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天国のお土産  作者: トニー
第七章:勇者の旅立ち
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7-01. 尋ね人

 船に乗るのは初めてだ。

 大河沿いの港町に生まれて、そしてずっと水辺で暮らしてきたのに。

 そういうわけなので、体調が悪い。ぐらぐらする。

 異臭ただよう船室で、柱を軋ますハンモックに揺られながら、ボクはグロッキーだった。


 あの日、ボクはなんとなく掲示板を眺めて、次の仕事を何にしようかと考えていた。

 文字が読めるのか? 難しい言葉とかは全然分からない。でもまったく読めないわけでもない。その依頼がボクの目に留まったのは、ひとつ気になる単語が載っていたからだ。


「犯人はコモン鋼の大弓を盗み出した」


 大弓。それで思い出すのはカニ姉だ。

 消息不明から戻ってきたカニ姉は、どうしてだろうか、武器を替えた。

 それは他に使っている人を見た事がないくらいに長い弓で、びっくりした。


 北の方にある小さな田舎の男爵領で、その事件は起きたのだという。

 凶悪な強盗殺人事件、放火のおまけ付き。殺されたのは領主であった男爵自身。

 張り出されていた依頼の内容は犯人捜しで、依頼人は領主代行の騎士イリーニさん。


 領主殺しはもちろん大罪だ。その犯人捜し。

 そんな依頼の割りに依頼料は安く、現場も遠い。

 往復の旅費だけでも足が出るかもしれなかったが、それでも気になったボクは、ウェナンを誘って、依頼人に事情を訊きに行った。


「良く来てくれた。だが、子供がふたりか。心許ないな。もっと報奨金を上げなければならないか。村人達には更に負担を強いる事になる。ええい、おのれ、、、」


 騎士と言うには見窄らしい身なりだったその人の目は、昏く淀んで濁って見えた。


 これもすべては、おのれ犯人め。許してなるものか。

 あの弓を持っているはずだ。あれだけの大弓はそうはない。

 我が男爵家の家宝なのだ。目立つはずだ。


 私は領主の代行として動けぬ。探しに行けぬ自身が情けない。

 出来れば生け捕りを頼みたい。無理でも死体は持ってきてくれ。


 やってしまった。

 ボクは呆然と自分のしでかしたことの結果を見下ろした。

 その日の夜、ボクは<<鎮震消音>>で音を消して、屋敷とも呼べない貧民窟にあるような荒ら屋に忍び込みんだ。寝入っていたイリーニさんを見下ろし、レイピアを構えたのだ。

 後は突き立てるだけと言うところで気付かれた。突き飛ばされ、逆に切り倒されそうになったけれども、辛うじて躱した。

 そして、心臓を一突き。イリーニさんは倒れて、ボクの全身は血塗れになった。


 人を殺したのは、別に最初のことじゃあない。

 人攫いの狩りをした事もある。間接的になら、もっと全然沢山殺してきた。

 冬場の、薪代わりになるものの争奪戦は熾烈なのだ。敗れた違う孤児院の、別の誰かは、もしかしたら凍死しただろう。

 孤児達がする、水路掃除の雑用仕事には縄張りがある。この縄張り争いだってそうだ。縄張りを失えば、仕事が減って、収入が減って、飢え死にすることになる。

 ボクはきっと、誰かを殺して生き延びてきた。自分と、それから大切な仲間達をそうさせないために。

 だから、今に始まった事じゃない。きっと、大したことじゃない。

 大丈夫。大したことじゃない。


 カニ姉は、きっと、盗まれた物を、それと知らずに買ってしまっただけだろう。

 でも、イリーニという騎士は、大弓を持っている奴が犯人だと決めつけていた。我が家の家宝だ。家紋の彫り込まれた武装だ。そうそう売り捌けるものではない。

 もしかしたら、カニ姉が犯人を斃したのかもしれない。それで、賊が使っていた大弓を奪い取ったんだ。でも、説得なんて、無理だったと思う。仕方がなかった。


「うう、最悪だ。やっぱり陸路にすべきだった、、、フィー、生きてる?」


 吐いてくると行って甲板に行っていたウェナンが大部屋に戻ってきた。フラフラとハンモックに上がってくる。めまいがする。揺らさないで欲しい。

 客室兼荷物置き場の大部屋には、他にも幾つもハンモックがぶら下がっている。基本、乗客ひとりにひとつなのだが、ボクらは身体も小さいので、ふたりでひとつでいいですと交渉して、乗船料をすこし負けて貰った。

 すこし後悔している。ちょっと! だから揺らさないでってば!


 今、ボクとウェナンは王都に向かっていて、王都に向かう商船に客として乗っていた。

 カニ姉が、とんでもない事件に巻き込まれてしまったと聞いて、居ても立っても居られなくなったのだ。

 もうボクらは、帰らないかも知れないカニ姉を心配しながら、納屋の隅っこで震えているだけの非力な子供じゃない。きっとなにか、力になれるはずだ。


「あ、まだダメだ、ちょっとゴメン、また行ってくる、、、」


 隣に登ってきて数分も経たないうちに、ウェナンが再びもぞもぞと動き出した。

 また甲板に行くらしい。どうでもいいけど揺らさないで欲しい。

 ああ、気分は最悪だ。とにかくムカムカする。

 次があれば、絶対ウェナンとはハンモックを別にしよう。


「竜、、、討伐? かな。王が求む、勇者、、、? うーん。報奨金を沢山出すと書いてあるのは分かるんだけど、他がなあ」


 ようやく王都に到着した。

 Cランクでしかなく、推薦状を持っているわけでもないボクらは、狩人の身分では城内に入れて貰えない。なので、城外にある組合の派出所に顔を出した。そこに張り出されていた羊皮紙を、ウェナンが頑張って読もうとして首を捻っている。

 ちなみにボクの読解力もウェナンと大差ない。何が起きてどうなったのかが知りたいのだけれども、そもそもそんな情報がそこに書かれているのかさえ怪しい有様だ。

 とはいえ受付のお姉さんにも、「私も詳しい事は聞いていないのよ、ごめんなさいね」と既に言われてしまっている。自分の拠点ではない場所で仕事を受ける事が出来るのは、基本的にはBランク以上の狩人だけなわけで、王都で仕事を受けられる立場でもない以上は、この件を詳しく調べて教えて欲しいとは言い出しづらい。


「クソッ、やはりクラナスは来てねぇか。済まねぇが嬢ちゃん、伝言板を借りるぜ。月極で幾らだ?」


 張りのある大きな声に振り向くと、なんだか強そうな人が居た。

 体格が良く、大きな剣を背負っていて、金属鋲で強化された赤黒いレザーアーマーを着込んでいる。「あいつ、バリードだぜ。なんだ? 相棒の女に逃げられたのか?」と誰かがこそこそ噂する声が聞こえた。

 バリードと呼ばれたその人がそちらに顔を向けると、ヒッという小さな悲鳴と、人ひとりがひっくり返る、そこそこ大きな物音がその場に響いた。別に短剣を投擲されたとかそういうことではなく、睨み付けられて怖じ気づいたらしい。

 その程度の胆力なら、最初から変な軽口なんて口にしなければいいのにと、ボクは思うのだが、レンブレイさんもたまに同じように囃し立てられて、同じようにひと睨みで相手を黙らせていたりした。なにかそうしなければいけない決まりでもあるのだろうか?

 それはともかく、ボクらはバリードと呼ばれた強そうな狩人が口にした、次の台詞に硬直した。


「ああ、そういえば、ナタリアはまだ王都こっちに居るか? Bランクのナタリアだ。もし居所を知っているようなら、教えて欲しいんだか」


 ナタリアさん! そうだ、さっきはカニ姉の名前を出して、受付のお姉さんには知らないと言われてしまったけれど、ナタリアさんはBランクだし、もう少し名前が売れている。そっちも聞くべきだった。

 いや、そんなことよりこの人、ナタリアさんの知り合いだ! もしかしたら、カニ姉のこともなにか知っているかも?!


「あ? 何だガキ共。悪いが俺は忙しくてな。お悩み相談なら別の奴に乗って貰いな」


 バリードさんが組合の派出所を出たところに追いついて声を掛けると、胡散臭そうにそんな事を言われたけれど、ナタリアさんの知り合いでカニ姉を探していると言うと、話を聞いて貰える事になった。


「カニーファがアイスレクイエム(あいつ)の襲撃に巻き込まれたってのか」


 最寄りの飲食店で、頼んだ軽食を待ちながら、ボクらの話を聞いたバリードさんの顔付きが厳しさを増した。

 その手には麦酒の杯。お前等も飲むかと聞かれたが、遠慮しておいた。まだ昼間だし、ボクもウェナンもお酒には余り強くない。他に飲むのもがなければ、仕方なく頼むこともあるけれど、この店には安いお茶があったので、それを注文した。

 さすが城外といえども王都なのだろう。飲み物の種類が多い。食べ物含め、値段も全般が高いようなので、ちょっと控えめな注文をしていたら、「奢ってやるからメニューに載っているもっとまともな物を頼め」と怒られた。


「俺が普通にメシを食ってる同じ席で、お前等みたいになガキに菜っ葉クズとカビパンなんて食われて堪るか。沽券に関わるわ。お前等も、王都の狩人じゃないってコトだが、一応Cランクなんだろ? これまでどういう生活をしてたんだ」


 違うのです。ここまでの旅費で、財布がほとんど空になってしまったのです。

 ここ一年くらいは、ちゃんとメニューにあるものを頼む生活をしていました。

 それもこれもカニ姉と、あとはレンブレイさんのおかげです。

 ボク達は恩返しをしなければいけないのです。


「受付で聞いた、ナタリアがアイスレクイエムの討伐隊に参加するとか言ってたって話は、つまりその絡みかよ。又候またぞろ適当な事を言って、行方をくらますつもりなのかと邪推したが、なるほどな。それでも、柄にもねえことをとは思うが」


「あの、バリードさんも、討伐隊に参加するんですか?」


 ウェナンが尋ねた。


「正直、勝ち目のある相手とも思えねえからな。それに関しちゃ気は進まねえんだが、俺も探し人の最中でな。他に宛がねえ。どこまで付き合うかはともかく、集合場所には、、、」


 注文していた料理が運ばれてきたので、バリードさんの返事が止まった。

 運ばれてきたのは、鶏ささみの照り焼きに、パンのバスケット、それからコンソメのスープ三人前。食欲をさそう香ばしい香りに、ボクのお腹がクウと鳴いた。


「まあとりあえず、話の続きは食ってからだな。遠慮するなと言いたいところだが、一人前までにしておいてくれよ。俺も腹は減っているからな」


 ボクとウェナンの表情を見て、バリードさんがすこし呆れたような口ぶりでそんな事を言った。よほど飢えた表情をしていたのだろうか? 恥ずかしい。

 王都までの数日間の船旅で、その間ほとんど絶食状態ではあったものの、そういう事はこれまでだってたびたびあった。ここ暫くはすごくいい生活をさせて貰っていたので、飢えへの耐性が下がってしまったのかもしれない。鍛え直す必要があるだろうか。

 バリードさんが最初の一口を付けるまで、涎を垂らしながらも待て状態になっているウェナンを見つつ、ボクはそんな事を考えていた。ちなみにボクのフォークを持つ手も、まだかまだかと震えている気がするが、それはきっと気のせいである。

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