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天国のお土産  作者: トニー
第六章:遠足に行こう
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6-23. 雪猿鬼の村、なの

 この山の頂に住んでいて、空を自在に舞う偉大な存在で、心に直に語り掛けてくる能力持ちだと。へえ、あれ、御遣様だったんだ。いったい誰の遣いなんでしょうかね? クレームはそっちに言えばいいのかな?


(……あの呆け竜、言葉が通じなくなって幾星霜とか、いったい何の話って感じなの)


 灯台もと暗しにも程があるんじゃないか?

 巣の真下に住んでるじゃんか。あんたの愚痴を聞いてくれそうな、かわいこちゃんがさ。

 それに気付かずわざわざ遙か彼方から僕らを攫ってくるとか、マジでどういうつもり。


「御遣様が心に語り掛けて来るというのは、タダの伝説ダ。実際にソノお言葉を耳にシタコことがあるモノは居なイ」


 愚痴癖が移りましたよな感じで愚痴っていたら、その愚痴を拾われた。


「私達の言葉は、御遣様に通じない。だからそうだ、お前が御遣様の化身のハズはなイ。だが、まさかお会いしたのカ? 言葉を交わしたというのカ?!」


 あー、あー、なるほど? やっぱりあれとはバッドコミュニケーションなのか。

 ミア、ギーク、フレデリカ、テンテン以外には、僕の声が届かないのと同じかな。

 でも、あれ? 僕の声は、この娘に届いているよね?


(言葉を交わしたっていうか、連れて来られて、一方的に愚痴られて、おまけに人捜しクエストを押し付けられたの。ただ働きなの)


 そして疲れたとかほざいて、コッチほったらかしで寝に入るという。

 身勝手サイテー竜だね、あれ。御遣様という表現からするにはこの娘、あの古代竜を敬ったりなんかしたりしているんじゃないかと思う。

 相手はよく選んだ方がいいと思いますね。せっかく可愛くご両親に生んでいただけたのですし。ああゆう身勝手野郎はねー、自分さえ気持ちよければいい、みたいな? 相手を思い遣ることができないビチグソですよ。こっちが幾ら尽くそうと、一度やってやったら、なんかもうそれが当然とか? そんな勘違いをしやがる度しがたいクソッタレです。

 もう、間違いないね。付き合っちゃいけないダメ男の筆頭っていうかさ。


「ッ!? 御遣様かラ、使命を賜ったと言うのカ!!」


 驚いた様子で、彼女がガバッと上体を起こそうとした。

 ギークが未だに彼女の柔らかな腹の上に跨がり、右腕を地面に押し付けている格好であるからして、起き上がること能わず、力尽きたように逆に倒れる。

 うわあ、なんてひどい。そこはどいてやれよギーク。


(ギーク! いい加減にするの。彼女を解き放つの! 彼女は人間、、、じゃないかもしれないけど、女の子なの!!)


 強く主張すると、胡散臭そうな表情でギークが言う。


「雌だからなんだってんだ?」


 なんだとう?


「使徒殿、失礼をしタ。聖地を荒らす、野良の魔物かと思ったのダ」


 ギークを怒鳴りつけようとしたら、組み敷かれている女の子が再びぎりぎりまで上体を持ち上げて、神妙な表情でそんなことを言って来た。

 ああ! そんな無理しなくていいのよ。今すぐこのバカをどかすからね。、、、あ、この野郎、さっき拳の制御を奪ってやったことで警戒してやがる。動け、動けこの!


「御遣様から使命を賜った使徒であるとなれバ、是非もなイ。吾が村で歓待をさせてくレ。空腹だというなら、満足できるだけの食事も振る舞おウ」


 苦しそうな表情で彼女が言って、ギークがほう? と満更でもなさそうな声を上げた。

 いやお嬢ちゃん、迂闊なことを言っちゃいけないよ。ギークが食い物で満足することとか、もうホントあり得ないから。

 そんな約束しちゃったら、村とやらの食料、ぜーんぶ食い尽くされますよ。


「それニ、そノ、吾の貧相な身体ガ、御遣様からの使命の足しになるのであれバ、捧げるのも勿論厭わなイ。だガ、だがまずは村まで案内をさせて貰えればと思ウ。皆慶ブ」


 いやいやお嬢ちゃん、顔を赤らめて何を言っていますか。てゆうかどういう意味で言ってますかね。まさかまさかと思うが、その村とやらに同行したら、この娘の丸焼きが出てきたりしないだろうな。いやまさかそんなことがとは思うが、如何にも未開な人食い人種的な雰囲気を醸してなくもないわけで、不安になります。

 太古にあったどこぞの国では、遠路遙々訪ねて来た友人をもてなすために、自分の嫁さん殺して肉団子作ってそれ振る舞った男の逸話が長らく美談だったって聞くし、異文化交流には注意が必要だよね。こちらの常識は相手の常識にはあらずというわけで。


「ここがそうか。住民の数は、二十程、だということで良かったか?」


 幾許かの距離を移動して、彼女が言う「村」とやらの姿が見える辺りにやってきた。

 ギークが手の分銅鎖を軽く引いて、それに繋がれている裸の少女に問い掛ける。


 いや、もう、犯罪的を通り越してすごーくダメな絵。

 違うのだ。僕は抗議したのだ。

 でもだって、彼女が「構いませン、どうゾ」とか言うのだもの。


 なんと言うことだ。彼女、そういう趣味でもあるのだろうか。

 これはもうやばいですね。貴族的なあらぬ妄想が、久方ぶりに僕の脳裏を過ぎりまくります。モフモフだしね。

 ヤバいヤバいよ、マジヤバい。これもうホント、どうしよう。


「あア、ここが吾の村ダ。だがすなまイ、数を数えるのは余り得意ではないのデ、たぶんそれくらいだろうとしか言えなイ」


 ギークに捕らわれになっている彼女の名前は、アギーラというらしい。

 大いなる黒の眷属、その末裔にして、屈強勇猛な岩一族の戦士なんだとか。

 大いなる黒ってなんですかね。若干の興味が惹かれたものの、なんとなく神様っぽいなにかと思われたので、質問は控えた。聞いてもしょうがないような気がしたのだ。


 谷間に中くらいの大きさのテントらしき物が三つだけある。それが「村」だった。

 全員がアギーラちゃんくらいの体型だと仮定しても、ひとつのテントに入れるのは、せいぜい四人くらいだろう。残りはどうしているのだろうかと思えば、そんな答え。


 いやいや、百人二百人とかいうならまだしもですよ? ちと無理がないですかね。

 生まれてからずっと一緒に、家族同然で暮らしてきた相手の数を、断言できないなんてことありますか。

 むう、なにやら罠の予感がと僕が考え込んでいると、じゃあまあご馳走になろうじゃないかと、無造作にギークが村に近寄ろうとし始めた。待たんかいワレ。


「村長ー! 村長、アギーラだ!! 客人を連れて戻っタ! 相談がしたイ!!」


 制止する間もなく、アギーラが大声で叫んだ。

 だー、どいつもこいつも。


 村の方が騒がしくなり、やがて何人かがこちらへとやってくるのが見える。やってきた人々は、誰しもアギーラと同じような見た目をしていた。

 強いて言うと、男衆のほうが体毛は濃いだろうか。それから、ブラブラさせんな。勘弁してよ。服を着ろ。せめて葉っぱで隠せ。


 いざとなったら、ギークに隠形使わせて、とっとと逃げよう。警戒心で僕はそんなことを考えていたが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。アギーラの言葉通り、僕らは何事もなく歓迎された。

 あの、ギークとか、お宅様の可愛い娘さんを、鎖に繋いじゃっているのですが、そこはスルーなんでしょうか? スルーしちゃダメなところなんじゃないでしょうか。


「おお、確かに、心の中に声が聞こえますな。ありがたや、ありがたや」


 なんか僕、拝まれているのですが。どうしたら良いのでしょう。

 聞こえるという事実より、スルーすんなと言う内容のほうを重視して欲しい。


「その身に精霊をやどす貴殿は、間違いなく使徒であろう。さあ、どうぞこちらへ。あまり物のない集落ではありますが、歓迎させて戴きますぞ」


 状況に流されるまま、歓迎される運びとなった。いいのかこれで?

 今宵は宴じゃと言う唐突な号令によって、小さな村は大わらわの騒ぎとなった。


 正直、居心地が悪い。

 隅にも置かない扱いをされておいて不満もないものだ。

 騙されて罠に嵌められることを期待していたわけでもない。

 しかしこうも素直に持て囃されると、今度はこちらが騙しているような気になってくる。

 嘘はついていないけれど、僕ら別に崇め奉られるようなものではないである。


 とりあえずもてなされる側となった僕とギーク。

 特にすることもなく、どうもギークの世話役かなにかを仰せつかったらしい少女、アギーラに、座る場所に茣蓙を敷いてもらったり、飲み物を運んできて貰って喉を潤したり、あれこれと世話を焼かれていた。

 もちろん村に入った時点で、彼女の首に結んでいた鎖は解いている。当たり前だ。


 村の住民は、テントの数から類推したように、総勢で十名強と言ったところらしい。

 今この場にいるのが全員ではなくて、見回りに出ているのが、後もう他に何人かいる、と言うことだった。

 この後何人かが、誰に聞いても確定しないのは何故なんだ。誰に尋ねてもフワフワとした答えしか返ってこない。

 いち、にい、、、たくさん! いやいやいや、せめて指で数えれる数くらいまでは頑張れって。十本の指でも符号なしの二進法でなら1023個迄は数えるらしいですよ。フレデリカ曰くなんで、どうやんのか僕は知らないけど。


「なかなかにデカい獲物じゃないか」


 村の中央に、数人がかりで運ばれてきた物塊を目にして、ギークが感心の声を上げた。

 明らかに今夜の宴、これがメインの食材であろう。運ばれてきた塊は、しかしカチカチに凍り付いていた。どうも遠くない場所に氷室があるらしい。

 狩った獲物を、すぐに食べないときには、そこにひとまず貯蔵しておくのが村のルールなのだとか。


 ともかく、アギーラの丸焼きが運ばれてくるとかじゃなさそうで、本当によかった。

 僕は心から安堵した。安心したので別のことを考える余裕ができた。


 この辺りにはこんなサイズのモンスターもいるのだろうか。不思議に思った。

 ここに至るまでに通って来た、険峻な山間の獣道を思い返す。果たしてこの大きさで、どうやってここで暮らしているのだろう。

 自重で山肌を踏み削って、直ぐにも谷へと転がり落ちていってしまいそうなものだ。


(え? これって、地竜、、、なの)


 もしかしたら見知っているモンスターだったりしないかなと、各所の特徴を点検していた僕だったが、その信じがたい事実に気が付いた。

 頭がもがれていたから、気付くのに時間がかかったけれど、間違いない。そして、地竜でこのサイズとなると、恐らくは中位竜だ。Aランク下位のモンスターである。

 狩ったんですか皆さん?! モフモフなのに!?


「これハ、御遣様からの贈り物ダ。御遣様は狩りに出るト、時折吾等にお裾分けを落としてくれル。吾等ハ、いつも感謝して拝領しているのダ」


 僕の疑問に、アギーラが答えをくれた。この子やっぱりかわいいなー。ちょこまかと動いていて、微笑ましい。背伸びしている感じの口調も、これまた大変微笑ましい。


 ヘザファレート侯爵領にある魔境、ドラゴン平原が古代竜アイスレクイエムの狩猟場であるというのは、かなり有名な話だ。なるほどこの地竜はそこで狩られたのだろう。

 特に根拠はないけど、お裾分けって言うか、アイスレクイエムは単に落っことしちゃっただけじゃないかな。首を咥えて運ぼうとして、うっかり咬み千切っちゃったんだと僕は予想した。とにかく力加減がへたくそだったからな、あの呆けドラゴン。


「おお、使徒殿。もう暫くお待ちください。いま解凍中ですからな、加護の力で加速しておりますので、程なく解体にも入れるかと」


 村人達が、地竜の死骸の解体に難儀しているのを見て、ギークがその場に近付いた。

 寄ってきたギークに気付いた村長が話し掛けてくる。

 加速? 加護? なんですかねそれは。


「バラせば良いのだろう? 手伝おう。その方が早そうだ」


 ギークが提げていた大鉈を肩に担ぐ。死骸とはいえ中位竜ですよギークさん。おまけに凍ってるし。幾らその大鉈が優秀だとしても、恥かくだけじゃないかな。やめときなよ。

 せっかく忠告してやったのに、ギークは耳も貸さない。何だコイツ。


「なんとなくだが、理解したぜ」


 ん? なに? なんだ?!

 僕は動揺した。何か突如として、これまでにない感覚に襲われたのだ。

 僅かな立ち眩み。ヘソの辺りで熱が生じて、それが右肩を通じて右手の先へ。


「おお、これは、、、」


 村長が絶句して目を見開く。

 村長が見ている物、ギークの右手の先を見れば、構えている大鉈が、滅紫けしむらさき色の脈動した淀みの輝きを滾らせていた。


「クカカカ」


 口の端を吊り上げて嗤うギーク。地竜の凍り付いた屍の前に立ち、村人達をすこし下がらせて、ズダッ、ズガッ、ズジャッ、と大鉈の刃を振るった。

 多少の抵抗を感じはしたものの、縦二回横一回の断ち割りで、竜体を見事六分割としてのける。いや、これはすごい。すごいけど、なにこれ?

 ギークは、いつの間にこんなことが出来るようになったのだろう。

 まさかの出来事に僕はやや呆然として、切り分けられた地竜の亡骸を観察した。


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