1-02. 自己紹介、なの
樹上、太い枝に小鬼が腰掛け小休止。
森で迷子な騎士に、可愛いエルフの娘さんが声をかけるような、位置取りとしてはそんな感じだ。
目撃した騎士もガッカリだよね。そこはエルフだろ。金髪碧眼白皙の女の子であるべきだろ。
(はー、やれやれなの)
僕は溜息をつく体で、やれやれと呟く。幸せが逃げていく。
実際に呼気を吐くわけじゃないから、この寒気の中にあっても白く曇ることはない。
意味のない振る舞いだけれど、僕が程々に心情を表明しようとすると、こうならざるを得ないです。
「オイ、オマエ、なんダ。どこにイル」
小鬼さんがなにかを言っている。聞く耳を持つべきだろうか。
現在、小鬼的には隠れているつもりのよう。
効果のほどはどうだろう。木のそばによって下から見上げればバレバレだ。
しかしだいぶ暗くなってきたし人通りもないし、まあとりあえずの安全は確保できただろうか。
尋ねられていることを考える。
僕がどこにいるか、ですか? 説明しなくても察してくれませんかね。
教えてもらえなきゃ何一つ分かりませんなのかしら。とても面倒です。
分かりそうなものですけどね。
「オイ!」
苛立たし気に小鬼が吠える。短気な奴め、短気は損気なんだぞ。
(聞こえているの。でも、どこといわれても困るの。ここに居るの)
そしてエルフな娘さんでなくて残念でしたね。がっかり醜い小鬼でございます。
本人からの問い掛けでなければ、そう返してみたくなるかな。
ああ、僕意外と余裕があるね。
現実から目を背けまくっているだけだけどね。
我ら探検隊が秘境に挑んで如何程の光陰が過ぎ去っただろうか。
ふと気づく密林から我を招く声。
すわ森の乙女と呼ばわれるエルフの誘いか。
そう思い足を踏み入れば、そこに居たのはなんということ。
ところでエルフって本当にいるのかな。
ミア愛読な冒険活劇や秘境探索モノでは、ほぼほぼ定番のエントリーだったけど。
現実では伝説の種族と呼ばれていますね。
不老不死だというなら増える一方ってことになるんだし、もっとそこら中に居ても良さそうなものだ。
「アァッ? イナイゾ?!」
しつこいですね。しつこいというか、態度悪いです。
女の子には優しくしてください。優しくすべきです。
もっと礼を尽くして接してほしいです。
ミアに代わってこんなのがという事実。
それが、僕の心とその他の色々とを搔き削る。
真実はひとつかもしれないが、悲惨で無残で耐えられない。
そんなものは欲しくなかった。
ミアは五女ではあったけれど、辺境伯という大貴族のご令嬢だったのだ。
だから礼儀作法とか、嗜みとか、いわゆる貴族な教養というものを、ミッチリと叩き込まれた。
礼儀作法の家庭教師はマダム・レイヨー。
怖かったですねあの人。キラーンと眼鏡が光る方なのです。
それで当然のこととして、ミアが受けた教育は僕もすべて付き合う感じで聞いていたので、実践はできなかったけれども、貴族的知識はそれなりにあると思います。
その基準から言ってこの小鬼の態度、零点ぶっちぎって地獄の底ですね。
声を荒げればいいってもんじゃありませんよ。というか、声を荒げること自体が大失点です。
泣いたり笑ったりできなくなる式の教育を受けるべきではないでしょうか。
そいでもっておとといきやがれです。
(むー、なの)
正直結構困ってます。
気心知れない相手との会話とか、どうしたらいいかわかりません。
物心ついて以来、僕のコミュニケーション相手といえばミアだけだったわけです。
まさかそうじゃなくなる日が来るなんて、夢にも思っていなかったのです。
貴族的教養を発揮すべき場面では?
どうしたらいいか分からないとき、ひとまず曖昧に、やや困った風に微笑みましょう。
そうしたい。だが、僕にどうしろと。
夢にも思っていなかった。ああ今が夢であってくれるなら、つまり今回が初ということだね。
乙女の初めてですよ、レアですよー。
だからここはひとつ、そういうことで手を打ってくれませんかね。
夢ってことにして、ミアのベッドの中へのロールバック希望です。
駄目ですか。そうですか。死ねよ神。
(僕はミイ。ミイなの。えと、ミアの、お友達? ですなの)
身の証とはちゃんとした場所で、きちんと着飾ってこそ立てることができるもの。
雑多な場所での雑な自己紹介は、自分を安売りしているのと同じこと、だそうですけどね。
これもまた、自分に当てはめるにはどうしたものやらです。諦めます。
ちゃんと自分を紹介できてるかな。名前を告げたし、立場も述べた。ばっちりだね!
えーと、ファーストコンタクトの基本作法ってあと何だっけ。
ご趣味とか? 休日なにしてる? お好きなものは?
出会いは最初がとっても大事。
ミアは色々練習させられていた。スカートを摘む角度とか、お辞儀の仕方。
うん、関係ないな。
笑顔の作り方、目線を向ける場所とか。
おーいマダム、ろくな知識がないぞどういうことだ。
「オァ?」
あ、これダメな感じ。伝わってない。うーむ、自己紹介、むずかしい。
初めてのことがうまくできないのは仕方ないじゃないか。
大目に見て、よく頑張ったねと褒めなさいよ。
褒めて伸ばさんかい、このボケがー。
(うー、だから僕は、ミアの心の中にいたですの)
悪魔憑きとして処刑されることになったミア。
可哀想なミア。許せないその他の大勢。
(餓鬼共が食べちゃった、女の子がミアなの。思い出したら許せないの。君には泣いて土下座して許しを請うくらいのことはしてもらいたいの。でも許さないの)
生きたまま餓鬼の群に食い殺されたミア。
採用された処刑の方法。酷いしきたり。許せない凌辱。
そうだ、僕は復讐をしないといけない。仇討ちだ。仇討ちをしなければ。
僕の心に力が戻る。ああそうだ、こんな場所で、韜晦している場合じゃない。
相手は誰だ。教会の糞ども、お父様。
いいやそれとも、大歓声を上げていやがった街の連中全員か。
(なんでミアから引き離されて、君に取り憑いたのかは、さっぱりわかりかねますの)
聞かないでほしい。正直、全然分からない。
お前はさらにもっと苦しめという、神様の嫌がらせ?
(君がミアを食べちゃったからなの。きっとそうなの。自業自得なので、後悔して死んでくれていいの。ああ、でもそうすると僕も死んじゃうと思うから、自殺するのは最後でお願いしたいの)
最後、復讐が終わったら。
ミアの復讐。ああ、なんだかしっくりくる。安心できる。
そうだ、復讐しよう。それがきっと僕の使命。だからこうなったのに、違いない。
ミアが咎人だなんて、ミアが罪を犯しただなんて、ありえない。
ならばミアを罵り痛めつけ愚弄し辱めたどいつもこいつもあれもそれも。
黒い自分たちから目をそらすため、唯一色が違ったミアを、黒だということにしやがったのだ。
ああ許せない。同じ目に、いやもっと悲惨な目に、できる限り苦しませて、殺してやろう。
そのためにはこいつが必要。僕には手も足も口も何もない。代わりになってもらう。
僕の牙になってもらおう。
そうだ、小鬼にとっても奴らは敵のはず。復讐すべき敵のはずだ。
処刑に使われた餓鬼は、直後に腹を裂かれて殺される。そこまでがしきたりだ。
餓鬼は腹を裂かれると、そのうちに自分の胃酸で自身を消化してしまう。それで火葬の代わりなのだ。
薪も要らないエコ仕様。人間にとっての省エネは、餓鬼共に何を齎すか、だ。
コイツだって、コイツの仲間たちだって、あの日のあの場所で殺戮された、されかけたはずだ。
なぜコイツがその難を逃れたのかは知らないが、酷い目にあったはずだ。
したいだろう? 復讐。するべきだ。思い知らせてやらなければ。
踏み躙られた者の怒りを、そうだ、殺し尽すんだ。
最後は自分も、無罪で可憐なミアを殺めてしまった罪人の一員なんだってことに気が付くべきだ。
後悔して首でも括ってくれればそれが大円団。早くそうしてくれないかな。そうならないかな。
僕のことなんか気にしないでいいんですよ?
「オイ、全然ワカランぞ」
駄目だこいつ頭悪い。僕の時間返せ。
「オマエ、どこにイル」
質問がループしたし。
おとなしく何も聞かずに僕の復讐マシーンになってくれればそれでいいのに。
薙ぎ払え! どうした化け物、うぃんうぃんちゅどーん、な感じで。
(うーん、、、僕は、心に住まう妖精さん、のようなもの? うん、そんな感じですの)
もういいや、分かりやすさ重視路線でいこう。
こんなことをグダグダやっている暇はない。
(心の中です。妖精ですの。そんな感じの理解でお願いしますの)
可愛いでしょ? でウインク、キラッ☆ と。
赤ちゃんが最初に笑ったときに、妖精は生まれるけれどー
妖精なんていない! と言われる度にー、ひとりずつがー、消えてゆく―
「妖精? 、、、ウマイモノカ? 喰えるカ?」
(あっはっはー。喰えません!)
仮にそうだとして、それハイと答える奴は阿呆だろ。
僕が阿呆だといいたいのか。いい度胸だ表出ろ。
(僕は名乗ったんだから、君も名乗るべきなの! 最低限の礼儀なの。守らないと鞭が飛ぶの!)
マダム・レイヨーの鞭がね。
処刑場の観客にはいたっけかな? ちょっとわからない。
「名乗ル? ナンダ?」
聞くのかよ。
「名前なんテ無イ。ソンナもの、誰が付けるンダ」
あー。
[INFO] ギフト「唆すもの」の、再編成が完了しました。




