7-12. 再現を試みる、なの
アギーラちゃんの村から出て、南西方向に結構な距離を歩いてきたと思うが、景色はここまで余り代わり映えしていない。森、針葉樹林の只中にいる。足下は傾いでいて、平らな場所は少なく、所々に苔むした岩があり、或いは草藪が茂っている。
何をするにも、歩くにしても、戦うにしても、立ち並ぶ木々の隙間を縫って行わなければならない。身を潜める場所、隠す場所が沢山あると言うことだが、それは相手にとっても同じ事で、奇襲をしやすいが、受けやすい戦場だった。
僕の邪眼が通用したことで身動きがとれなくなり、怯えたような顔付きでこちらを見上げてくるトゲトゲに、ギークは容赦なく暗い紫の光を曳く大鉈を振り下ろそうとした。しかし邪魔が入った。先般ギークが盾でいなしたもう一頭が、太い樹の幹から幹へと飛び移るアクロバティックな機動を見せて、意外な角度からギークに襲い掛かってきたのである。
「ぐっ、、、おのれッ、、、!」」
予想していなかった急襲を盾で受けたギークが、罵声を上げつつ弾き飛ばされた。あと一歩と言うところで、弱った個体を仕留め損ねる。
それでも、積極的に仕掛けてくる相手が減ったことで、周りを見渡す余裕が出来た。アギーラちゃん! アギーラちゃんはどこ?! 僕は真っ先に必死に探す。でも見付からない、なんでなのか。モブなふたりは血泥に沈んでいる。大変お気の毒です南無阿弥陀仏。
そうだ<<地図>>、こんな時のためのマーカーじゃないか!
「二度も喰らうか、バカめ!」
元気な方の一体が、転がり攻撃、ローリングアタックを猛然とギークに仕掛けて来た。今度こそは盾で受けず、脇を抜けつつ切り上げる斬撃を合わせるギーク。相手を罵りつつ、ギークが浮かべるのは会心の笑みだ。この状況が楽しいのだろうか。しかし僕はそれどころではない。だってアギーラちゃんの姿が見えないのだ。
ものすごく重い衝撃があって、ギークがたたらを踏んだ。痛み分けと言った感じだろう。ギークは鉈を握っていた右腕から流血し、トゲトゲもまたギークのカウンターでそこそこの手傷を負った様に見える。無理矢理進行方向をねじ曲げられた軌道の先で樹木に衝突、蹌踉めきながら立ち上がるが、しかし目を回しているのか、視線の先が定まっていない。
「グォウゥラァァァァアアアアアア!!」
雄叫びを上げながら、大鉈を振りかぶって飛び掛かるギーク。雑な攻撃だ。今が好機、この一体を仕留めれば勝負はついたも同然だと、その考えが油断だったのか。
「なッ?!」
ギークが仕留め損なった、弱っていたはずのもう一体が、身を挺するような形で飛び出してきて、ギークの斬撃を遮った。大鉈の刃は、そいつの身体を深々と切り裂く。だが両断には至らず、飛び込んできた勢いのまま、肉に食い込んだ大鉈を掻っ攫っていった。
無茶なカウンターを決めた代償の怪我で、ギークも握力が相当に落ちていたのだ。おまけに左から右に引っ張られた格好になって、無防備な姿を残りの一体に晒してしまう。
迂闊なギークに致命的な一撃を叩き込もうと、体勢を立て直したトゲトゲが体当たりを仕掛けてきた。
「ギーーク!」
樹上、木の上から、槍を両手にアギーラちゃんが降ってきた。なるほど木の上で機会を窺ってくれていたらしい。どうりで<<地図>>のマーカが示す位置に姿が見えないはずだ。<<地図>>ではあくまで平面上の位置情報しか把握できないのである。
アギーラちゃんの槍が、今にもギークに飛び掛かろうとしたトゲトゲの出鼻を挫く。トゲトゲはしかし身を捩って穂先を躱した。槍はトゲトゲの眼前に突き立って、憤激したそいつはあろう事かまだ空中にいたアギーラちゃんに鉤爪の一撃を振るう。
(アギーラちゃん!?)
僕は悲鳴を上げた。アギーラちゃんの小さな身体が、トゲトゲの一撃で、縦の動きが横に変じて宙を舞う。そこに更に、あろう事か、トゲトゲの化け物は体当たりで追撃した。
アギーラちゃんの背後には大木があって、アギーラちゃんはそれとトゲトゲの巨体にサンドイッチにされてしまう。信じられない。信じたくない。
赤いものが僕の視界一杯に飛び散った。
(ア、、、ア、アギーラちゃん!!!?)
トゲトゲの一匹目は、身を挺して受けたギークの大鉈が致命傷だったらしく、既に息絶えていた。二匹目は、アギーラちゃんを傷付けた方は、その直後振り返りざまに駆け寄ったギークが、円盾と拳で蛸殴りにして殴り殺した。
そしてギークは今、傷ついて血を流しているアギーラちゃんを抱きかかえている。抱きかかえて、その顔を、身体を見下ろしていた。
「チッ、、、ダメか、、、」
ギークが舌打ちをする。何がダメだというのか。分からない。
僕はどうしたらいいのか。分からない。どうしてこんな事になってしまったのか。
分からない。分からない。何とかしなくちゃいけない。どうしたらいいんだ。
(ダメにきまってるのーーー!!!)
僕は、全霊を以てギークを吹き飛ばした。ギークは自分の脚で吹き飛んだ。ギークの意思ではなく、僕の意思で。ギークのクソ戯けが大口開けてアギーラちゃんに噛み付こうとしたからである。ふざけんじゃない。そんなこと、この僕が許さない。許すわけがないだろ。
「グ、、、ミイ、キサマ、、、!」
ついでとばかりに僕はギークの右拳でギークをぶん殴る。ああ痛いですね。そうですね。うるさい黙れ、黙れ黙れ。違う! そんな漫才をやっている場合じゃない!
救う方法、アギーラちゃんの傷を治して、意識を呼び戻す方法が必要だ。なにか、何かないか! ギークだって生き返るじゃないか。アギーラちゃんだって生き返ったって良いじゃないか。なにか方法があるだろう? あるべきだ。知恵を振り絞れ。
奇蹟は願うものじゃない、起こすものなんだ。
(ギーク! アギーラちゃんを強化! 強化してなの! 前と同じようになの!!)
僕が言うと、不快げに眉を寄せてギークが応じる。
「バカめ、どう見てももう死んでいるだろう。生き返るとでも言うつもりか?」
うるさい黙れ。いいから早くしろ! 早くしろってば!!
僕が急かすと、ギークは舌打ちをしながら、アギーラちゃんに歩み寄った。しゃがんで、再度抱きかかえる。何とかなるというならして見せろ。そんな態度だ。
ギークの両腕からアギーラちゃんの身体の方へ、暗い紫色が注がれた。やがてアギーラちゃんの全身が仄かに光を纏う。前回はこれで、それで、この後、僕はどうしたんだっけ? どうしてああなったんだっけ。ああ、そうだ、もう一つ。
(血! ギーク、アギーラちゃんに血を飲ませるの! ギークの血なの!!)
「あァ?!」
順番が逆になってしまったか? いや大丈夫、きっと大丈夫だ。ギークがまた何か文句を言ってきたが、後で聞くのと言ってとにかくやらせる。あの時は出来た。だから出来るはずだ。こういうのは確信が大事なんだ。
ギークが、元から流血していた右腕に噛み付いて、自分の血を口に含む。抱き上げたアギーラちゃんの、表情の消えた顔を見て、ちょっと考えた後に、その唇を奪った。あー!
とりあえず、祈る。ただし神に祈るのはお断りだ。だらかそれ以外のものに祈る。
観世音 南無仏
与仏有因 与仏有縁
仏法僧縁 常楽我浄
朝念観世音 暮念観世音
念念従心起 念念不離心
祈りながら、色々を試す。こうだろうか、ああだろうか。
一度出来たことだ。だからきっと、もう一度だって出来るはずだ。
、、、?
、、、あれ?
、、、まっくらだ。
、、、、、、
何が、どうなったのだろうか。
僕は闇が恐ろしい。そして、孤独が怖い。
今、その両方がある。その両方しかない。やめてほしい。
思い出してしまう。
怖い。怖い。どうしよう。どうしよう。震えがとまらない。とても怖い。
慣れていないのだ。僕は孤独だった事がなかった。ただ、あの時を除いては。
恐怖。その根源にあるのは、どうしたって「死」である。
とても怖い。「死」は怖い。ギークはこれまで何度も生き返ってきた。だからもしかしたら、肉体は死なないのかも知れない。でもそれは、肉体の死が「死」ではなくなっていると言うだけのことで、「死」が恐ろしいものでなくなったわけではない。
僕が怖いのは、恐ろしいのは、精神の死、魂の死である。教会の言説と被る辺りが甚だしく不快だけれども、こればかりは仕方ない。奴等はその根源の恐怖を振りかざすことで信仰を得ているのだから。精神の死、敢えて言うならそれは「狂気」だ。
自分が自分ではなくなり、狂ってしまう。僕の目の前で、ミアは「死」んでしまった。ミアが壊されてしまったのを見ていた僕にとって、死とはそれだ。それこそが僕には真に恐ろしい。心が壊れて、狂ってしまう。
闇と孤独は、僕にその恐怖を思い出させる。
怖い、、、怖いよ、、、助けて。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
孤独と闇は、人を簡単に狂わせる。
エデナーデの冬は、雪も多いし、風も強いし、人はどうしても閉じ籠もりがちになる。狭い部屋の中で、ひもじい思いを堪えてがたがた震えていると、身体よりも先に精神が死んでしまうのですと、クラナスが教えてくれた。
広場で火刑が行われていて、周囲の制止を振り切り燃え盛るそれに飛び込んだ女がいて、あれは何とミアが尋ねた時のことだっただろうか。違ったかも知れない。寒空の下の商店街で、半裸で哄笑しながら踊り狂っている女を見たときだっただろうか。
冬の日の夜は、とても長い。朝と思い目が覚めても、辺りは真っ暗だ。天気は晴れだろうか? 雪だろうか? クラナスが起こしに来てくれるまで、ミアは布団の中から動かない。
じっとしているのも退屈なので、ミアは僕に話し掛けてきた。
「ミイ、今日の予定は何だったかしら?」
(今日も寒いの。一日中、布団から出ない予定を希望するの。クラナスが来たら添い寝して貰うの)
「暖炉があるもの。お部屋の中は暖かいわよ」
(足りないの。暖炉の方を向いたら背中が寒いし、暖炉に背を向けたら前が寒いの。暖炉は四方の壁に取り付けるべき者だと思うの。大工が怠慢なの)
ミアとそんな会話をしていたら、部屋の扉が急に開いた。最初は、クラナスかと思った。開け方はらしくなかったけれども、それでもこの時間帯にミアの部屋を訪れる者なんて、他にはいないはずだったからだ。
けれど、そうではなかった。暗くてよく見えなかったけれども、屋敷勤めの、別の誰かだった。その人は、そいつは、あんたさえ、あんたさえ居なければとか、訳の分からないことを呟きながら、ミアのベットに寄ってきた。
ミアが悲鳴を上げて、それで、それから、あれ? あの時は結局どうなったんだっけ。暖炉で薪がパチパチと爆ぜていて、穏やかな火が、クラナスに泣き縋るミアを暖めてくれていたシーンに、記憶が飛ぶ。
さっきは文句も言ったけれども、やはり暖炉は暖かくて、ちょっと熱いくらいで、火はやはり素晴らしいものだよねって、思ったような、気がする。
目の前にギークの醜怪な顔があった。角が生えていて、肌が黒に近い紫色。
紅い眼に、なんだかじっと見られている。
「ぎゃーーーー!!」
なんだかギークに抱かれて居たので、とりあえず暴れた。
なんて悪夢だ。
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[INFO] ギフト「不死の蛇」は、個体名「アギーラ」の蘇生を試みます。
[ERROR] 個体名「アギーラ」の、蓄魔量が不足しています。処理を続行できません。
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[WARN] 個体名「ギーク」で、魔力の強制捻出が実行されます。
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[INFO] 個体名「アギーラ」に、現在の種族特性が継承されます。
[INFO] 個体名「アギーラ」は、種族特性「忍び寄る気配」を獲得しました。
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[WARN] 個体名「アギーラ」の、意識レベルの回復に失敗しました。再試行しています。
[INFO] 現在の状態を表示します。
ギーク
夜叉 B+ Lv48→Lv32 空腹(忍耐)
【種族特性】
永劫の飢餓(継承元:餓鬼)
暗視(継承元:小鬼)
忍耐の限界[耐久/狂化](継承元:鬼)
手弱女の化粧[模倣](継承元:妖鬼)
森林の神霊[隠形/加護]
【従者】
黒六号[生きている円盾] 親愛度E
赤四号[生きている大鉈] 親愛度E
アギーラ
凍鬼 C+→B-ランク Lv1 留守
【種族特性】
大いなる黒の眷属[ヘイスト/スロウ]
忍び寄る気配[フォッグ]
ミイ
神霊 ーー ーー ーー
【エクストラ】
唆すもの
黄金の炎
【ギフト】
不死の蛇 Lv5
地図 Lv4
引戻し Lv4
制圧の邪眼 Lv4
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【称号】
救済者
【従者】
ショゴ君[ショゴス] 親愛度 C