は通じない。
包囲して、殲滅し、奪い尽くす。彼らの行動原理とはそれだ。
彼らは獣よりも人間に近い。野盗たちを引き連れているともなれば猶更だ。
「逃スナ!」
「赤鬼のことを、騎士団だのに報告されたら面倒だ!」
荷物や殺した相手は後回しに、追跡と殺戮とを優先してくる。
「くっそ! なんで、なんでこんな!」
不幸にもその場に居合わせてしまったハンターたち。
その中で、貧民街出身の女ハンター、カニーファはかなり善戦した方だったろう。商人に山刀を振り下ろそうとしていた野盗の一人を細剣で刺し殺し、槍で突きかかってきた別の一人を貫いてやはり仕留める。野盗の攻撃を華麗なステップで捌いて払って、無駄なく鋭利な反撃で的確に突く。
だが。次はと周囲に目を走らせた彼女の前に、赤鬼とはまた異なる、精悍な体躯の鬼が立ち塞がった。
「赤鬼がいれば、当然子分もいるってことかよッ」
舌打ちをする。スラングで思いつく限りの悪罵を吐き捨てる。
Cランクハンターと鬼であれば、通常は互角の戦力とみなされる。
だが実際には、得手不得手というものがある。今回は知人の紹介で護衛の任務を請けているが、カニーファの本業は賞金首ハント、つまりは人間相手が本領だ。
鬼は確かに人間サイズのモンスターではあるが、カニーファには荷が重い相手といえた。彼女では、彼女の得物である細剣では、攻撃に重みが足りないのだ。背負う短弓にしても、同様だ。
人間相手であれば、鎧の隙間を突く技量さえあれば、問題ない。だが相手は鬼。固い皮膚は削れはすれど貫くにはなかなか至らず、急所を突こうにもそこだけは庇うという知恵が向こうにある。
幾重にも斬り付ける。振るわれる妙な筒状の棍棒の一撃は全てかわす。而して相手を血塗れにこそできたが、そこ止まりだった。
疲労で動きが鈍った隙。
固い拳が、彼女の鍛えてはいても柔らかな腹部に埋まる。
息ができない。呼吸が止まる。
孤児院の子供たちの笑顔が、脳裏をよぎった。
彼女の意識は、染み出してきた抗い難き闇に喰われ、そして塗りつぶされた。
平穏に目覚めた。
意識を奪われた際には、今後にそんなことがあるとは露程も思えなかった。そのせいで、カニーファは目が覚めた後も暫く、ぼんやりと目の前の光景を眺めていた。
小屋の中、引き締まった体躯の、スタイルの良い鬼が一匹、一人で漫才をしていた。
鬼はどれもよく似ているようだと、そんなことを思う。
漫才。他に誰もいないのに。
奥の方になにか女の子の人形らしきものが置いてあるだけだ。
であるにもかかわらず、腕を振り回したり、地団太を踏んだりしながら、「バカをいえ」とか「ふざけるな」とか「そんなことはできん」等々と口にしつつ、オーバーリアクションで漫才鬼はくるくると回っている。
天国じゃあ、ないね。鬼がいるんだから。
地獄か。
ひとまずの所感。それ以外は理解不能でノーコメント。
何がいけなかったのかね。まあ心当たりはたくさんあるが、どれも不可抗力だったと、あたしは思うんだがね。
ふと気が付くと、漫才鬼がこちらを見詰めていた。意識が戻った、、、宿った? 今ここに突然出現した? ことに、気づかれたらしい。
「起きたか。ふん、状況は見ての通りだ」
漫才鬼が、吐き捨てるように言う。
え? とカニーファは困惑する。何がどう見ての通りなのか。
「今日から貴女は俺の師匠なんだそうだ。気に喰わないが、よろしく頼む」
漫才のか?
いや、あたしのことがどう見えているか分からないが、そっち方面は素人よ?
鬼が真正面からカニーファの顔を見詰めてくる。カニーファは胸の内側がすこし強めにノックされたことに気が付いた。荒々しくも凛々しさを感じさせる、彫の深い顔立ち。唇からは天に向けて牙が突き出しており、額には角がへし折られたような痕跡がある。勇壮で野性的でありながらも修行者のようなストイックさを感じさせた。
中々に彼女好みの細マッチョだったのだ。
やや残念なことに、その肌は草色だったけれど。




