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天国のお土産  作者: トニー
第一章:クァボ男爵領の惨劇
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1-23. 絶望の夜

誤字、脱字など、ご指摘いただければ幸いです。

 「見つからなかった、だと」


 そんなバカなことがあるか。

 もたらされた凶報に、騎士イリーニは愕然として眩暈を覚えた。


 仕留めた。間違いなく、仕留めたはずだ。


 引き絞ったコモン鋼の剛弓(わたしのゆみ)から放たれた矢は、地面に蹲っていた小鬼を間違いなく串刺しにした。

 我が領としては無駄にできない(きちょうな)矢を回収するため、矢羽の際を掴んで汚らしい矮躯を木の幹に叩き付けるよう振り払った時には、完全に絶命していた。


 妙薬の効果でやたら生命力だけは強いという河童であるとか、狸妖であるとか、そういった類であればまだしもだ。小鬼があれで実は生きていたなど、ありうることではない。


 「いえ、儂らもだいぶ探したんですけども、さっぱりで。暗くなりそうだったんで、仕方なく戻ってきてしまったわけなんですけども」


 「場所を間違えたということはないのか」


 絞り出すような声で呻いて、イリーニが問いかける。

 自分でも、それはないだろうと思っていたが。


 「熊を倒された場所で。木々はなぎ倒されておりましたし、地面に血痕はあるしで、まず間違えたりはしていないかと、思いますけども」


 それはそうだろう。明らかな痕跡が残っていたはずだ。

 だとするとしかし、何が考えられる。


 血染熊の死体も消えていたではないか。

 その時は、小鬼が食べたのだと、深くは考えなかったが。

 こうなると、もっと別の、恐ろしい可能性が考えられはしないだろうか。

 あの雑木林には、もっと別の、何か恐ろしいものが潜んでいるのではないか。


 血染熊の死体を余さず喰らい、小鬼の屍も綺麗に平らげて。

 樹上から、もしくは地中から、虎視眈々とこの自分を観察していたナニモノか。

 その影を感じないか。


 それはなんだ?

 一体何が、あの大して広くもなく、生き物が豊かということもない雑木林に潜むというのか。


 「なにか、妙な気配を感じはしなかったか。誰かに狙われているであるとか、妙な物音がしたであるとか、どんなことでもいい」


 小鬼の後始末を頼んだ農夫たち全員の顔を見渡して、問いかける。

 誰しも困惑したような顔で、首をひねるばかりだった。


 「すまない。誰かハンターの二人を呼んできてくれ。対応を相談したい」


 「わかりやした。場所は、ここで?」


 どうするか。

 あまり大声で、新たなモンスターが雑木林に現れた可能性があるだのという話をしたくはない。耳にした村人たちが不安がる。


 この村の、男爵邸および騎士邸(じぶんのいえ)以外の建屋、多くには入り口にドアがなく、窓口に蓋もない。外での会話が筒抜けなのだ。


 故に、重要な打ち合わせは、男爵邸で行うのが通例だ。しかし本来考えられないような可能性の話で、兄上にこれ以上の心労をかけるのは憚られる。兄上はただでさえ、一昨年の飢饉以来、だいぶ追い詰められてしまっているのだ。


 もしも兄上が倒れてしまうようなことがあれば、ガウェン侯爵の元にお預けしているご子息に戻っていただくことになるだろう。

 しかしまだ未成年の少年だったはずである。このような苦境をうまく引き継げるとも思えず、またガウェン侯爵との交渉もまともにできはしないだろう。

 そうなれば、この領は簡単に潰れてしまうはずだ。


 「畑の方で話そう。もう暗い。松明を頼む。私は兄上(男爵様)に一言断っておく」


 「わかりやした」




 ミカン畑の守り人4人と、引退したハンター2人。そして騎士イリーニ(じぶん)

 大声で話をしても、主だった村の建屋には、声が届かない辺りに集まった。

 ハンターの1人が昨日亡くなったことを踏まえると、この村で戦力といえそうな人間は、ほぼこれで全部だといえた。


 「未知のモンスター、ですかい。しかし儂らはこの通り無事でやしたが」


 そんな凶悪な存在が潜んでいるのだとすれば、考えたくはないことだが自分たちはその目と鼻の先で徘徊していたことになる。薄気味悪そうに、農夫たちが互いを見合わせ、身を震わせた。


 ハンターの1人がいう。


 「推測があっていれば、そいつは血染熊と小鬼の遺骸を喰らったばかり。小鬼はまだしも、血染熊まるまる喰らったとすれば相当だ。満腹でおとなしくしていた、だけなのかもしれぬ」


 イリーニが、全員に尋ねる。


 「モンスターがいる、そう仮定しよう。そういった行動の特徴からは、どんなモンスターがいると考えられそうだ? 血染熊の遺体を、私が森から出て、そして取って返すまでのわずかな時間に、片づけてしまえるような相手ということになる。別の場所に、それという跡を残さずに運び去れる相手、かもしれない」


 「わかりませんな、、、そもそもどこから来たのか。森の抜けた先の砂漠からでしょうか。あの砂漠の奥には、巨大な砂虫(サンドワーム)が住み着いているといいますので、或いはそれが這い出してきた可能性がありますか」


 サンドワームであれば、確かに血染熊をまるまる一体、腹に収めることも可能だろう。

 だが、あれらは砂漠の奥地から出てこないはずのモンスターである。雑木林と砂漠との間に広がる、岩石地帯が緩衝帯となっている。そこを乗り越えてきた、などということがあるだろうか。


 「明日、明るくなったらまた再度、雑木林に偵察に行くしかないでしょうな。何かがいる、或いは在るのは間違いないように思われます。それが我々人間にとっての脅威だとは、限りませんが。死骸だけを好んで喰らう、スライムの類という線も十分に考えられますし」


 スライム。掃除屋(スカベンジャー)モンスター。乾燥を嫌い、湿った洞窟や沼地に巣食う種族で、通常個体であれば生きている相手を襲うことは滅多にない。


 雑木林に現れるというのも珍しい話になるが、川の側ではあることだし、あり得ないとまでは言えない。

 スライム一匹で血染熊まるまる一体を短時間に喰いきることはできないだろうから、その場合は結構な群れが潜んでいたということになるが。


 可能性を検討し、明日の予定を話し合っているうちに、だいぶ夜が更けてきた。

 今日はいったん解散とし、明日早朝から探索に出よう。

 それは夜半の会合を、そのように結論した時だった。


 村の方が、妙に明るくなった。

 ああ、なんてことだ。あれは火事か!


 「なにごとだ!」


 誰よりも先に、イリーニは畑から村へと駆け戻る。

 そこでは、執務室しかなかったクァボ男爵邸(あにのいえ)が、囂々と、赤々と、夜空を焦がして燃えていた。

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