7-10. 通行止め解除
同族を助ける、仲間を大切に、家族を護る。当然のことだ。困窮している同胞を見捨てるようなことは、我々は断じてしない。力を合わせて、この苦難の時を堪え忍ぼう。明けない夜はない。いつかは転機も訪れる。
かつての自分にとって、同胞を傷付け、虐げるものは、我々全ての敵であった。我々に害を為す者と、我々は戦った。果敢に、勇気を持って、艱難辛苦をバネにしてだ。けれど、我々は互助の集まりだったというのに、助けられながらも、助ける意思を持たない者達というのが居た。我々にとって、それは許せない裏切り者だった。特に、仲間に助けられ生きているにも関わらず、その仲間を売るような者には、惨たらしい死が必要だとされた。
心をひとつに、皆で労苦を分かち合い、助け合わなければならないこの時に、己が利益の為に家族を犠牲にするような下郎に掛ける情けがどうしてある。そういう論理だ。燃やせ、ゴミは燃やせ。焼き滅ぼせ。奴等は自らの資格を売り渡したのだ。ならばその報いを受けるべきだ。焼け焦げろ、泣き喚け、助けを求めて叫ぶがいい。その様に、我等は喝采を送ったものだ。
我は知っている。何処をどういう順番に焼いていけば、人間は最も長く苦しむのかということを。試行錯誤の末に、それを覚えたからだ。ああ、助かりたいのか。ならばこの鉄棒を掴め。そこから引き上げてやろう。おやどうした掴まないのか? 助けて欲しいのだろう? それともそれも嘘か? 嘘つきだな。嘘つきだから、苦しい目に遭うのだ。そうだな、確かにこの鉄棒は赤く煮えているな。だが我は普通に持って居るぞ? ほら、以外と平気かも知れないぞ?
たくさん、たくさん、たくさん、たくさん殺してきた。焼いたし、燃やしたし、煮たし、焦がしてきた。善悪弁えない子供の時分の話だと、言い訳はするまい。我のやったことである。いまさら、どの面下げて故郷に帰るのか? いや、帰るつもりは元からあった。
ゴミを掃除しなければならない。せめて自分が散らかした分くらいは、片付けてから退場したいものだ。その準備が出来たら、出向いてやるつもりでいた。しかし、まだダメだ。それは我の最後のケジメだ。
果たして果てる。それが我の義務だろう。覚悟でもある。けれど巻き込みたくはない友がいる。こちらの問題が解決するまでは、まだ早いのである。
「も、もうダメっ、、、ムリっ、、、、ギブ、、、!」
エルシアがへたり込む。それを見てセルバシアは、これでもダメかと臍を噛んだ。
自分も消耗が大きい。残念ながら、持久戦はこちらの分が悪かったようだ。苦々しく認めながらも、更にカタツムリの化け物へと斬り掛かる。
切っても切っても、終わらない。弱っては居るはずだが、終わらない。自分もこれで打ち止めだと、最後の一振りを放つべく、振りかぶった。
「てぃえいやぁぁぁぁぁああああああああああっ!」
セルバシアのその一撃にタイミングを合わせて、テンテンが飛び出した。一瞬だけ切り離されたカタツムリの上半分に、強烈無比の飛び蹴りを叩き込む。カタツムリの巨大な貝殻、その上半分が吹き飛んだ。
ズン、という音を立てて、地面に落下する。
「あつっ、あっつーーーい!?」
ナタリアの熱風が吹き付けている焦点に着地して、テンテンは悲鳴を上げた。大慌てに飛び退く。カタツムリの切断面から大量の体液が溢れ零れ、そして干涸らびていく。
終わったの? 枯れていく割れた貝殻を、目を瞬かせてエルシアが見た。
「不死身か? いや、これはどうにも、驚きだな」
ナタリアが感嘆の声を上げる。なんと、切り分けられた一方の切断面から、勢いよく飛び出した何かが、もう片方へと伸びて繋がったのだ。
泣き別れの片割れを引き寄せて、くっつけて、元の形に複合する。そんなバカな話があるか。その場の誰もが唖然として、その有様を見た。
セルバシア、そしてエルシアからの、猛烈かつ不条理だった攻撃は止んでいる。それを察して、次は自分の手番だとでも思ったのか、カタツムリの纏う燐光がその強さを増した。その光が脈動を始めた。
先刻の、熱線による拡散砲撃とは、また違う。疲弊した身体にむち打って、何がくるかとエルシアは身構えた。セルバシア、そしてナタリアも同様に警戒する。テンテンは上空に飛んで、次の攻撃の機会を窺った。
「地震だと!?」
地面が揺れる、木々がざわめく。偶然? いや、そんなはずはない。カタツムリの燐光が放つ脈動に合わせて、そうやすやうとは動かないはずの大地が、鳴動を始めた。
驚愕だ。このカタツムリが、まさかそれ程の存在だというのか。大地を捻り、揺さぶるほどの? そうだというなら、これはちょっと目算が甘かったとしか言いようがない。
崖が崩れ始め、土砂が降ってくる。ここは渓谷であり、足場はそこまで狭くはないが傾斜面の途上にある。地震は危険だ。避難しなければ、土砂崩れに巻き込まれて生き埋めになりかねない。
「止むを得ない! いったん退こう!」
セルバシアが言って、そして彼等はその場を離れた。カタツムリの怪物は、見た目通りに鈍重であるらしく、追跡はなかった。ナタリア達がその場から逃げ去ったからだろうか、地震も程なく収まる。
「あれはムリだな。斃せる気がしない」
大丈夫? ほんとうに怪我していない? うろちょろするテンテンの頭を撫でてやりながら、ナタリアが感想を述べた。
「つ、つかれたーーー」
へたり込んでいた姿勢から、それなりに機敏な感じで脱走したエルシアだったが、無理がたたったものか、岩を抱きかかえるような姿勢ではしたなくに垂れている。
セルバシアがその頭を軽く叩いた。
「むきゅっ」
変な声で鳴いて、不満顔で自分を見上げてくる妹。それに人前だぞと説教して、セルバシアがナタリアに向きなおる。会釈して礼を述べた。
「ご助力、感謝します。ナタリアさん。でしたよね? 俺はセルバシアと言います。こっちの延びているのは、妹のエルシア」
「ああ、そう言えば、挨拶もろくにしていなかったな。そして、、、セルバシアだと? もしかしなくとも、国主のご子息、ご息女か。いや、これはまさかだな」
しまったという思いを、しかし顔には出さず、ナタリアが応じる。何がしまったのかと言って、セラト候国に於いて、彼女は第一級の犯罪者なのだ。
その指名手配は他国に及ぶものではないし、そもそもそうなったのは二十年以上も前の話だ。そこらの一般人に知られたところで、問題にはならない。
だが、さすがに貴族、それも辺境伯の子息となれば、話は別だ。彼等はナタリアを犯罪者だと名指しして手配した主体なのであり、ナタリアのことを合法的に処刑できる、ないし、建前として、しなければならない人々だ。
堂々と本名を明かすのは問題があった。セルバシアは頷きで応える。
「あ、エルシア=セラトです。よろしくお願いします」
セルバシアは目を閉じて、ちょっとの間唸った。セルバシアは応対に含みを残したのだが、ヘタっていたエルシアが無邪気に名乗ってしまって台無しである。
自己紹介、およびそれにまつわる諸々は後回しにして、騎士喰らい、或いはそれに似たなにかへの対策を話し合うことにする。
暗に共闘、呉越同舟を申し出るセルバシア。その意図を汲み、ナタリアは了解する。エルシアは微妙な空気に首を傾げた。
「あの復元力は、幾ら何でも異常すぎる。まともじゃないな。おまけに地震まで引き起こすとなれば、Bランクモンスターではあり得まい。騎士喰らいの上位種、変異種なのか、もしくは完全に別種なのか」
打開策を話し合うナタリアとセルバシア。退屈になったテンテンは、切り株に腰掛け、足をプラプラとさせて居た。
「何この子、か、か、かわいーー!」
「わきゃーーッ!?」
「きゃーーー♡」
そこに、ノックアウト状態から復帰し、目をキラキラ、ハートマークにしたエルシアからの襲撃を受けた。
ジタバタジタバタ。テンテンが暴れる。テンテンは基本的にとても人見知りなのだ。ナタリアの元に逃げようとしたが、先までダウンしていたとは思えない俊敏さでテンテンを捕捉するエルシアの手に掴まり、ギュウと抱き締められた。
「、、、すみません」
その光景を横目に、セルバシアがナタリアに謝った。ナタリアはちょっとびっくりした顔でその寸劇を見ていたが、テンテンの抵抗が本心からのものではなさそうだと見て、まあ別に構わんよと応じる。
エルシアの拘束は、振り解こうと思えば振り解けるだろうものに見える。けれど、困惑顔ながらも、テンテンは撫でくり頬摺りされるに任せていた。
慣れないことに驚き悲鳴を上げているが、嫌がっているというのとは少し違って見える。
「高い復元力を持つ相手を斃すには、弱点を突くか、相手の復元力を上回る攻撃を加えるかなんですが、、、」
話を騎士喰らい擬きの対策に戻して、セルバシアが言った。
「火力不足の方は、あの有様では、軍隊を連れてきたところでどうにもなるまいよ。それこそ聖騎士を連れてきたところで、もちろん負けることはないだろうが、斃しきれない相手のように見えたぞ」
そもそも問答無用で相手を両断するセルバシアやエルシアの攻撃があって、炎熱を自在に操るナタリアの支援があって、それで斃しきれないというのが余りに異常すぎる。
およそどうすればあれは死ぬのか。見当も付かない。
「弱点にしても、核のようなあるのかと思ったんですけどね。あれだけ斬ってかすらないとなると、そんなものはないのか」
ナタリアとセルバシアが意見を交わし、その間エルシアはテンテンとじゃれ合っていた。その内に、なにかがズルズルと、彼等が逃れた方向から這い寄ってきた。
まさか追ってきたのか!? それに気付いた全員が腰を浮かす。
違った。這い寄ってきたそれには貝殻がなく、色も闇のように暗い。燐光のようなものは纏っておらず貝殻代わりに、人形のような少女の上半身が頂点部分から生えていた。
そういえばフレデリカを置き去りにしてきてしまっていたなと、ナタリアは思い出した。
ナタリアは呪われているのかとエルシアが誤解した、最初の話に繋がる。
這い寄ってきたそれは、騎士喰らい擬きを食い尽くした、フレデリカのショゴスであった。
テンテンは犬耳を隠しておらず、空を飛ぶ姿も目撃されていて、そしてフレデリカは誰がどう見ても破格と分かるモンスターを使役している。
そんな連中を率いているテロリストが、自分を指名手配している国へと向かおうとしているわけだ。
君主の息子であり、このたびは王に勇者と指名された若き騎士であるセルバシアとしては、さてどのように応対するのが正解なのだろうか。
◆ ◇ ◆ ◇
あり得べからざらる事実に気が付いて、ガドは自分の目を疑った。
机上に置き飾られていた宝玉が、砂のように崩れ去っている。
それは作戦が完了するまでの間、セラト候国を外界と隔絶する目的で設置した巨大な人造モンスター、ルグ=メドア=ロスカリグ唯一の弱点、そして殺害方法であるはずだった。
それが砕け、崩れている。何故だ。誰かがまさか、自分に悟られることもなくこの部屋を訪れ、これを破壊していったのだろうか。
考えにくい話だ。しかし本体の方が斃されたと言うことはさらに考えにくい。
地下に根を張り、巨大なカタツムリ型の草体というか、触手的なものを地上に伸ばす。これを退治することは、およそ人間には不可能であると、制作者のルベンが太鼓判を押した存在だ。
ルベンが太鼓判を押したから、考えにくいわけではない。当然自分でも試している。その不死身ぶり、無敵さ加減は、試してみたのでよく知っていた。あんなもの、誰がどうやったら、真っ当に滅ぼせるというのか。
厳しい表情で、ガドは思索を巡らせた。
仮に、ルグ=メドア=ロスカリグが滅びてしまったのであれば、街道が復活してしまう。万が一と言うことがある。作戦を中止にすべきだろうか。
彼が企画していた作戦は、セラト候国のある都市に対して、ある特殊なウイルスを散布するというものだった。意図した通りの結果になれば、誰も不幸なことにはならない。
だがそうでなかった場合には、その都市は破棄する事になる。
そうなった時は、ウイルス持ちが余所に流出しないように、封鎖が必要だ。モンスターを使った街道の封鎖は、都市の封鎖に失敗した場合に備えた、念には念を入れての保険だった。
候国自体を破棄する考えは、彼にはない。ないのだが、最悪の最悪では、それも選択肢に入ってくる。世界の全てがおかしくなってしまう事までを考えるのであれば、その選択肢を採用することも、もしかしたらであるだろう。
この作戦には、それくらいのリスクがあった。成功すればの見返りは大きいが、確率的には微妙な線だ。
悩んだ末に、ガドは作戦の中止を決断した。想定外のことが起きたのだ。ならば計画は見直す必要がある。それだけの、単純な論理である。
だが、もちろん、ただ中止して、それで終わりではない。情報が漏洩していないかの調査、彼の作戦を妨害する何者かがいるのかという事実関係の確認に乗り出すことを決めた。それは徹底的に行っておく必要がある
ひとまずは、他の兄弟に情報を連携しておくべきだろう。そして彼は、据え置かれている念話水晶へと向かい合った。