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天国のお土産  作者: トニー
第七章:勇者の旅立ち
159/160

7-14. 練習あるのみ、なの

「だー! 中んないの! ギークの教え方がへたくそなんだと思うの!!」

「そうか、良かったな。気が済んだのなら、諦めてそれを返せ」


 矢が的に中らない。全部の矢が、斜め上の方へと飛んでいく。

 何かおかしい。ギークがこの弓に、何か細工をしたのではあるまいか。

 的を外れて飛んでいってしまった矢を<<引戻し>>で回収する。

 アギーラちゃんの身体に移っても、僕のギフトはこれまで通りに機能した。

 逆にと言うか、僕にはアギーラちゃんができたことができない。

 相手の動きを遅くしたりなんだりと、そういう能力は使えない。


 やり方が分からない?

 それもある。でもたぶん、教わっても再現はできないんじゃないかと思う。

 ギークの幽体化だの、変身だのといった能力も、僕には使えないのだ。

 多分同じだろうというのが、僕の予想である。


 意識を取り戻さない、アギーラちゃんの身体。

 もちろん、そこらに放置しておくなんて、とんでもない。

 だから僕はアギーラちゃんが回復するまでの間、身体を借りることにした。

 アギーラちゃんの脚で山林の中を歩き、アギーラちゃんの口で食事を摂る。


 アギーラちゃんの村に戻ることも考えた。

 今でも、そっちの方が良かったかと、時々に思う。

 僕が迂闊で、山道に転んでアギーラちゃんを怪我させてしまったときとか。

 野犬に集られて捌ききれず、そこかしこに噛み付かれてしまったときとか。

 ごめんなさい。本当にごめんなさい。


 能力が使えないのと同様、山歩きのコツとか、体捌きとか、そういうのもダメ。

 アギーラちゃんが本来有していただろう技能技巧、全般が僕には活かせない。

 アギーラちゃんに教わったギークに、山歩きの仕方を教わる始末。

 屈辱。屈辱である。この僕が、まさかギークに手取足取り教わることになろうとは。


「チッ。弦を離すときに弓を持っている方の腕がブレてんだよ。引きが強くて押しが弱い。それじゃあ狙いを幾ら変えても、矢は斜め上の方に飛んでくだろうぜ」

「ム、ムムム、、、なの」


 そして今は、弓の扱いをギークに習っている。

 アギーラちゃんの元々の武器は槍だけれども、あれはさすがに武器として心許ない。

 ギークの主武器は結局お似合いな大鉈に落ち着きつつある。

 だから短弓を僕が貰った。そもそも<<引戻し>>のギフトが使えるのは僕だ。

 なら遠距離武器は僕が使った方が、役割分担としては正解だろう。

 ギークは大鉈で、思う存分血みどろの近接戦に興じていればいいのだ。


 そう思ったのに、矢が中らない。

 思った以上に難しいぞこれ。

 おかしい。粗暴粗野粗雑の化身ギークに出来ることが、どうして僕にできないのか。

 そんなことが許されていいはずない。繊細優美華麗なる僕にどうして出来ない。

 世の中が間違っている!!


 いやまておちつけ。ギークだって最初は全然ダメだった。

 ギークが的を外さなくなってきたのなんて、それこそつい最近になってからだ。

 さすがの僕とは言え、いきなりはちょっと難しい。ただそれだけのことである。

 そうだ、地道に練習すれば、ギークなんぞより数段早く、メキメキと上達するはず。


 僕は躍起になって練習した。

 ふざけんなよ畜生。やりたくないことはどうでもいい。

 でもやろうと思ったことがこうも出来ないのは沽券に関わる。

 ましてそれが狩りに関することとなれば尚更だ。

 余を誰と心得るのか。余は狩りの王なるぞ。


 ズドォォォン ズドォォォン

 矢の命中地点で、木の幹が震えざわめき、岩には亀裂が入る。

 ギークがアギーラちゃんの村で使いこなす練習をしていた時から分かっていた事だ。

 アイスレクイエムの巣から持ち出したこの短弓、実に凄まじい代物だった。

 さすが、僕が目を付けただけはある。


 まず矢の貫通力がすごい。大木の幹を事もなくズドンと貫通する。

 そしてここが驚きなのだが、地面に突き立つった矢が爆発することがあった。

 いやもとい、矢はなんともないのだが、周囲に爆発のような衝撃波を撒き散らすのだ。


「なんだと?」


 それを見てギークも驚いていた。

 そう、ギークが使っていた時には、こんな現象は起きたことがなかったのだ。

 色々試してみたところ、どうやら弓の引き方で発動する機能と分かった。

 引き絞った状態をある一定以上保つことで、爆発する矢が放たれるらしい。

 基本ギークは引き絞ってすぐ離すので、これまで気が付かなかったのだ。


 この恐るべき武器を、ノーコンの僕がやたらめったらに使っているわけである。

 端から見れば、えらく恐ろしい、近寄りがたい光景であったかもしれない。

 かも知れない。かも知れない。いや、大丈夫。誤射で人を殺したりはしていない。

 小動物とかちょっと、爆発に巻き込んでスプラッタにしちゃったけど。

 わざとじゃない。誰しも初めてはうまくいかないのだ。広い心で容赦して欲しい。


 アギーラちゃんの村に、僕らがどうして引き返さなかったのか。

 村に戻れば、アギーラちゃんは手厚く看護をして貰えたかも知れない。

 そう思えば、引き返しておいた方が良かったのではないかとの思いが頭を過ぎる。

 でも僕には、ひとつ気がかりなことがあった。

 偶々かも知れない。全然僕の勘違いという可能性もある話なのだけれども。

 アギーラちゃんの村には、大怪我をした人が居なかった。病人も、ご老体もいなかった。

 何でだろう。どうしてだろうか。偶々であればいい。そうであって欲しいと思う。

 でも、そうでなかったときには、取り返しの付かないことになりかねない。

 だから僕は、その案を却下した。誤解だったら謝ります。


 そして、身体の操縦が稚拙なのは本当にごめんなさいです。

 今後の課題だ。どっちが正解だったのかは、未だに分からない。

 とにかく可愛い顔にだけは、残る傷を付けないように頑張る所存です。

 頑張ります。


 アギーラちゃんが大集落と呼んだ場所をスルーして、南西の方向に進んできた。

 <<地図>>を見ながらの移動である。未踏な場所なので地形はさっぱりである。

 でも方角は間違っていなかったはずだ。

 ところが、両手の指では野宿の回数が数えられなくなった頃になって、想定外。

 吹き付けてくる寒風に、潮の香を嗅いだのだ。僕は嫌な予感がした。

 まさかまさかと思えば、木々に遮られていた視界が急に開ける。

 目の前にあるのは、危惧した通りに海だった。


「おい、ミイ」


 ギークがジトッとした目付きで僕を睨んで来る。

 水面は黒く、波飛沫だけがただ白い。

 ザッパーーーン、シャワシャワ。


 なんだよう。僕は悪くないぞ。

 アギーラちゃんの村の村長が教わった通りに進んできたはずだ。

 ちゃんとまっすぐ、村からずっとひたすら、南西方向に進んできたんだ。

 聞いた話の通りなら、ここは三方を海に囲まれた半島だということだった。

 南西に真っ直ぐで、僕らが元々いた大陸に帰れるはずだったのだ。


 だから僕は悪くない。おかしいのは地形の方だ。

 ここで海に行き当たるのがおかしい。

 ギークの非難を避けつつ、恐る恐るで崖下を覗く。


「結構高い感じなの。落ちたら大変なの」


 目の前が海だといっても、リゾートな砂浜が広がっているわけではなかった。

 断崖の絶壁があり、それに打ち寄せるは、恐らくは外海の強烈な波浪である。

 ザッパーーーン、シャワシャワシャワーー、ザッパーーーン


 ダメだ、足がすくむ。怖すぎる。

 ここで、例えばギークが下に落っこちたらどうなるだろう。

 ギークの落下途中で、僕の意識は多分ギークの中に回収される。

 冷静に対処できれば良い。

 しかしそうでなければ、ふたり仲悪く、海の藻屑にザッパーーーンだろう。

 崖の上には意識のないアギーラちゃんだけが遺される。

 最悪の想定。考えたくもない。


 もしも僕、というかアギーラちゃんが落ちたら?

 やっぱり僕の意識は途中でギークに回収される。

 意識のないアギーラちゃんはそしてそのまま、、、

 いやいや、そんなことはあってはならない。

 というわけで海の方には近寄らない。

 危ないからね。ホント怖いし。


 海岸線を見渡す。正面、対岸は見えない。

 左側、海の遙か先に黒々とした何かが見えるような、見えないような。

 右側、ただひたすらに波浪が続く。


 推測。この半島は足先の様な形をしていている。

 アギーラちゃんの村はつま先の位置にあって、現在僕らは踵的的な位置にいる。

 そんな感じなんじゃないかな? 大凡だけれど。


 要は、真っ直ぐに進みすぎたのであろう。

 南西の方角というのは大体の話。途中でもう少し南の方に曲がるべきだった。

 多分そう言うことだ。僕は地図のギフトがあるから、本当に真っ直ぐ進んできた。

 普通はそんな正確に南東とかには進めないだろう。誤差なんてあって当然だ。


 オーケー、了解。

 じゃあ、この海岸沿い、というか崖沿いに、左手方向に進んでいけばいいはずだ。

 そうすれば、足首伝いに大陸にも辿り着けるだろう。

 気を取り直してと思った矢先、足下に振動を感じた。


 ドドドド、ドドドドドドド、ドド、ドドドドドドドドドド


 ついで耳が地響きを聞く。やって来た方向、つまり樹木立ち並ぶ森の方。

 なにごとかと伺う。何かがやって来る。突進してきた。

 こちらに向けてか!


「でけえ虫だな」


 ギークが盾と鉈を握り直して身構える。僕は短弓を構えない。

 相手が何なのか、よく分からないが、立ち向かうのは下策だろう。

 見事に背水だ。そんな命懸けの戦いはごめんである。

 必要があるとも思えない。


 相手の数は数は三匹だった。

 三匹のバカでかい虫が突進してくる。相手は密集していない。

 多分、密集していないのはわざとだろう。

 密集してしまっていては、細かい方向転換がきづらい。

 敢えて隙間を空けている。僕らが避けた時に、それに対応するためと予想された。


 左右に逃げるのは追随される可能性があるから危険。

 引きつけて、隙間のすり抜けを狙った方が良さそうだ。

 僕はそう判断した。


「ギーク! 真ん中を、寸前で避けて、やり過ごすの! ギークは左、僕は右なの!」


 だから僕は、ギークにそう呼び掛けた。

 ギークはこちらをちらりと見て、小さく頷く。おお、素直じゃないか。

 ギークとしても、勢い付いた相手の正面に立つのは、分が悪いと考えていた模様。

 やり過ごす事が出来れば、今度は逆に相手が背水になる。

 バックアタックで一気に形勢は逆転だ。

 そのはずだった。


「っ?!!」


 グンッと来た衝撃で、息が止まるかと思った。

 避けた。僕は避けたはずだ。ギークも同じだ。

 ところがどうしたことか、僕もギークも、絶壁に投げ出されていた。

 突っ掛かってきた、三匹の虫共も一緒である。そう、一緒なのだ。

 こいつら一切勢いを弱めることなく、僕ら事で断崖をダイブしやがった。


 間違いなく突進を躱したのに、どうしてこんな事になっている?

 糸だった。細いが頑丈な糸が、三匹の虫共の間には張り渡されていたのだ。

 僕もギークも、その糸にまんまと引っかけられてしまった。

 それにしたって、一緒に絶壁ダイブを敢行とは、どういう了見なのか。


「ガァァアアアアアア!」


 鉈を絶壁に突き立てようと言うのだろう。ギークが空中で暴れている。

 だが届かない。崖肌は弧を描くように窪んでいた。刃が届く距離には何もない。

 ギークは別に、どうとでもなるだろう。隠形で幽体化すればいい。

 落下はそこで止まる。糸からだって逃げられるはずだ。

 問題は僕の方。いや、冷静を装っているけど、結構焦っています。

 窮余の一策でも何でもいい。何かないか?!


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